天使 その2
その日の夕方――
『ベーカリー・ヘルズゲート』は、いつもよりにぎやかでした。
「焼きたてでーす!」
サヨがパンを並べ、
ショウタが看板を立てています。
『本日のおすすめ
天使も食べたキャベツパン』
エリシアが固まりました。
「なぜ私が宣伝に使われているのですか。」
ショウタは笑います。
「インパクトあるだろ。」
ベルフェルは真剣な顔でパンを焼いていました。
しかし。
モクモクモク……。
黒煙。
エリシアが即座に言います。
「焦げています。」
「うわぁぁぁっ!!」
ベルフェルがあわててオーブンを開けました。
魔王が腕を組みます。
「火力が強すぎる。」
「なぜお前はそんな詳しいのだ。」
ピースケは穏やかに笑っています。
なんだかもう、妙なメンバーが完全に馴染んでいました。
すると――
カラン♪
店のドアベルが鳴ります。
入ってきたのは、年配の旅人でした。
大きな荷物を背負い、少し疲れた顔をしています。
「すみません、パンを……。」
ベルフェルは少し緊張しながら答えました。
「い、いらっしゃいませ。」
旅人は店の中を見回し、
そして固まりました。
「……天使?」
エリシアと目が合います。
「……。」
「……。」
ショウタが小声で言います。
「なんか空気変わったぞ。」
旅人は震える声で言いました。
「まさか、“白銀の監査天使”……。」
エリシアが眉をひそめます。
「私を知っているのですか?」
旅人は青ざめました。
「有名ですよ……。“規則を百二十七冊暗記している天使”って。」
ショウタが吹き出します。
「怖ぇぇ!!」
エリシアは少し誇らしげです。
「当然です。」
ベルフェルがぼそっと言いました。
「昔から堅いのだ。」
「聞こえています。」
すると旅人は、今度はベルフェルを見てさらに固まりました。
「……悪魔!?」
「元だ。」
「えっ?」
「今はパン屋だ。」
「情報量が多い!!」
旅人は頭を抱えました。
サヨは笑っています。
「ここのお店、いつもこんな感じ!」
「どんな感じだ!?」
そのとき――
ぐらっ。
旅人の体がふらつきました。
ピースケがすぐ支えます。
「おっと。」
旅人は苦笑しました。
「すみません……何日も歩き通しで。」
エリシアが表情を変えます。
「……疲労が強いですね。」
ベルフェルも真顔になりました。
「座れ。」
旅人は椅子へ座ります。
サヨが急いで水を持ってきました。
ショウタはパンを並べます。
そして――
ベルフェルが、焼きたてのパンをそっと差し出しました。
「……食え。」
旅人は驚きます。
「でも、お金が……。」
ベルフェルは少し照れくさそうに言いました。
「今日はいい。」
旅人はゆっくりパンを受け取ります。
もぐ。
その瞬間。
疲れ切っていた顔が、少しやわらぎました。
「……あったかい。」
店の中が静かになります。
旅人はぽつりと言いました。
「久しぶりです。こんな安心したの。」
風が窓を揺らしました。
ピースケはその言葉を静かに聞いています。
ベルフェルも、少しだけ驚いた顔をしていました。
「……そうか。」
エリシアが小さくつぶやきます。
「悪くありませんね。」
ショウタが笑いました。
「天使も認めた!」
すると突然――
カァァァァッ!!
エリシアの頭の輪っかが光り始めます。
「えっ!?」
天使が固まりました。
空中に、巨大な光の文字が現れます。
『監査報告を提出してください』
ショウタが爆笑しました。
「天界から催促きた!!」
エリシアは青ざめます。
「しまった……締切が。」
ベルフェルが真顔で言います。
「天界も大変だな。」
「悪魔界にだけは言われたくありません。」
サヨは笑い転げています。
ピースケは穏やかに窓の外を見ました。
夕焼け空。
小さなパン屋。
笑い声。
悪魔と天使。
そして、帰る場所を見つけた人たち。
どうやら今日も――
不思議だけど、少しあたたかい一日になったようでした。




