雲竜 その16
『……誰ダ』
その声は、
大きくありませんでした。
でも。
世界中の音が消えるくらい静かで、
重かった。
天海の波が止まり、
風も息をひそめます。
ショウタ、震え声。
「夜がしゃべった……」
巨大な夜の龍は、
ゆっくりピースケを見下ろしていました。
黒い体は星すら飲み込む闇。
でもその目だけは、
どこか寂しそうです。
ピースケはぺこりと頭を下げました。
「ピースケですぅ。」
ショウタ即ツッコミ。
「自己紹介するんだ!?」
夜の龍は沈黙します。
『……生キテイル匂イガスル』
サヨが小さくつぶやきました。
「匂い……?」
ピースケはのんびり答えます。
「みんなでごはん食べたりしてますからねぇ。」
「またごはん!!」
でも。
夜の龍の目が、
ほんの少しだけ揺れました。
『……暖カイノカ』
静寂。
黒いヒヨコが、
ぴょこんと前へ出ます。
『あったかい。』
『パンもある。』
ショウタが頭を抱えます。
「お前ほんとブレないな!?」
天海のクジラたちは、
歌を止めずに見守っています。
ルゥゥゥン……。
その歌に混ざるように、
ピースケの風が静かに流れました。
「夜さんは、ずっとここにいたんですかぁ?」
夜の龍はゆっくり目を閉じます。
『昔ハ違ッタ』
『昼ト共ニ流レテイタ』
『ダガ、皆ガ夜ヲ恐レタ』
サヨが息をのみます。
『静カスギルト怖イト言ワレタ』
『暗イト嫌ワレタ』
『気ガツケバ、一人ダッタ』
静寂。
ショウタの顔から、
少しだけ力が抜けました。
「……なんか、かわいそうだな」
少女――空の管理者も小さくうなずきます。
『夜を封じたのは、古代管理者たち。』
『循環効率を優先した。』
元管理者の少年が目を伏せました。
『……僕たちの失敗だ』
その瞬間――
夜の龍の周囲で、
闇が大きく揺れます。
ザァァァァァ!!
天海の光が飲み込まれ始めました。
ショウタが叫びます。
「感情で出力上がるタイプだぁぁ!!」
夜の龍の声が震えます。
『デモ、寂シイ』
『眠ラセレタ』
『誰モ来ナカッタ』
その言葉に、
黒いヒヨコが飛び出しました。
ぴょーん!
サヨが叫びます。
「ヒヨコちゃん!?」
ヒヨコはそのまま、
夜の龍の鼻先へ着地。
『ぴ。』
静寂。
夜の龍が停止します。
ヒヨコは小さな声で言いました。
『ひとり、さみしいよね』
その瞬間――
夜の龍の目が、
大きく揺れました。
闇が一瞬だけ静まる。
ショウタがぽかん。
「効いてる……?」
ヒヨコは続けます。
『ぼくも、さみしかった』
『いっぱい食べても、なおらなかった』
『でも、ごはんだけじゃなかった』
ピースケが笑います。
「一緒に食べるのが大事なんですよねぇ。」
夜の龍は、
長い沈黙のあと、
小さくつぶやきました。
『……一緒』
その瞬間――
天海の奥で、
“朝焼け”みたいな光が生まれました。
サヨが目を見開きます。
「夜が……明るくなってる?」
クジラたちの歌が、
さらにやさしく響きます。
ルゥゥゥゥン……。
でも次の瞬間――
夜の龍の体に、
無数の“鎖”が浮かび上がりました。
ギギギギギ……!!
古代の封印。
今まで見えなかった拘束具。
夜の龍が苦しそうにうなります。
『……痛イ』
ショウタが青ざめました。
「まだ封印されてたの!?!」
少女も震え声。
『封印が暴走してる……!』
鎖が、
夜の龍をさらに締め上げます。
すると闇が荒れ狂い始めました。
天海が大揺れになります。
クジラたちも苦しそう。
サヨが叫びます。
「どうすればいいの!?」
そのとき――
ピースケが鎖を見上げながら、
静かに言いました。
「……切るんじゃなくてぇ。」
風がやさしく吹きます。
「ほどけばいいんですねぇ。」




