競争
「ミザール!」
一生けんめい走って私が飛びつくと、ミザールはしっかり受け止めてくれた。
「ジャスミン……」
ギュって抱きしめてくれるミザールの腕の中はちょっと苦しいけど、嬉しい。
あんまり嬉しいから、頭でグリグリしちゃう。
「ミザール、心配かけてごめんね」
「いいえ。私の方こそ、ごめんなさいね」
グリグリ攻撃のあとに顔を上げて、赤く潤んだ目を見つめて謝ると、ミザールは首を横に振って応えてくれた。
でもこれじゃまた、ごめんなさい大会になっちゃう。
だから楽しい話にチェンジ。
「ミザールが待っててくれるって聞いて、みんなで駆けっこして来たの」
「まあ、それでなのね。動物達が勢いよく向かってくるから、何事かと思ったわ」
ミザールが笑ってくれたから、私も一緒に笑う。
森に入ると、たくさんの動物さん達が会いに来てくれたんだよね。
仲良しのシカさんもウサギさんもネズミさん達も。
それで久しぶりに聖域まで駆けっこすることにしたんだ。
もちろん、シカさんは最後にスタート。
だけど、私が一番になれなかったのは背中のブランケットが重かったから。うん、きっとそう。
「姉さん、ジャスミンを独り占めしてないで、彼女を早く紹介してあげてくれないかな。また暴れられると困るし」
ん? 紹介? 彼女?
リオトの言葉に首を傾げる。
カイド達は駆けっこには参加しなかったけど、すぐ後ろをついて来てくれてたんだよね。
でも、全然息が切れてないのはちょっと悔しい。
ふむむ。もっと鍛えないと。
って、そうだ!
リオトの言う彼女って、もう一人の騎士さんのことだ!
すっかり忘れてて大慌て。
一つこのとしか見えなくなるのも私の悪いクセなんだよね。大失敗だ。
初対面なのに、恥ずかしいとこ見られちゃった。
せめてボサボサになった頭だけでもと、急いで毛づくろい。
「あら、暴れるだなんて、リオトは大げさねえ。ただちょっと不満をぶつけただけじゃない。……ファドに」
「あれがちょっとかよ!」
ミザールの後ろから聞こえた鈴が鳴るような澄んだ声に、ファドが応えてる。
騎士さん達はみんな仲良しなんだね。
「ジャスミン、紹介するわね。七星の騎士の一人、ドゥーベよ」
ミザールが後ろへと振り向きながら、私を抱き直してくれた。
するとミザールの背後から現れたのは、お人形さんのように可愛い女の人。
濃い茶色の巻き毛と緑の瞳がとっても印象的。
「ジャスミン姫、初めまして。私、オスロ国を統べるドゥーベ・オスロと申します。親しい者は皆ヴィーと呼びますので、姫もそのようにお呼び下さると嬉しいですわ」
「は、はい! 初めまして、ジャスミンです。えっと、ご挨拶もせずに今までごめんなさい。あの、ビ、ヴィーもできたら私のことはジャスミンって呼んで下さい」
軽く膝を折って挨拶してくれるヴィーに釣られて同じように屈んだつもり。
でも、あんまり変わらなかったから、やっぱりペコリって頭を下げた。
「この凶暴女が女王だなんて、オスロ国の民も気の毒だよな」
私の後ろで小さく聞こえたファドの声。
ヴィーはニッコリ笑ってファドへと近付くと、そのまま片手でファドを掴み上げた。
「どこの誰が、凶暴ですって?」
ええ!?
すごく可愛いヴィーが! 背だって私より少し大きいくらいのヴィーが!?
ファドは苦しそうにギブギブって感じで、ヴィーの華奢な手を叩いてる。
「オスロ国の守護獣はクマなんだよ。だから、ヴィーは怪力でね」
ビックリ仰天の私に、リオトが教えてくれた。
カイドは呆れたように溜息を吐いてるし、ミザールは楽しそうに笑ってる。
「あら、リオト。今、何か言ったかしら?」
「いいえ、女王様。何も言っていません」
なるほど。守護獣がクマさんだから力持ちなんだ。
って、あれ? 女王様?
そういえば、さっきファドもそう言ってたよね。
「ヴィーは女王様なの?」
「ええ、そうなの。我が国の王位は長子継承ですから。でも今は、弟に国のことは任せているので心配はいりませんわ」
「す、すごいんだね……」
ヴィーはファドを片手でポイって放り投げちゃった。
とにかく色々すごくて驚いてる私に、カイドがそっと声をかけてくれた。
「ジャスミン、これからどうする? このまま森で暮らしたいか?」
「このまま森で……?」
でも、私にはしないといけないことがあるんじゃなかった?
不思議に思ってカイドを見上げると、いつもの澄んだ蒼い瞳にぶつかった。
そうだ。私が国には帰らないってワガママ言ったから。
森で暮らすって、勝手に飛び出しちゃったから、カイドは私の気持ちを訊いてくれてるんだ。
ふぬぬぬ。こんなに私はダメな子なのに、みんなとっても優しい。
やっぱり頑張ろう。もう逃げないよ。
「私、聖国のお城に行く。それで、ちゃんと頑張る!」
「……そうか」
決意を込めて私が答えると、カイドは柔らかく笑って頷いてくれた。
「でもね、ジャスミン。無理に頑張る必要はないのよ? ジャスミンはそのままでいいんだから」
ミザールが私を撫でながら言ってくれたのは、前にもカイドがくれた言葉。
そうだね。張り切り過ぎてたから、あの時はショックも大きかったんだ。
ちょっとだけ力を抜いて、大きく深呼吸。
「……って、あれ? メルクは?」
駆けっこにメルクは参加しなかったから、カイド達と来てるんだとばっかり思ってた。
今さら気付くのも遅いけど、大丈夫なのかな?
「メルクは着替えの為に、森のはずれに停めた馬車に向かったよ」
「んなもん、その辺で着替えりゃいいのに、メルクは恥ずかしがり屋だよな」
「それが常識ですわ。変態はしゃべらないで」
心配する私に、リオトがすぐに教えてくれた。
そうか、メルクはお着換え中なんだ。
ということは、人間になったメルクともうすぐ会えるんだ。
それに馬車ってなんだかロマンチック。
「私も馬車に乗ってみたいなあ」
「もちろんだよ。聖城までは馬車で行くからね。でもまずは森を抜けないと」
「うん!」
着いたばっかりで、動物さん達とはあまり遊べなかったけど、善は急げだもんね。
というわけで、今度は馬車まで駆けっこしよう。
今度は絶対負けられない!
だから、ブランケットはカイドに預かってもらった。
それじゃリオトの合図で、位置について。
よーい、どんっ!




