ダンジョン その3
ギギギギ……。
巨大な時計の針が、逆回転を続けています。
広間の空気はどんどん冷たくなり、壁に浮かぶ青白い光も揺れ始めました。
女の子の姿は、さらに薄くなっています。
サヨが必死に手を握りました。
「消えないで……!」
女の子はぼんやりした目でサヨを見つめます。
「……だれ?」
その一言に、サヨの顔がくしゃっとなりました。
「わたし、サヨ!」
「……サヨ。」
名前を聞いた瞬間。
女の子の胸元の光が、少しだけ強くなります。
ピースケは静かにつぶやきました。
「“名前”が鍵ですねぇ。」
クロノワールがうなずきます。
「忘却に飲まれる前に、“自分”を思い出させろ。」
ショウタが時計を見上げました。
「でも、どうやって!?」
そのとき――
ゴォォォン!!
時計が大きな音を立てます。
すると広間の床に、無数の扉が現れました。
木の扉。
鉄の扉。
古びた扉。
どれも少しだけ開いています。
魔王が眉をひそめました。
「なんだこれは。」
クロノワールの目が細くなります。
「記憶の部屋だ。」
「記憶?」
「この迷宮が奪った記憶を閉じ込めている。」
ショウタが顔をしかめます。
「めちゃくちゃ嫌な倉庫だな……。」
女の子は小さく震えながら、ひとつの扉を見つめました。
白い花の絵が描かれた、小さな木の扉。
「……あれ。」
ピースケは静かに言います。
「行ってみましょう。」
扉を開けると――
そこは、小さな庭でした。
夕焼けの空。
白い花。
風に揺れる洗濯物。
そして。
幼い女の子が、笑いながら走っています。
「あっ!」
サヨが振り返ります。
今よりもっと小さい、その女の子。
そして近くには――
やさしそうな女性。
『リナ、転ばないでね。』
女の子が笑います。
『はーい!』
その瞬間。
透けていた少女の目が、大きく開かれました。
「……リナ。」
ピースケが静かにうなずきます。
「あなたの名前ですねぇ。」
少女――リナの体に、少しずつ色が戻っていきます。
でも同時に。
ゴゴゴゴゴ……!!
広間全体が激しく揺れ始めました。
クロノワールが低く叫びます。
「迷宮が気づいた!」
ショウタが青ざめます。
「迷宮って気づくの!?」
突然、床から黒い霧が吹き出しました。
それは人の形になっていきます。
顔のない影。
何体も。
『……忘れろ。』
『……眠れ。』
『……ここにいろ。』
サヨが後ずさりました。
「ひっ……!」
魔王が前へ出ます。
「下がっていろ!」
ドォン!!
黒い魔力が炸裂し、影を吹き飛ばしました。
しかし影は次々現れます。
ショウタが叫びました。
「キリねえ!!」
ピースケはリナの前に立ちます。
「リナさん。」
少女が顔を上げました。
「……。」
「まだ、思い出せますか?」
リナは苦しそうに頭を押さえます。
「お母さん……花……歌……。」
影たちが迫ってきます。
『忘れろ。』
『忘れろ。』
その声を聞くたびに、リナの光が弱くなっていきました。
サヨが必死に叫びます。
「負けないで!!」
すると――
リナの胸元が、強く光りました。
そして。
『おやすみ、リナ。』
やさしい歌声が響きます。
リナの目から涙がこぼれました。
「……お母さんの歌。」
その瞬間。
広間いっぱいに白い光が広がります。
影たちが悲鳴を上げました。
『アアアアア!!』
光に触れた影は、霧のように消えていきます。
時計の逆回転も止まりました。
ギ……ギギ……。
そして。
カチン。
針が、“12時”で止まります。
静寂。
リナの姿は、もう透けていませんでした。
ちゃんと、そこに立っています。
サヨが飛びつきます。
「戻ったー!!」
リナはびっくりしながらも、小さく笑いました。
「……うん。」
ショウタがへたり込みます。
「はぁぁぁ……寿命縮んだ……。」
魔王も腕を組んだまま息を吐きました。
「なかなか厄介な場所だ。」
クロノワールは静かに時計を見上げます。
「……だが、まだ終わっていない。」
ピースケが目を細めました。
「ええ。」
すると。
巨大な時計の奥から――
ズズズズズ……。
さらに大きな扉が現れ始めたのです。
黒い鎖で閉ざされた、巨大な扉。
その向こうから、低い声が響きます。
『……返セ。』
空気が震えました。
ショウタが固まります。
「……なんか、ラスボスっぽいの来たぞ。」
クロノワールは静かに言いました。
「“忘却の主”だ。」
ピースケたちは、迷宮のさらに深い闇を見つめました。
そこには――
この地下迷宮を生み出した存在が、待っていたのです。




