雲竜 その15
天海の底。
そこだけ、
光が届いていませんでした。
まるで海の底に沈んだ夜。
黒。
ただひたすら黒。
その闇の中で――
ゆっくり“目”が開きます。
ギロリ。
光の海が震えました。
ザァァァァァ……!!
ショウタ、即後退。
「また目ぇぇぇ!!」
サヨも息をのみます。
「今度は何……?」
光のクジラが低く歌うように言いました。
『“夜”だ。』
静寂。
ショウタが聞き返します。
「そのまんま!?」
クジラはゆっくり泳ぎながら説明します。
『世界には、昼だけでは循環しない。』
『休み。静寂。眠り。』
『それらを抱く存在が“夜”。』
少女――空の管理者が青ざめます。
『でも、まだ目覚める時期じゃない……』
その瞬間。
天海の底から、
黒い波紋が広がりました。
光が次々消えていく。
星みたいな粒が、
しゅうっと闇に吸い込まれます。
ショウタ絶叫。
「また食ってるぅぅ!!」
黒いヒヨコがぷるぷる震えました。
『……あれ、もっとおなかすいてる』
「感想が食欲基準!!」
でも。
ピースケは静かに天海を見つめています。
風が少し冷たい。
眠気みたいな感覚が、
空気に混ざっていました。
サヨがふらっとします。
「……なんか、眠い」
雲竜も翼が重そう。
『力が抜ける……』
雷鳥の雷まで弱くなりました。
『眠気ノ干渉カ』
そのとき――
元管理者の少年が、
急に立ち上がりました。
『まずい。』
全員振り向きます。
少年は震える声で言いました。
『“夜”が完全に起きたら、世界中が眠る。』
ショウタ、固まる。
「……え?」
『風も止まる。』
『海も止まる。』
『朝が来なくなる。』
静寂。
ショウタ、絶望。
「スケールが毎回終末なんだよぉぉ!!」
その瞬間――
天海の底から、
巨大な“黒い手”が伸びました。
ヌゥゥゥ……。
光を消しながら、
ゆっくりこちらへ近づいてくる。
サヨが震えます。
「近づいてきてる……!」
クジラが叫びました。
『歌を止めるな!』
すると。
周囲の光るクジラたちが、
一斉に歌い始めます。
ルゥゥゥン……。
やさしい波の音みたいな歌。
その光が、
黒い手を押し返しました。
ショウタが目を見開きます。
「効いてる!」
でも。
黒い手は止まりません。
少しずつ、
少しずつ近づいてくる。
少女が苦しそうに言います。
『歌だけじゃ足りない……』
そのとき。
ピースケの肩の黒いヒヨコが、
ぽつりと言いました。
『……夜、さみしい』
静寂。
全員がヒヨコを見ます。
ヒヨコは天海の底を見つめていました。
『おなかすいてるんじゃなくて』
『ずっと、ひとり』
風が静かに揺れます。
ピースケは小さくうなずきました。
「なるほどですねぇ。」
ショウタが叫びます。
「またそのパターン!?」
でも。
ピースケはもう前へ歩き出していました。
天海の端へ。
風をまといながら。
サヨが慌てます。
「ピースケ!?」
ピースケは振り返って笑います。
「ちょっと、お話してきますぅ。」
ショウタ絶叫。
「“夜”と会話するやついるぅぅ!?!」
その瞬間――
天海の底から、
さらに巨大な“何か”が浮かび上がってきました。
黒い海を割りながら現れたのは――
“月のない夜空”みたいな巨大な龍。
目だけが静かに光っています。
そして、
その龍が初めて口を開きました。
『……誰ダ』




