第1話 30年の値段
「処刑を中止せよ」
その命令によって、僕の死刑は取りやめになった。
王立寿命管理局の総監、アルヴェイン・レグナート。
黒に近い紺色の髪を後ろになでつけた、背の高い男性だ。金色の目に、黒と深紅の礼服。胸元には、僕のものよりずっと立派な懐中時計が下がっている。この人は、すべての寿命徴収官を管理する最高責任者だった。
処刑官たちは総監の命令に従い、剣を収めた。
おかげで、僕はまだ生きている。
いやあ、助かった。
死刑になることは覚悟していたけど、やっぱり殺されるのは嫌だった。斬られるのは痛そうだし。ただ、喜んでばかりもいられない。
「ルカ・アーベル。余はそなたを許したわけではない」
「はい。わかっています」
「そなたが犯した罪は、本来なら即時処刑に値する。だが、優秀な寿命徴収官を失うのは惜しい」
アルヴェイン総監は僕の顔を見た。
「そこで、特別に猶予を与える」
「猶予ですか?」
「30日以内に、違法に譲渡した30年分の寿命を管理局へ納めよ」
なるほど。つまり、30日で30年分を稼げばいいらしい。
「達成できなければ、予定どおり処刑する」
「わかりました。頑張ってみます」
「……ずいぶん軽い返事だな」
「30日もいただけるんですよね?」
「そうだ」
「それなら、何とかなるかもしれません」
僕が笑うと、隣にいたセラフィナさんが僕の腕をつかんだ。
「ルカ殿……!」
白金色の長い髪を編み込んだ、背の高い女騎士だ。彼女は僕を守るために処刑官へ剣を向けたせいで、反逆罪を問われている。それなのに、自分のことより僕の心配をしているらしい。
「30年もの寿命を、30日で稼ぐなど……!」
「難しそうですね」
「難しいどころではありません!」
セラフィナさんは僕の前に出た。
「総監殿! 自分が30年を返還いたします!」
「認めぬ」
「なぜですか!」
「違法に譲渡された寿命を、そのまま返せば罪が消えると思うか?」
「ですが……!」
「それを認めれば、徴収官は自由に寿命を譲渡できるようになる。発覚したときに返せば済むのだからな」
総監は僕を指さした。
「この男が納める30年は、新たに得た寿命でなければならぬ」
「そんな……」
セラフィナさんの顔から血の気が引いた。僕は彼女の肩を軽くたたいた。
「大丈夫ですよ。セラフィナさんの寿命を返してもらうつもりはありませんから」
「……ルカ殿?」
「せっかく30年生きられるようになったんです。大事に使ってください」
セラフィナさんは何も言わなかった。僕の手を見つめたまま、唇をかんでいる。総監は小さくため息をついた。
「なお、セラフィナ・ヴァルツ。そなたの騎士資格は剥奪する」
「……承知しております」
「今後、近衛騎士団の名を使うことも禁ずる」
「はい」
セラフィナさんは頭を下げた。ずいぶんあっさりしている。副団長にまでなった人なのに、残念じゃないのかな。
「セラフィナさん、よかったんですか?」
「自分が剣を向けたのは、王立寿命管理局の処刑官です。処罰は当然であります」
「でも、ずっと頑張ってきた仕事でしょう?」
彼女は僕を見た。
「……ルカ殿」
「はい?」
「自分の仕事と、あなたの命を比べないでください」
なんだか怒られてしまった。僕は彼女の仕事も大事だと思うんだけどなあ。
30年分の寿命を稼ぐ。
言葉にすると簡単だけど、実際には大変だ。僕たちは王都の依頼所を訪れていた。壁には、たくさんの依頼書が貼られている。
薬草採取は報酬3時間。
荷物の運搬は報酬1日。
魔物の討伐なら、危険度によって数日から数年まである。
「うーん。30年かあ」
僕は依頼書を見比べた。
「魔物を300匹くらい倒せば、何とかなりますかね?」
「なりません」
セラフィナさんが即答した。
「それ以前に、ルカ殿を危険な依頼へ向かわせるわけにはいきません」
「でも、仕事をしないと寿命を稼げませんよ?」
「自分が稼ぎます」
「え?」
「30年分、必ず自分が用意いたします」
セラフィナさんは真剣な顔だった。
「ルカ殿は安全な場所でお待ちください」
「いやいや、僕の死刑を取り消すための仕事ですよ?」
「だからこそ、自分がやるのであります」
彼女は僕の手を握った。
「自分があなたを死刑囚にしてしまったのです。責任を取らせてください」
「セラフィナさんのせいじゃないですよ」
「……お願いです」
彼女の声が小さくなった。
「これ以上、自分から何も奪わないでください」
僕は返事に困った。寿命を渡したのは僕が勝手にやったことなのに、彼女はずっと自分を責めている。何とか元気づけたいなあ。そんなことを考えていると、セラフィナさんが依頼書の前で足を止めた。
「……これは」
「どうしました?」
彼女が見ていたのは、魔物討伐の依頼だった。
【デュラハン討伐報酬:20年】
おお。ずいぶん高い報酬だ。
「セラフィナさんが倒した魔物ですよね?」
「……はい」
「じゃあ、20年もらえるじゃないですか!」
セラフィナさんは依頼書を握りしめ、受付へ向かう。
「この魔物を討伐したのは自分です。報酬を受け取りたい」
受付の男性は書類を確認した。
「セラフィナ・ヴァルツ様ですね。少々お待ちください」
男性は大きな帳簿を開いた。しばらくして、その顔が曇った。
「申し訳ありません。報酬はお渡しできません」
「……なぜだ?」
「騎士資格が剥奪されていますので」
「魔物を討伐したのは、資格を失う前です」
「ですが、現在は反逆罪の容疑者として登録されています。規定により、未払いの報酬はすべて没収されます」
「……何?」
セラフィナさんの声が低くなった。
「自分は、6人の子供を守ったのだぞ」
「……」
「命を使い果たすまで戦ったのだ!」
「申し訳ありません。規則ですので」
セラフィナさんは受付台に両手をついた。
「頼む……!」
男性が驚いて顔を上げた。
「20年だ……! その20年があれば、ルカ殿を救えるかもしれないのだ! 自分の報酬など、どうなっても構わない! だが、今だけは……!」
彼女は頭を下げた。
「お願いです……! あの方を救わせてください……!」
受付の男性は困った顔をした。でも、答えは変わらなかった。
「……申し訳ありません」
セラフィナさんは動かなかった。頭を下げたまま、肩を震わせている。
「セラフィナさん。ほかの仕事を探しましょう」
「……ルカ殿」
「仕方ないですよ」
そう言って笑うと、彼女は僕の顔を見つめた。
「……どうして」
「はい?」
「どうして、あなたは笑っていられるのですか……?」
「え?」
「あなたが死刑になるかもしれないのですよ……?」
僕は首をかしげた。
「でも、まだ30日ありますから」
「……っ!」
セラフィナさんは唇をかんだ。それから僕の手を両手で包んだ。
「自分が……必ず……」
彼女の声が震えている。
「必ず、あなたを救います……!」
それから、セラフィナさんは僕に用事があると言って、1人で出かけていった。




