第5話「金は消え、ムカデが残った」
――気づけば、俺は浮かれていた。
「これ、ください!それも!あ、あとそれも!」
露店をハシゴする。
「お兄さん、見る目あるねぇ!」
「でしょ?」
ない。全然ない。
でも、財布はある。
昨日までなかった“余裕”が、判断力を壊していた。
「この服どうだ?」
鏡の前でポーズを取る。
原色まみれ。謎のフリル。無駄にキラキラ。
「……似合ってますよ(小声)」
店員の気遣いが刺さる。
「よし、買う!」
買った。
さらに。
「このアクセもいいな……」
意味不明な宝石付きの首飾り。
重い。派手。似合わない。
「これもください!」
買った。
――そして。
「……うわ」
夕方、路地裏で財布を確認する。
ちゃり。
ちゃり。
「……銅貨、七枚?」
凍りつく。
「……嘘だろ」
金貨も銀貨も――ない。
「……全部、使った?」
使った。
思い出すだけで頭が痛い。
「……宿代」
青ざめる。
「……足りない」
「……キャンセルで」
昼に予約した“普通の宿”のカウンターで、俺は頭を下げた。
「は?今さらですか?」
「……すみません」
冷たい視線。
「キャンセル料が――」
「払えません」
「……はぁ」
ため息。
「二度と来ないでください」
「はい……」
心が折れる音がした。
結局。
「……ここか」
戻ってきた。
あの、ボロ宿。
「一泊、銅貨六枚だ」
「……お願いします」
残り、銅貨一枚。
「……終わったな」
鍵を受け取り、部屋へ入る。
きしむ扉。
見慣れたボロさ。
「……ただいま」
誰もいないのに言ってしまう。
ベッドに倒れ込む。
「……はぁ」
虚無。
「……何やってんだ俺」
天井を見上げる。
「……明日、どうすんだよ」
答えは出ない。
その時。
カサ……カサ……
「……ん?」
壁の隅。
黒い影――いや、違う。
「……でかくね?」
ゆっくりと視線を向ける。
「……うわ」
いた。
長い。
多い。
足、多すぎ。
「……ムカデ」
しかも、でかい。
普通じゃない。
「……これ、やばいやつだろ」
思い出す。
噛まれたら猛毒。
下手したら死ぬ。
「……」
沈黙。
目が合った気がした。
「……いやいやいや」
距離を取る。
「普通、逃げるだろ」
でも――
ふと、頭をよぎる。
「……待てよ」
虫。
俺は――
「……テイム」
小さく呟く。
魔力を流す。
一瞬の静止。
そして――
ムカデが、ぴたりと動きを止めた。
「……お?」
ゆっくりと、こちらに向かってくる。
「ちょ、待て待て」
反射的に後ずさる。
でも、攻撃の気配はない。
「……いける?」
心臓がうるさい。
手を伸ばす――のはやめた。
「……触るのは無理」
正直に認める。
「……名前、どうするか」
考える。
見た目は完全にヤバいやつ。
毒。
速い。
怖い。
「……」
口を開く。
「……ムカデラ」
その瞬間。
――パァン、と小さく光が弾けた。
「……おぉ」
成功だ。
ムカデラは、すっと俺の足元で止まる。
「……お前、毒あるんだよな?」
反応はない。
でも、分かる。
強い。
明らかにゴキジェットとは違う“危険さ”。
「……いいな」
にやりと笑う。
「これ、戦えるやつじゃん」
ベッドに座る。
胸元にはゴキジェット。
足元にはムカデラ。
「……仲間、増えたな」
ぼそっと呟く。
「……金はないけど」
沈黙。
そして。
「……まあ、いっか」
少しだけ笑う。
「どうせまた稼げるしな」
根拠はない。
でも――
虫がいれば、なんとかなる気がする。
「……明日、また依頼行くか」
ごろんと横になる。
ボロい天井を見ながら。
「……次は、ちゃんと使う」
たぶん、また失敗する。
でも今は少しだけ、未来がマシに見えた。




