ドラゴン その3
数日後――。
ラグの傷は少しずつ良くなり、翼もゆっくりと動かせるようになってきていました。
ピースケとショウタは毎日山へ通い、手当てや食べ物を運びます。
「いやぁ、だいぶ良くなりましたねぇ。」
ピースケがそう言うと、ラグは軽く翼を広げました。
「……スコシ……トベル。」
ショウタがにやっと笑います。
「お、リハビリ成功じゃん。」
穏やかな時間が流れていました。
――そのとき。
ヒュゥゥゥゥ……。
空から、鋭い風を切る音が響きます。
ピースケがすぐに顔を上げました。
「……来ますねぇ。」
次の瞬間――
ズドォン!!
地面が揺れ、強烈な風が吹き荒れました。
上空から、巨大な影が降りてきます。
ラグよりもさらに大きく、銀色に光る鱗を持つドラゴン。
その目は冷たく、鋭く光っていました。
ショウタが息をのむ。
「……もう一匹……?」
ラグの表情が一変します。
「……アイツ……!」
低く、怒りのこもった声。
銀のドラゴンはゆっくりと降り立ち、ラグを見下ろしました。
「……やはりここにいたか。」
はっきりとした言葉。
ピースケは少し驚いたように目を細めます。
「これはまた、話の通じそうな方ですねぇ。」
しかし、その声には容赦がありません。
「ラグ。お前は掟を破った。」
ラグが歯を食いしばります。
「……チガウ……!」
「黙れ。」
銀のドラゴンの一声で、空気が張りつめました。
ショウタが小声で言います。
「なにこれ……知り合い?」
ラグが低く答えました。
「……ナカマ……ダッタ。」
ピースケは静かに状況を見つめます。
「なるほど……事情がありそうですねぇ。」
銀のドラゴンは続けます。
「群れを離れ、人間の領域に入った者は――排除する。それが決まりだ。」
ショウタが思わず前に出ました。
「ちょっと待てよ!こいつケガしてただけだぞ!」
銀のドラゴンの視線がショウタに向きます。
「……人間が口を挟むな。」
その圧に、思わず一歩引くショウタ。
しかし――
「いいえ、挟みますよ。」
ピースケが一歩前に出ました。
「おやめください。その判断は少々乱暴ではありませんかねぇ。」
「……ニワトリが?」
「ええ、ニワトリです。」
ピースケはいつもどおりの口調で続けます。
「彼はただ、戻れなくなっていただけです。意図して掟を破ったわけではなさそうですよ。」
銀のドラゴンはしばらく黙っていました。
やがて、ラグを見下ろします。
「……本当か。」
ラグはゆっくりうなずきました。
「……トベナカッタ……カエレナカッタ……。」
沈黙。
風の音だけが響きます。
ショウタがぽつりとつぶやきました。
「さ……そういうの、事情って言うんじゃねーの。」
銀のドラゴンは目を細めます。
そして――
「……掟は絶対だ。」
その一言。
空気が再び張りつめました。
ラグが身構えます。
ショウタも拳を握ります。
しかし――
ピースケは、ため息まじりに言いました。
「やれやれ、少し頭が固いようですねぇ。」
銀のドラゴンの目が鋭く光ります。
「……何だと?」
ピースケは続けます。
「掟は大事ですが、“なぜあるか”も同じくらい大事です。守るためのものが、壊す原因になっては意味がありませんよ。」
ショウタが「おお…」と小さく感心します。
ラグもじっと見ています。
銀のドラゴンは沈黙しました。
長い、長い沈黙。
やがて――
「……名を言え。」
ピースケは軽く頭を下げました。
「ピースケと申します。」
「……覚えておこう。」
銀のドラゴンは翼を広げます。
強い風が巻き起こりました。
「今回は見逃す。だが――」
ラグを見つめます。
「次はない。」
そして、空へと舞い上がりました。
ショウタがその場にへたり込みます。
「……めっちゃ怖かった……。」
ラグも大きく息を吐きました。
「……タスカッタ……。」
ピースケは空を見上げながら言いました。
「ええ……ですが、問題がなくなったわけではありませんねぇ。」
ショウタが立ち上がります。
「どういうこと?」
ピースケは静かに答えました。
「彼らの“世界”のルールと、こちらの世界の関わり方――これから考えていく必要がありそうです。」
ラグは遠くの空を見つめています。
ショウタがぽつりとつぶやきました。
「……なんかさ、どんどんスケールでかくなってね?」
ピースケはくすっと笑いました。
「ええ、この村、なかなか退屈しませんねぇ。」
風が静かに吹き抜けます。
空の彼方では、銀のドラゴンがまだこちらを見ているような気がしました。
そして――
新たな“選択”の物語が、ゆっくりと動き始めていたのです。




