第6話 路地裏の戦い
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青い毛皮に二本の角がついた大きめの素材と、赤い能石を回収した俺達は天を仰いだ。
「あの飛んでたやつ、なんだったんだろうな? あいつが能石を埋め込んだように思えたけど……」
「多分そうだと思う」
ルフィアはそう言って、能石をポーチにしまい、街へと歩き始める。素材を担いだ俺は小走りで肩を並べた。
「もしかして、昨日の気味悪い男だったりして……」
「それはない。でも、繋がりがあるのは間違いない」
昨夜と同様に、ルフィアは何か知っているような口ぶりだ。
「なあ、何か知ってるなら教えてくれよ。なんか俺達、狙われてるみたいじゃねえかよ」
隠しきれないと判断したのか、ルフィアは鼻から薄い息を吐き出した。
「詳しくは言えない。でも、狙われてるのは確か。居場所がバレたからには今後も狙われると思う……」
最悪の報告だ。
ルフィアの発言で、俺の背筋に悪寒が駆け抜けた。
「詳しく言えないってなんだよ? なんで狙われてんだよ? 別に何も変なことしてないぞ?」
焦りが滲む俺の問いかけに、ルフィアは「髪色」とだけ答えた。
髪色だと……?
そん途端、街の人の視線と、出会った当初にアルナちゃんに言われた「かなり珍しい髪色ですね!」という発言が脳裏を掠めた。
俺は視線を持ち上げて前髪を眺める。
「この髪が……。ルフィアがフードを被るのも、それが理由か?」
「それも少しはあるけど、私のはまた別の理由」
「別の理由……? いや、なんで髪色が狙われる理由になるんだよ?」
ルフィアは言葉を飲み込むように奥歯を軋ませた後、落ち着いて溜息を落とした。
「私達みたいに白と黒の髪色を持つ人は、光の柱が見えるって奴らは知ってるの。それを邪魔する組織があいつら。さっきみたいに能石を使って、能獣をけしかけてきたりしてくる」
遠回しに答えて、詳しいことを教えないルフィア。何か言えない事情があるのだろう。
「なんだよその組織……。それなら、山頂を目指すのやめた方が——」
「無駄よ」
間髪入れずに否定が横切る。
「普通に暮らしてても殺しにくる。私達は山頂に登るしか助かる方法はないの……」
普段の無機質なルフィアの表情に、憎悪のような禍々しいものが纏わり付いていた。それを横目に見た俺は、思わず唾を飲む。
これ以上踏み込んだらまずい。そんな気がしたからだ。
ルフィアはどこまで知っているんだろう……。
吹き抜けた風が、俺の後頭部から垂れた額を隠す布を揺らす。
胸の中でルフィアへの信用が僅かに揺らぎかけた時、俺は塗り潰すように話を変えた。
「にしても、能石持ちだから実質レベル3の能獣を倒したってことだよな! また死にかけたけど」
明るく話したが、あの瞬間を思い出すだけで指先が震え出しそうになった。
「無事に素材も手に入ったし、街に帰ってさっさとノイルの装備を整えよ」
「そうだな」
いつもの空気を取り戻した俺達は、淡々と草原を踏み締める。
——
太陽が西の山脈へと傾き、空が黄金に染まる夕暮れ時。
昼間の一件で、アルナちゃんに会うのが少し気まずくなった俺は、ルフィアが依頼達成報告を終えるまで、ギルドの外で待機していた。
「お待たせ」
素材を脇に抱えて戻ってきたルフィア。
その素材を見ると、小さな焼印が刻まれているのが目に入った。
「なんだ? その黒い模様は」
「ああ、これは素材を引き取る時には必ず押されるの。素材を使い回して、達成報酬をもらおうとする輩を防ぐただと思う」
「そんなせこいこと考える奴もいるのかよ……」
流石、冒険者ギルド。街の中央にどっしりと構えているだけあって、対策はバッチリのようだ。
おそらく、他にも不正対策をしているのだろう。
不正が発覚すれば、冒険者の権利が剥奪される可能性もあるかもしれない。
正々堂々と冒険者をやるべきだな、と俺は改めて胸に焼印を刻んだ。
「それじゃ、ついてきて」
達成報酬の一二○○フィルトを受け取った俺達が向かったのは鍛冶屋だ。
メインストリートに構えられた鍛冶屋は武器屋と一緒になっており、木造の建物の後ろに張り付くように石造りの鍛冶場が設けられている。飛び出した煙突からは煙がモクモクと立ち昇っていた。
入口へと足を運ぶルフィア。だが、俺はその場で立ち止まる。
この店は嫌な思い出が……。
「何してるの? 早く行こ」
「お、おう……」
動揺が滲む俺を置いて、黒ずんだ扉を押し開けるルフィア。扉から軋む音が響いた直後、カウンターからヒューマンの若い男が「いらっしゃい」を響かせた。
武具が立ち並ぶ薄暗い店内を淡々と進むルフィアは、一直線にカウンターへと向かう。そして、脇に抱えるヘッドゴートの素材をカウンターの上にドサッ、と置いた。
「これで防具を作ってほしいの」
「オーダーメイドっすね」
若い男はそう言って、後ろに設けられた扉に顔を覗かせた。
「師匠! オーダーメイドの依頼っす」
すると、扉の奥から低い返事が響く。
その声を聞いた途端、俺の肩はビクッ!と弾んだ。
ギィイイ、と扉が開き、奥の鍛冶場から現れたのは、小柄だが筋骨隆々のドワーフだ。
「いらっしゃい」
低い声を落したドワーフ。すると、ルフィアの影で小さくなった俺と目が合った。
「お前、あんときのガキか?」
覚えていやがった。絶対に白髪のせいだな……。
俺は咄嗟にぎこちない笑みを浮かべて、「どうも」と小首を下げる。
「ノイル、知り合い?」
ルフィアが振り返ると、俺は「ちょっといろいろあってな」と濁すように答えた。
知り合いではないが、確かに知っている。
髭を蓄えたドワーフはこの街に来た一年前に、働かせてくれ、としつこく縋り付いた俺を殴り飛ばした人物だ。
「冒険者になったのか?」
「はい、何とか頑張ってます」
その答えに、ドワーフは豪快に笑った。
「うちに来るとはいい度胸だ! まあ、客ってんなら対応も変えんとな。で、今日はお前さんの防具か?」
店主の反応に安心した俺は、すっかり冷静を取り戻す。
「そうです!」
店主は持ち込んだ素材を広げ、じっくりと観察した。
「ヘッドゴートか。こりゃあ、かなり状態がいいな。この太い腕がなるぜっ! なんつってな!」
急に大声を出し、一人で豪快に笑う店主。正常に戻ったところで、視線を俺に移した。
「なんか希望はあるか? オーダーメイド防具は少し値が張るが、戦闘スタイルに合わせて細かい調整ができる。後から気に入らねえから金返せってのは出来ねえから、今のうちに遠慮せず言ってくれ!」
すると、ルフィアがカウンターに腕を乗せた。
「彼はまだ詳しくないから、私がオーダーする」
そう言って、事細かに注文を重ねたルフィア。その後、俺は服の上から髭面に採寸をしてもらい、オーダーが完了。
防具の完成は翌日の昼時とのこと。だが、料金は前払いだ。
「素材は持ち込みなんで、六○○○フィルトっすね」
「六○○○フィルト⁈」
想定以上の金額に、思わず声が飛び出した。
「おい、ルフィア……足りるのか?」
依頼達成報酬とは明らかに釣り合わない。だが、ルフィアは一切の動揺を見せず、何処からか取り出した銀貨六十枚が入った小袋をジャリッ、とカウンターに乗せた。
店員が銀貨を数える姿を、俺は引き目に眺める。すると、裏の扉から店主のドワーフが髭面を覗かせた。
「五七○○フィルでいいぞ。この前のわびだ」
それだけを言い残し、バタンッ!と扉が閉まる。
優しさに触れ、俺の中の苦手意識がすっかり消えた。
ルフィアはお釣りの銀貨三枚を受け取り、俺達は店を後にした。
「じゃあ、明日の昼以降で! あざした」
若い店員に見送られ、俺達はメインストリートを歩き始めた。
外はすっかり薄闇に包まれ、月明かりと街灯が街を淡く照らす。
「よくそんな金持ってたな」
「ノイルと違ってちゃんと溜めてたから。これで余裕はなくなったけどね」
昨夜の食事代から宿代。そして、今回の作成費用も全てルフィアが出してくれており、俺は申し訳なさと情けなさに肩を丸めた。
「すまねえな、いろいろと出してもらって……」
その発言に、ルフィアは薄い溜息を落した。
「もうパーティなんだから二人のお金よ。ノイルが防具で強くなったら、また二人で稼げばいいだけ」
かっこいいな、おい。泣けてくるよ。
申し訳ない感情は拭いきれないが、ルフィアの立ち振る舞いや言動、戦闘力。どれをとっても尊敬に値する。俺は心の何処かで、小さな憧れが芽生えた。
「俺、すぐに強くなってみせるよ! 期待しててくれ!」
足を引っ張ってばかりでは気持ちが保たない。そう思った俺は、心の奥底で明確な覚悟を刻んだ。
——
安い飲食店を探すために、俺達はメインストリートを外れて、入り組んだ路地裏へと入り込んだ。
街灯は少なく、月明かりは遮られているため、建物の窓から溢れた淡い光を頼りに足を進める。
「こんなところに店なんかあるのか?」
「んん……多分?」
ルフィアの発言で、道に迷ったことに確信した。
路地裏は整備も行き届いておらず、ゴミが散乱。悪臭が漂っており、地面の石畳は所々にヒビが入っている。
「……なんか、不気味だな」
俺が呟くと、ルフィアは「そう?」と平然と歩みを進める。すると、どこからか荒々しい声が響いた。
「おら、クソがき! さっさと取ったもん返しやがれ!」
「もう、とっくに売った……」
野蛮な男の声と、弱った少女の声だ。
俺達は顔を見合わせ、声が響く路地の角に顔を覗かせる。
「えっ、あの子って……?」
そこにいたのは、昨夜の酒場でルフィアの能石を盗もうとした獣人の少女だ。
三人の男冒険者に囲まれており、少女は全身痣まみれで倒れている。
「今回はもう許さねえ。散々鴨にしやがって! 返せねえっつうなら、殺してやるよ……」
男が腰に刺した剣を引き抜く。その時、ルフィアが角から飛び出した。
「ちょ、おいっ!」
その勢いで、俺も男の前に飛び出す。すると、全ての視線が俺達に集中した。
「くそっ、人がいたのか」
ガタイのいい男が剣を握り直し、両サイドの細身の男もそれぞれ武器を構える。
「このガキが俺達の物を盗んだんだ。悪い子には教育が必要だろ? お前たちは何も見なかった。それで見逃してやるから、さっさと消えろ!」
男が不敵な笑みを浮かべると、ルフィアは溜息を落とす。
「そんな幼い子に盗られちゃう君達が鈍いんでしょ」
言ってしまった。
実際にルフィアは能石をあっさりと守り抜いた実績がある。だが、その発言に俺は肝を冷やした。
案の定、男は赤くなり、眉間に皺が集まる。
「あぁ、ムカつく。ただでさえ気分が悪いのによ……」
ガタイのいい男は両サイドに視線を送り、男三人が戦闘体制に入る。
その瞬間、ルフィアが走り出した。
「早いっ!」
ガタイのいい男が瞬時に剣を振るう。だが、ルフィアは横に飛んで回避。その勢いで壁を蹴り、男のうなじに凄まじい蹴りを入れる。
ガタイのいい男が気絶。瞬時にサイドの一人が短剣を横振り。ルフィアは身を屈めて回避。下から顎を蹴り上げる。
残るは一人。ルフィアに気を取られているうちに、俺は背後から男の背中に飛びつき、腕を巻き込んで首を絞め落とした。
「ふぅううっ!」
溢れ出したアドレナリンでテンションが上がった俺が声を上げると、ルフィアは微笑んだ。
「やるじゃない」
制圧した俺達は少女に歩み寄る。
浅紫の髪は泥まみれ。顔は腫れ上がっており、唇からは血が滴っていた。
「ひでえな……。おい、大丈夫か?」
少女は顔を隠すように蹲り、返事はない。すると、ルフィアは少女の前でしゃがみ込み、少女の頭を撫でた。
「もう大丈夫だからね」
その言葉にそっと顔を上げた少女は、そのまま気を失った。




