第1章~パーティーメンバーが見えないと言われます~ 第1話「ゴキブリをテイムしたら金貨を拾ってきたんだが?」
草原は気持ちいい風が吹いていた。
本来なら、だ。
「よーしよしよしよし……いい子だ、いい子だぞ~」
俺は目の前のハウンドドッグに、できる限り優しい声で語りかけていた。
茶色い毛並み。筋肉質な体。鋭い牙。どう見ても“懐いたら最強の相棒”ってやつだ。
これをテイムできれば、俺の冒険者人生は一発逆転だ。
「な?怖くないって。ほら、撫でるだけだから……」
じり、じり、と距離を詰める。
心臓がバクバク鳴っている。
いける。今回はいける気がする。
「よし……!」
そっと、頭に手を伸ばした、その瞬間。
――ガブッ!!
「ぎゃああああああああああああああああああ!!?」
鋭い痛みが走った。
俺の手首に、しっかりと牙が食い込んでいる。
「いっ、いっ、痛い痛い痛い痛い!!離せ!離せって!!」
ぶんぶん腕を振る。ようやく離れたと思ったら、手から血が噴き出した。
「う、うわああああああああああ!!」
ハウンドドッグはというと、まるで「何してんだこいつ」みたいな目で俺を見て、さっさと去っていった。
残されたのは、血まみれの俺。
「……なんでだよ……」
その場に膝をつく。
今日の依頼は薬草採取。ついでに魔物をテイムできればラッキー、くらいの軽い気持ちだった。
なのにこのザマだ。
「……また、失敗か」
包帯もないので、布を引きちぎって手に巻き付ける。
痛い。普通に痛い。泣きそうだ。
でも、それ以上に――
「……俺、向いてないのか……?」
ぽつりと呟いた。
ギルドに戻ると、受付嬢が俺を見るなり顔をしかめた。
「あ……またですか」
「……はい」
言い返せない。
「依頼は?」
「未達成です……」
はあ、とため息をつかれる。
その瞬間、周囲の冒険者たちの視線が集まった。
「またあいつ失敗したのかよ」
「テイマーって言ってたよな?何もテイムできてなくね?」
「むしろ噛まれてるだけじゃん」
くすくすと笑いが漏れる。
やめろ。聞こえてる。
「……おい」
低い声が響いた。
振り返ると、そこにはギルド長が立っていた。
でかい。とにかくでかい。壁みたいな男だ。
「来い」
「は、はい……」
逃げ場はない。
俺は引きずられるように奥の部屋へ連れていかれた。
「何回目だ?」
「……えっと……」
「答えろ」
「……五回、です」
「六回だ」
「……はい」
机をドン、と叩かれる。
「いいか?依頼未達成は信用を失う。お前はもう限界だ」
「……」
「Fランクから――Fランク未満に降格だ」
「……え」
一瞬、意味がわからなかった。
「最低ランクのさらに下だ。実質、雑用以下だな」
頭が真っ白になる。
「お前に任せられる依頼はない。次に失敗したら、登録抹消もありえると思え」
「……はい」
それしか言えなかった。
ギルドを出た時、空はやけに広く見えた。
「……終わったな、俺」
ポケットの中身を確認する。
小銭が、ほんの少し。
「……宿、泊まれるか?」
計算するまでもない。ギリギリだ。
辿り着いたのは、町外れのボロ宿だった。
看板は傾き、扉は軋む。
「……いらっしゃい」
やる気のない店主に金を渡し、鍵を受け取る。
部屋は――ひどかった。
ベッドは汚い。シーツはシミだらけ。
壁にはヒビ。窓は閉まらない。
「……まあ、いいか」
どうせ一晩だ。
俺はベッドに倒れ込んだ。
「……腹減ったな」
でも、明日の飯代はない。
「……この剣、売るか」
腰の剣を見る。
安物だけど、俺が唯一持っている“冒険者らしいもの”だ。
「これ売ったら……引退だな」
天井を見上げる。
「……はあ」
もう、どうでもよくなってきた。
その時だった。
カサ……
「……ん?」
壁の隅。
黒い影が動いた。
「……うわ」
出た。
黒光りする、あの虫。
「……ゴキブリかよ」
思わず顔をしかめる。
普段なら、即座に潰してる。
でも――
「……」
じっと見ていると、なぜか目が離せなかった。
「……なんだよ」
さっきまで“気持ち悪いだけの存在”だったはずなのに。
今は、妙に――
「……かわいく、見える?」
頭を振る。
「いやいや、ないない」
でも、なぜか気になる。
なんとなく、手を伸ばした。
「……テイム」
ぼそっと、いつもの呪文を呟く。
どうせ、失敗する。
いつも通り、何も起きない――はずだった。
次の瞬間。
ゴキブリが、こちらに向かって――飛んできた。
「うわああああああああああああああああああ!!?」
反射的に飛び起きる。
「く、来るな来るな来るな来るな!!」
部屋を飛び出す。廊下を走る。階段を駆け下りる。
でも――
足元にいる。
「なんでだよおおおおおお!!」
外に出る。全力で走る。
それでも――
足元にいる。
「……はあ……はあ……」
もう無理だ。
逃げられない。
「……好きにしろよ……」
その場に座り込む。
ゴキブリは、ちょこんと俺の前に止まった。
「……」
しばらく見つめ合う。
「……名前、いるか?」
なんとなく、口から出た。
「……ゴキジェット」
その瞬間。
ゴキブリが――金色に光った。
「……は?」
次の瞬間、そいつはぴょんと跳ねて――俺の肩に乗った。
「……いやいやいやいや」
理解が追いつかない。
「……まあ、いいか」
もう、どうでもいい。
「……小銭でも探してきてくれないか?」
半分ヤケで呟く。
ゴキジェットは――すっと消えた。
「……行った?」
数秒後。
戻ってきた。
背中に――金貨を乗せて。
「……え?」
固まる。
「……マジで?」
そっと受け取る。
本物だ。
「……助かった」
思わず笑いがこぼれた。
「ありがとうな、ゴキジェット」
ゴキブリは、何も言わずに肩に止まっている。
その日、俺は――
ゴキブリのヒモになった。
まだ、自分が“インセクトテイマー”だとは、知らずに。




