ダンジョン その2
ピースケたちは、暗い石階段をゆっくり降りていきました。
コツ……コツ……。
足音だけが響きます。
壁には古いランプが並んでいましたが、青白い火がぼんやり揺れているだけです。
ショウタがランタンをぎゅっと握りました。
「なんか寒くね……。」
サヨも小さく肩をすくめます。
「うん……。」
魔王は周囲を見回しました。
「妙な魔力だ。」
クロノワールが低く言います。
「気をつけろ。ここでは“思い出”が狙われる。」
その瞬間――
ふっ。
ショウタのランタンの火が消えました。
「うわっ!?」
真っ暗。
完全な闇。
サヨが思わずピースケの羽をつかみます。
「ピースケ……!」
すると、ダンジョンの壁がぼんやり光り始めました。
青い光。
その光の中に――
映像が浮かびます。
「……え?」
ショウタが目を見開きました。
そこに映っていたのは――
小さいころのショウタ。
泥だらけで転び、泣きそうになっている姿。
『おまえ、泣き虫だなー!』
誰かの笑い声。
ショウタの顔が固まります。
「……。」
さらに別の壁には、サヨの記憶。
ひとりぼっちで座っていた幼い日の姿。
『友だちできるかな……。』
サヨが息をのみました。
「なんで……。」
ピースケも、自分の記憶を見つけます。
嵐の夜。
荷車。
そして――
“またいつか会おう”。
前世の記憶の一部。
クロノワールが叫びました。
「見るな!」
しかし遅かった。
壁の映像が、ゆっくり彼らのほうへ伸びてきます。
まるで、記憶そのものが手を伸ばしているみたいに。
ショウタがふらりと前へ出ました。
「……あれ。」
目の焦点がぼやけています。
「ショウタ!?」
サヨがあわてます。
ショウタはぼんやり言いました。
「……オレ、なんでここ来たんだっけ。」
空気が凍ります。
クロノワールが低くうなりました。
「始まったか……!」
ピースケはすぐにショウタの肩をつかみました。
「しっかりしてください。」
しかしショウタは困った顔をします。
「……あんた、誰だ?」
サヨの顔が青くなりました。
「うそ……。」
忘却の地下迷宮。
ここは、“記憶を削る場所”。
思い出を見せ、そのまま奪っていくのです。
魔王が前へ出ました。
「離れろ!」
ドォン!!
黒い魔力が壁へ放たれます。
すると映像は霧のように散りました。
ショウタがはっとします。
「……あれ?」
「戻ったコケ!?」
こっこが羽をばたばたさせました。
ショウタは頭を押さえます。
「なんか……変な感じした。」
クロノワールは真剣な顔です。
「長くいるほど危険だ。」
ピースケは静かにうなずきました。
「急ぎましょう。」
そのとき――
ダンジョンの奥から、また声が聞こえました。
『……たすけて。』
今度は、前より近い。
サヨが顔を上げます。
「まだいる!」
みんなは急いで奥へ進みました。
石の通路を抜けると、大きな広間へ出ます。
そこには――
巨大な時計がありました。
止まったままの、古い時計。
針は“12時”で止まっています。
そして、その下に――
小さな女の子が座っていました。
白い服。
銀色の髪。
そして、ぼんやり透けています。
サヨが駆け寄りました。
「だいじょうぶ!?」
女の子はゆっくり顔を上げます。
でも、その目は空っぽでした。
「……。」
ピースケは静かに聞きます。
「あなたの名前は?」
女の子は、しばらく黙っていました。
そして。
「……わからない。」
ショウタが小さくつぶやきます。
「もう忘れてるのか……。」
女の子の体は、少しずつ消えかけていました。
まるで、存在そのものが薄くなっているみたいに。
クロノワールが低い声で言います。
「この迷宮に長くいたせいだ。」
サヨは女の子の手をぎゅっと握りました。
「だいじょうぶ!」
女の子が少し驚きます。
「……。」
「わたしたち、絶対助けるから!」
その言葉に――
女の子の胸元が、ほんの少しだけ光りました。
小さく。
消えそうなくらい弱い光。
でも確かに、“何か”が残っています。
ピースケは静かに目を細めました。
「……まだ、つながっていますねぇ。」
すると突然。
ゴゴゴゴゴ……!!
広間全体が揺れ始めました。
巨大な時計の針が、ギギギ……と動き出します。
12時から、ゆっくり逆回転。
クロノワールが叫びました。
「まずい!」
「な、なにが!?」
魔王の顔が険しくなります。
「迷宮そのものが、“忘却”を始める!」
時計が逆に回るたびに、空気が冷たくなっていきました。
女の子の姿も、さらに薄くなります。
ピースケは静かに前へ出ました。
「……急がないといけませんねぇ。」
止まった時間。
失われる記憶。
そして、“名前”を忘れてしまった少女。
忘却の地下迷宮は、さらに深い闇へと続いていたのでした。




