嵐 その2
嵐はますます激しくなっていきました。
バンッ!バンッ!
風が馬小屋の壁を叩き、窓がガタガタと揺れます。
けれど、その音の奥から――
♪ ラァァ……ラァァ……
不思議な歌声は、途切れずに聞こえていました。
サヨがピースケのそばに寄ります。
「……なんか、さみしい歌。」
こっこも羽を小さく震わせました。
「昔、おばあちゃんから聞いたコケ……。」
ショウタが振り向きます。
「なんて?」
「“嵐のうた”が近づくと、空で迷ったものが帰ってくるコケ。」
「空で迷ったもの?」
ピースケは静かに考え込みます。
「……風に残った記憶、かもしれませんねぇ。」
そのとき――
ゴォォォォ!!
突然、馬小屋の扉が勢いよく開きました。
「うわっ!?」
強風と雨が吹き込み、干し草が舞い上がります。
そして。
扉の向こうに――
“誰か”が立っていました。
長いマントのように雨をまとい、輪郭が風に揺れています。
顔ははっきり見えません。
ただ、その周囲だけ空気が渦を巻いていました。
サヨが息をのみます。
「……だれ?」
その存在は、静かに歌っていました。
♪ ラァァ……ラァ……
ピースケはゆっくり立ち上がります。
右足の痛みも忘れて、一歩前へ。
「あなたが、“嵐のうた”を歌っているのですか。」
歌が止まりました。
風だけが吹き荒れます。
やがて、その存在は小さな声で言いました。
『……見つからない。』
ショウタが顔をしかめます。
「なにが?」
『……帰る場所。』
その声は、風の中に消えそうなくらい弱く、寂しそうでした。
ピースケの目がやさしく細まります。
「……迷っているのですねぇ。」
存在は静かにうなずきます。
『ずっと……空をさまよっている。』
その瞬間。
ピースケの頭に、前世の記憶がよぎりました。
――嵐の夜。
――誰かを探して、風の中を歩いた自分。
「……。」
ピースケは静かに息を吐きます。
ショウタが小声で聞きました。
「なんかわかったのか?」
「ええ。」
ピースケは、その存在に向かってやさしく言いました。
「あなたは、“帰れなかった風”なんですねぇ。」
風が、一瞬だけ静かになります。
存在は小さく震えました。
『……帰りたい。』
サヨが胸の前で手をぎゅっと握ります。
「かわいそう……。」
こっこも言いました。
「ずっとひとりだったコケ……。」
ピースケは少し考えてから、ゆっくりうなずきます。
「では――帰り道を探しましょう。」
ショウタが目を丸くします。
「探せるのか!?」
「たぶん、“歌”に手がかりがあります。」
ピースケは耳をすませました。
嵐の音。
雨音。
そして、その奥にある、かすかな旋律。
「……この歌、どこかへ向かっています。」
存在が顔を上げます。
『……わかるの?』
「ええ。」
ピースケは静かに笑いました。
「私は、“運び手”ですからねぇ。」
その言葉に、風がふわりと揺れました。
まるで――少し安心したように。
外では嵐が続いています。
けれど馬小屋の中には、不思議とあたたかな空気がありました。
ショウタが立ち上がります。
「よし。じゃあ、嵐が弱くなったら探しに行くか。」
サヨも元気よくうなずきました。
「うん!」
こっこも羽をばさっと広げます。
「まかせるコケ!」
風の存在は、静かに三人と一羽を見つめていました。
その目には――
ほんの少しだけ、希望の光が宿り始めていたのでした。




