第2話「もしかして、虫しかテイムできないのか?俺」
朝。
目を開けた瞬間、現実を思い出した。
「……ゴキブリ、いたな」
肩に視線をやると、黒くて小さい相棒が、ちょこんと乗っている。
「……夢じゃなかったのかよ」
昨日の出来事を思い返す。
テイム。命名。金貨。
どう考えてもおかしい。
「……もしかして」
俺はゆっくりと体を起こした。
「……虫、テイムしてる?」
口に出してみると、じわじわ実感が湧いてくる。
「いやいやいや……まさかな……」
でも、試してみる価値はある。
俺は宿を出て、近くの路地へ向かった。
地面を見る。
いた。
蟻だ。
「……よし」
しゃがみ込む。
「テイム」
ぼそっと呟く。
すると――
ざわっ。
「……え?」
気づけば、周囲の蟻が一斉にこちらへ集まってきた。
一匹、二匹、三匹……どんどん増える。
「ちょ、ちょっと待て……」
最終的に、二十匹ほどの蟻が――
俺の足元で、綺麗に整列した。
「…………」
沈黙。
「……はは」
肩が震える。
「……ははは」
腹の奥からこみ上げてくる。
「はははははははははははははは!!」
腹を抱えて笑った。
「俺、虫テイムしてるじゃねぇか!!」
通りがかりの人が、ぎょっとした顔でこちらを見る。
「なんだあいつ……」
「蟻に話しかけてるぞ……」
そんな視線、どうでもいい。
「いや、待て待て……これ、やばくないか?」
冷静になる。
ゴキジェットは金貨を持ってきた。
じゃあ、この蟻たちは?
俺はにやりと笑った。
「……よし、お前ら」
指先でちょいちょいと示す。
「小銭、探してきてくれないか?」
その瞬間。
ゴキジェットが、すっと前に出た。
そして――
蟻たちの前に立つ。
「……お前、指揮するのか?」
ゴキジェットは何も言わない。
だが、確かに“リーダー”のように見えた。
「……頼んだぞ」
次の瞬間。
蟻たちは整列したまま、ゴキジェットの後ろについて――一斉に走り出した。
「すげぇ……」
思わず呟く。
それから、五分ほど。
ほんの五分だ。
「……まさかな」
と思った次の瞬間。
帰ってきた。
蟻たちが。
それぞれの口に――
銅貨、銀貨をくわえて。
「……え」
さらに。
ゴキジェットの背中には――
金貨が、二枚。
「……は?」
固まる。
「……嘘だろ?」
受け取る。
本物だ。
「……いきなり金持ちじゃねぇか!!」
思わず叫ぶ。
通行人がまた振り返るが、そんなの関係ない。
「やったああああああああああ!!」
思いっきりガッツポーズをした。
蟻たちは、じっとこちらを見ている。
「……あ」
ふと気づく。
「お前ら、名前つけてないな」
でも――
「まあ、いいか」
笑う。
「じゃあな!ありがとな!」
手を振ると、蟻たちはさっと散っていった。
「……自由だな」
名前をつけてないからか。
それとも元々そういう性質なのか。
「……ま、いっか」
今は、それよりも。
「飯だ!!」
食堂に入る。
久しぶりの“ちゃんとした飯”だ。
「すみません!オークバーグ定食!」
「はいよ」
運ばれてきた料理は、湯気を立てていた。
肉。スープ。パン。
「……うまそう……」
昨日から何も食べていない。
手が震える。
「いただきます!!」
がっつく。
「うまっ!!」
涙が出そうになる。
その時。
肩の上で、ゴキジェットが動いた。
「……あ」
そうだ。
こいつのおかげだ。
「……ほら」
肉をほんの一切れ、ちぎる。
「食うか?」
そっと差し出す。
ゴキジェットは、それを受け取った。
もぐもぐ、と食べているように見える。
「……なんか、普通に可愛く見えてきたな」
ぼそっと呟いた、その瞬間。
「おいおいおい!!」
大声が響いた。
「ゴキブリじゃねぇか!!」
店内がざわつく。
「うわ、マジだ!」
「テーブルにいるぞ!」
しまった。
完全に忘れてた。
「ちょ――」
店員が、血相を変えて近づいてくる。
「失礼します!!」
手には――丸めた布。
叩く気だ。
「やばい」
小声で呟く。
「ゴキジェット、避けろ。いったん逃げろ」
次の瞬間。
ゴキジェットは、すっと姿を消した。
布が振り下ろされる。
空振り。
「……あれ?」
店員が周囲を見回す。
「消えた……?」
ざわざわと空気が揺れる。
俺は何事もなかったかのように、スープを飲んだ。
「……ふぅ」
数秒後。
店員が頭を下げた。
「お客様、大変申し訳ございません」
「え?」
「お代は結構ですので……どうか、お気になさらず」
「……マジで?」
「はい……」
どうやら“店にゴキブリが出た”と思ったらしい。
「……ラッキー」
小さく呟く。
その時。
足元から、気配。
ちらっと見ると――
ゴキジェットが、戻ってきていた。
「……おかえり」
誰にも聞こえないように、そっと言う。
ゴキジェットは、何も言わない。
ただ、そこにいる。
「……これ」
やばいな。
「……俺、人生変わるかもしれない」
まだ完全には理解していない。
でも――
“虫たちが味方する世界”に、俺は足を踏み入れたらしい。




