第3話「ブローチ扱いの相棒と、草原の主」
ギルドの扉を開けた瞬間、視線が刺さった。
「……また来たのか」
「Fランク未満のミトリーだろ?」
知ってる。全部知ってる。
「……今日は違う」
胸元に手をやる。
そこには、黒く光る“ブローチ”。
「……頼むぞ、ゴキジェット」
ぴくりとも動かない。完璧だ。
依頼表の前に立つ。
並んでいるのは、薬草採取、どぶさらい、工事の雑用。
「……まあ、ここからだよな」
薬草採取の紙を剥がす。
「……ひっ」
受付嬢が小さく悲鳴を上げた。
視線は俺の胸。
「ああ、これ?」
軽く叩く。
「ブローチだよ」
「ブローチ……?」
顔が引きつっている。
「リアルすぎませんか……?」
「いい出来だろ?」
「悪趣味です……今にも動き出しそうで……」
「はは、そんなわけ――」
言いかけてやめる。
(動くけどな)
心の中だけで訂正する。
受付嬢は恐る恐る依頼書を受け取った。
「……ミトリーさん」
「ん?」
「この依頼を達成できなければ、永久追放となりますが……」
周囲が静かになる。
「本当に、よろしいのですか?」
一拍。
「おう!」
俺は笑った。
「任せろ!」
――ドッ、と笑いが起きる。
「無理無理」
「どうせまた未達成だろ」
でもいい。
昨日の俺とは違う。
ネーリ大草原。
「……広っ」
見渡す限り緑。
「普通に探したら詰みだな」
しゃがみ込む。
足元に蟻。
「……テイム」
魔力を流す。
すると、近くの蟻がぴたりと止まり――
数が増える。
十、二十。
やがて足元に整列した。
「……よし」
笑う。
「お前ら、薬草探してくれ」
命令を出す。
すると、蟻たちは一斉に散った。
「……ちゃんと指示しないと動かない、と」
昨日とは違う。
理解してる。
“テイムしたやつだけが動く”。
それだけだ。
しばらく歩く。
そして――
「……おぉ!」
見つけた。
薬草の群生地。
「当たりだ!」
すぐに採取を始める。
「一本銅貨三枚……」
どんどん袋に詰める。
「……いけるぞこれ」
夢中になる。
だが。
どしん。
「……ん?」
嫌な音。
振り返る。
「……グアヌー」
でかい牛型魔物。
しかも一匹じゃない。
「……縄張りかよ」
目が合った。
鼻息が荒くなる。
「……やばいな」
一歩下がる。
もう一歩。
逃げ――
ドドドドド!!
「うわあああああああ!!」
突進。
速い。
逃げ切れない。
「……くそっ!」
その時。
足元に蟻たちが戻ってきた。
「……!」
閃く。
「お前ら、あいつの足に群がれ!!」
命令。
一斉に動く。
黒い流れがグアヌーの足元へ。
噛みつく。
登る。
まとわりつく。
「……効け!」
グアヌーが足を振る。
動きが鈍る。
「今だ!」
俺は叫ぶ。
「目と鼻を狙え!」
さらに集中させる。
蟻が顔へ。
鼻先へ。
グアヌーが暴れる。
進路がぶれる。
「よし、そのまま押し返せ!」
数で押す。
ひたすら押す。
数十匹の蟻が、執拗にまとわりつく。
ついに。
グアヌーが後退した。
「……いける!」
もう一歩。
もう一歩。
そして――
背を向けた。
ドドドドド、と離れていく。
「……はぁ……はぁ……」
膝から崩れ落ちた。
「……助かった……」
周囲を見回す。
蟻たちは、まだこちらを見ている。
「……ありがとうな」
小さく呟く。
ゆっくりと、胸元を見る。
ゴキジェットは、相変わらず動かない。
「……お前は、何もしてないのに一番偉そうだな」
苦笑する。
「……でも」
立ち上がる。
袋いっぱいの薬草を見る。
「これだけあれば……余裕で達成だ」
息を整える。
「……やるじゃねぇか、俺」
まだ知らない。
自分が“虫限定”というだけで、どれだけ戦えるのかを。




