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クロノワール その3

古い橋の上。


月明かりに照らされながら、男の子は不安そうに立っていました。


体は少し透けていて、風が吹くたびに輪郭がゆらぎます。


サヨがそっと聞きました。


「なにか覚えてることある?」


男の子は目を閉じます。


「……あったかい場所。」


「うん。」


「パンのにおい。」


ショウタが小さくつぶやきます。


「パン屋とか?」


男の子はさらに考え込みました。


「あと……鐘の音。」


ピースケの目が少し動きます。


「鐘。」


クロノワールがしっぽを揺らしました。


「この村の近くで鐘が鳴る場所は限られている。」


ショウタが言います。


「鐘の塔か?」


ピースケは静かにうなずきます。


「行ってみる価値はありそうですねぇ。」


すると――


カラン。


また鈴の音が鳴りました。


同時に、橋の下の黒い水面が大きく揺れます。


クロノワールが低い声を出しました。


「急げ。」


「え?」


「“忘れられた夜”は長く続かない。」


男の子の体が、少し薄くなっていきます。


サヨがあわてました。


「き、消えてる!」


男の子も自分の手を見て震えます。


「……ぼく、消えちゃうの?」


ピースケは落ち着いた声で言いました。


「大丈夫です。」


そして静かに笑います。


「あなたは、まだ“帰りたい”と思っている。」


その言葉に、男の子は少しだけ安心した顔をしました。


「……うん。」


四人と一羽、そして黒猫は急いで鐘の塔へ向かいました。


夜道を走り抜けます。


月明かりだけが、静かに道を照らしていました。


やがて――


丘の上の鐘の塔が見えてきます。


ゴォォォン……。


まるで待っていたように、鐘が鳴りました。


男の子が顔を上げます。


「……この音。」


ピースケは塔の扉に手をかけました。


ギィィ……。


扉はゆっくり開きます。


中には、静かな空気。


そして壁には、古い絵や文字が並んでいました。


男の子はふらふらと奥へ歩いていきます。


その先にあったのは――


小さな木箱。


ほこりをかぶった、古びた箱です。


男の子が近づいた瞬間。


ふわっ。


箱が淡く光りました。


「……!」


男の子の目に、涙が浮かびます。


「これ……。」


サヨが聞きます。


「知ってるの?」


男の子は震える声で言いました。


「……ぼくの。」


ショウタが驚きます。


「えっ?」


男の子は箱をそっと開けました。


中に入っていたのは――


小さな鈴。


そして、一枚の古い紙。


そこには、子どもの字でこう書かれていました。


『ルカへ

また鐘を聞きに行こうね』


男の子の目が大きく開かれます。


「……ルカ。」


ピースケが静かに言いました。


「それが、あなたの名前ですねぇ。」


その瞬間――


男の子の体が、強く光り始めました。


忘れていた記憶が、一気に戻ってきたようです。


「ぼく……ルカだ。」


涙がぽろぽろ落ちます。


「お母さんと……鐘を聞きに来たんだ。」


クロノワールが静かに目を閉じました。


「……つながったか。」


すると、塔の奥からやさしい光が現れます。


その中に――


ひとりの女性の姿。


ルカが息をのみました。


「……お母さん?」


女性はやさしく微笑みます。


『ルカ。』


ルカは走り出しました。


でも、その手は届きません。


光だから。


それでも、女性はあたたかい声で言います。


『ずっと、待ってたの。』


ルカは泣きながら笑いました。


「ぼく……帰りたかった。」


『うん。』


女性は静かにうなずきます。


『もう、大丈夫。』


鐘が鳴ります。


ゴォォォン……。


その音とともに、ルカの体はやさしい光に包まれていきました。


サヨが涙ぐみます。


「……帰れるの?」


ピースケは静かに答えました。


「ええ。」


ルカは振り返り、笑います。


「ありがとう!」


ショウタも手を振りました。


「元気でな!」


こっこは羽をばさばさします。


「忘れないコケー!」


クロノワールは小さく笑いました。


「よくやった、“運び手”。」


最後に、ルカはピースケを見ました。


「……つないでくれて、ありがとう。」


その言葉を残して――


光は空へ昇っていきました。


やがて静けさが戻ります。


鐘の塔には、やさしい夜風だけが吹いていました。


サヨは空を見上げます。


「……帰れたね。」


ピースケは静かにうなずきました。


「ええ。」


そして、小さくつぶやきます。


「忘れられても、“つながり”は消えないんですねぇ。」


月は高く輝き、鐘の音は遠くまで響いていました。


まるで――


“おかえり”と、夜空が言っているようでした。

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