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44/2010

ダンジョン その4

ズズズズズ……。


黒い鎖に巻かれた巨大な扉が、ゆっくりと開いていきます。


冷たい風。


深い闇。


そして――


『返セ。』


低く響く声が、広間全体を震わせました。


サヨがリナの手をぎゅっと握ります。


「……こわい。」


ショウタも顔を引きつらせました。


「いやこれ絶対ヤバいだろ……。」


魔王は静かに前へ出ます。


「下がっていろ。」


黒い翼を広げ、魔力をまといました。


クロノワールは目を細めます。


「来るぞ。」


その瞬間――


ドォォォン!!


扉の奥から、巨大な黒い影が現れました。


それは人の形にも見えましたが、輪郭がぼやけています。


体の中には、無数の青い光。


まるで“奪われた記憶”が閉じ込められているみたいでした。


『返セ。』


ピースケが静かに聞きます。


「……何をですか。」


影がゆらりと揺れます。


『忘レタモノハ、我ノモノ。』


ショウタが顔をしかめました。


「忘れたら全部お前の物になるってのかよ。」


『人ハ忘レル。』


声が広間に響きます。


『名前モ、約束モ、思イ出モ。』


『ダカラ我ガ集メル。』


その言葉に、ピースケの目が少し細くなりました。


「……寂しい存在ですねぇ。」


空気が止まります。


ショウタが小声で言いました。


「今、ラスボスに寂しいって言った?」


影が大きく揺れました。


『……寂シイ?』


ピースケはゆっくり前へ出ます。


「忘れられたものを集め続けているのでしょう?」


『……。』


「誰にも消えてほしくなかったのではありませんか。」


その瞬間。


影の中の青い光が、少しだけ揺れました。


クロノワールが驚いたように目を見開きます。


「……まさか。」


しかし次の瞬間――


『黙レ!!』


ドォォォォン!!


黒い衝撃波が広間を吹き飛ばしました。


「うわぁぁっ!?」


ショウタたちは床を転がります。


魔王が前へ飛び出しました。


「フンッ!!」


黒い魔力で衝撃を受け止めます。


バチバチと火花が散りました。


魔王が歯を食いしばります。


「かなり強いぞ……!」


リナが震えながら言いました。


「……あの人、泣いてる。」


「え?」


サヨが見上げると――


黒い影の奥で、青い光がぽたり、ぽたりと落ちていました。


涙みたいに。


影は苦しそうに揺れています。


『忘レラレル……。』


『消エル……。』


『誰モ覚エテイナイ……。』


その声は、怒りというより――


深い孤独でした。


ピースケは静かに目を閉じます。


そして、前世の記憶を思い出しました。


忘れられた約束。


帰れなかった風。


消えかけた名前。


「……あなたも、“つながり”を失ったのですねぇ。」


影が震えます。


『我ハ……。』


そのとき。


クロノワールが低い声で言いました。


「思い出した。」


全員が振り向きます。


黒猫は、じっと影を見つめていました。


「お前、“記憶守り”だったな。」


広間が静まり返ります。


『……。』


「昔、人々の記憶を保管していた存在。」


クロノワールの声は静かでした。


「だが、人々に忘れ去られた。」


影が大きく揺れます。


『……忘レラレタ。』


「役目も、名前も。」


サヨが小さくつぶやきました。


「そんな……。」


ピースケはゆっくり前へ歩きます。


「名前を、覚えている人はいませんか?」


影は苦しそうに頭を抱えました。


『ワカラナイ……。』


その瞬間。


リナが小さく言いました。


「……ネムル。」


全員が振り向きます。


リナは不思議そうに首をかしげていました。


「なんか、聞こえた。」


クロノワールの目が開かれます。


「……名前か。」


リナはうなずきました。


「“ネムル”って。」


その瞬間――


影の中の青い光が、一気に強く輝きました。


『……ネムル。』


『我ノ……名前。』


広間が震えます。


しかし今度の震えは、怒りではありません。


長い長い時間を越えて、自分を思い出した震え。


ピースケは静かに笑いました。


「思い出せましたねぇ。」


影――ネムルの姿が、少しずつ変わっていきます。


黒い霧がほどけ、


その中から現れたのは――


青いローブをまとった、大きな人影でした。


優しそうな目。


疲れた顔。


でも、どこか安心したような表情。


ネムルは小さく言います。


「……ずっと、忘れられるのが怖かった。」


サヨが前へ出ました。


「でも、今思い出したよ!」


ショウタもうなずきます。


「名前、ちゃんとあるじゃん。」


魔王も腕を組みながら言いました。


「孤独だったのだな。」


ネムルの目から、青い涙がこぼれます。


「……ああ。」


ピースケは静かに言いました。


「“忘れられたもの”は、消えるわけではありません。」


風がやさしく吹きます。


「誰かが思い出した瞬間、またつながるんです。」


その言葉に――


ネムルはゆっくり目を閉じました。


すると。


巨大な時計が、再び動き始めます。


今度は逆ではなく、正しく。


カチ、カチ、カチ……。


ダンジョン全体が、白い光に包まれていきました。


クロノワールが小さく笑います。


「……迷宮が終わる。」


石壁が崩れ始めました。


忘却の地下迷宮は、その役目を終えようとしていたのです。


ネムルは最後に、ピースケたちを見ました。


「……ありがとう。」


そして、静かな光となって消えていきました。


残ったのは――


やさしく進む時計の音だけでした。

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