影のドラゴン その1
ラグたちが空の彼方へ消えてから、村には久しぶりの静けさが戻りました。
ショウタは広場で寝転びながら空を見上げます。
「……なんかさ、急に平和すぎて逆にこわいんだけど。」
ピースケは近くで羽を整えながら、のんびりと言いました。
「ええ、こういうときほど何か起こるものですからねぇ。」
「やめろってそういうフラグみたいなの!」
ショウタが起き上がった、そのとき――
コトン。
ピースケの足元に、小さな何かが落ちてきました。
「……おや?」
それは、黒くてつやのある“うろこ”でした。
ショウタがのぞきこみます。
「これ……ラグのじゃなくね?」
たしかに、ラグの赤い鱗とは違い、深い黒色で、どこか冷たい光を放っています。
ピースケは少しだけ表情を引き締めました。
「……ええ、違いますねぇ。」
そのとき――
ヒュゥゥゥ……。
空気が、すっと冷えました。
風が止まり、音が消えます。
「……なにこれ。」
ショウタが小声で言います。
ピースケは空を見上げました。
「来ますよ。」
次の瞬間――
スッ。
音もなく、影がひとつ降りてきました。
しかしそれは、これまで見たどのドラゴンとも違っていました。
体は細く、黒い霧のようにゆらぎ、はっきりとした輪郭がありません。目だけが、青白く光っています。
ショウタが息をのむ。
「……なに、あれ。」
ピースケも珍しく、少し低い声で言いました。
「……あまり、よろしくない気配ですねぇ。」
その“影のドラゴン”は、ゆっくりと口を開きました。
声は――直接、頭の中に響きます。
『……ツナガリ……ミツケタ……。』
ショウタが頭を押さえます。
「うわっ……なんだよこれ……!」
ピースケは前に出ました。
「失礼ですが、どちらさまでしょう。」
影はゆらめきながら答えます。
『……ワレハ……ハザマ……。』
「はざま……?」
『……スベテノ……アイダ……。』
意味はよく分かりませんが、ひとつだけはっきりしていました。
――これまでの“つながり”に関係している。
ピースケの目が細くなります。
「……時間や記憶、影……そのあたりの“すき間”に関わる存在のようですねぇ。」
ショウタが顔をしかめます。
「いや絶対ヤバいやつじゃんそれ。」
そのとき――
影のドラゴンが、すっと前に進みました。
『……ココ……ユガンデイル……。』
地面が、わずかに波打ちます。
空が、ほんの一瞬だけ“裏返る”ように見えました。
ショウタが叫びます。
「またなんか壊れるやつ!?」
ピースケは静かに構えました。
「ええ、どうやら“直す側”ではなさそうですねぇ。」
影は続けます。
『……ツナグ……スベテ……ヒトツニ……。』
その言葉と同時に――
村のあちこちから、光や影や音が、少しずつ浮かび上がり始めました。
これまでの出来事の名残――
風の気配、音の粒、記憶のかけら、影の揺らぎ。
それらが、ゆっくりと空へ引き寄せられていきます。
「……おい、やばいってこれ!!」
ショウタが叫びます。
ピースケは低く言いました。
「ええ、“全部つなげる”つもりのようですねぇ。」
ショウタが青ざめます。
「それって……」
「境界がなくなる、ということです。」
その一言。
影のドラゴンが、大きく広がりました。
空が暗くなり、世界の輪郭が揺らぎます。
『……ヒトツニ……ナル……。』
ピースケは翼を広げ、前に出ました。
その目には、これまででいちばんはっきりとした意志が宿っています。
「それは、困りますねぇ。」
ショウタも拳を握りました。
「……今度こそ、ガチでやばいやつじゃん。」
ピースケは小さくうなずきます。
「ええ、ですが――」
少しだけ笑いました。
「ここまで来たら、最後までお付き合いしましょうか。」
風が消え、音が消え、境界が溶けていく中で――
村の物語は、これまでで最大の出来事へと進み始めていました。




