前世の記憶 その1
ある晩のことでした。
村には静かな雨が降っていて、広場にも人影はありません。
ピースケは馬小屋の前で、ぽつぽつ落ちる雨を見つめていました。
「……。」
いつもより、少し静かです。
そこへ、ショウタがやってきました。
「こんなとこで何してんの?」
「雨を見ていたんですよ。」
「ふーん。」
ショウタは隣に座ります。
しばらく、雨の音だけが続きました。
そのとき――
ピースケがぽつりと言いました。
「……昔も、こんな雨を見た気がするんですよねぇ。」
ショウタが笑います。
「そりゃ毎年降るだろ。」
ですが、ピースケは静かに首を振りました。
「いえ、“もっと昔”です。」
ショウタが少し不思議そうな顔をします。
「……どういう意味?」
ピースケは雨を見たまま答えました。
「実はですねぇ、たまに“前の記憶”のようなものを見るんです。」
「前の……記憶?」
「ええ。」
ショウタは目を丸くしました。
「前世ってこと!?」
ピースケはゆっくりうなずきます。
「おそらく。」
そのとき、サヨも傘を持ってやってきました。
「なに話してるの?」
ショウタが振り返ります。
「ピースケに前世の記憶があるかもって。」
「えええ!?」
サヨはびっくり。
ピースケは少し困ったように笑います。
「とはいえ、はっきりしているわけではありませんよ。夢みたいなものです。」
サヨは興味津々です。
「どんなの見るの?」
ピースケはしばらく考えてから、静かに話し始めました。
「……広い草原でした。」
雨音の中、低く穏やかな声が響きます。
「今とは違う景色です。大きな木が一本あって、その下に誰かがいました。」
ショウタが聞きます。
「人?」
「ええ。顔は思い出せません。」
ピースケは続けます。
「でも、その人はよく笑っていました。そして私は――」
少し間を置いて。
「……今と同じように、荷物を運んでいた気がします。」
ショウタが吹き出します。
「前世でも運び屋だったのかよ!」
ピースケも小さく笑いました。
「どうやら、そのようですねぇ。」
サヨは不思議そうに空を見ます。
「でも、なんで思い出したの?」
ピースケは雨粒を見つめながら言いました。
「わかりません。ただ……最近、“つながり”に触れることが増えたからかもしれませんねぇ。」
風、音、影、記憶。
いろんなものと出会ってきた日々。
その積み重ねが、眠っていた記憶を揺らしたのかもしれません。
そのとき――
ヒュゥゥ……。
雨の向こうから、やさしい風が吹きました。
そして、一瞬だけ。
ピースケの目に、別の景色が映ります。
広い草原。
夕焼け。
大きな木。
そして――
誰かの声。
『また会えたね。』
「……!」
ピースケがはっと顔を上げました。
「どうした!?」
ショウタが驚きます。
ピースケは静かに目を閉じます。
「……いえ。」
でも、その声はどこか懐かしく、あたたかかった。
サヨが小さく聞きます。
「思い出したの?」
ピースケは少しだけ考えてから、やさしく答えました。
「……まだ途中ですねぇ。」
雨は静かに降り続いています。
けれどピースケの胸の中では、遠い昔の記憶が、少しずつ動き始めていました。
ショウタが腕を組みます。
「なんかさ、“前世”って聞くとすげー話っぽいな。」
ピースケはくすっと笑いました。
「そうですねぇ。でも――」
空を見上げます。
「今の出会いも、十分すごいことですよ。」
サヨもにこっとしました。
「うん!」
雨雲の向こうで、かすかに月が光っています。
過去と今。
見えない“つながり”は、時間を越えて続いているのかもしれません。
そして――
ピースケの知らない記憶は、まだどこかで待っているのでした。




