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罪を歩く旅を知らぬ者  作者: 小夜 新成
ファストボーン編
8/15

第7話 創造神の御伽話



「ん……んん……」

 窓から陽光が差し込む昼下がり、ベッドに眠っていた獣人の少女が目を覚ました。


「おっ! 起きたか」

 少女が眠そうな目で俺を認識した途端、ベッドから飛び起き、部屋の隅へと後退した。

「白髪!? いや、誰だよお前! ここは何処だ!」

 珍しい俺の髪に一瞬の戸惑いを見せた少女は、雑な言葉使いで声を荒げた直後、頭を押さえて俯いた。


「おいおい、そんな体で暴れるなって。警戒しなくても、君に危害は加えないから安心してくれ。なんなら、君を助けたんだけどな……? 覚えてないか」

 何かを思い出したように紫紺の瞳を見開く少女。だが、警戒を緩めることはなかった。

「早く答えろ。ここは何処だよ」

 俺はやれやれと溜息を落とし、ざっくりと状況を説明した。


 気絶した少女を抱えた俺達は、何とか路地裏を抜け出し、宿に運び込んだ。その後は、一向に目を覚ます気配がなかったので、俺達は夕食を済ませて宿に帰宅。だが、少女はまだ目覚めておらず、ルフィアは少女の隣で眠り、俺は硬い椅子で夜を明かしたのだ。

 おかげで首や腰が痛いというのに、誘拐犯のような扱いを受けている。


「あの姉ちゃんは?」

「ルフィアは今――」

 説明しようとした途端、宿の扉がガチャリと開いた。

「ちょうど帰ってきた」

 ルフィアの手には、露店で購入したであろうケバブが四つあった。


「目が覚めたのね。これ、みんなで食べよ」

「なんで四つだ?」

 俺の質問にルフィアが首を傾げた。

「ん? 私が二つ食べるからよ?」

 当然のように答えるルフィアに、苦笑いを浮かべた俺は「そうでした」と呟いた。


「同情してんじゃねえよ。助けなんかいらねえ。ここまでずっと一人で生きてきたんだ」

 感情を剥き出しにする少女。食いしばる八重歯が軋む。だが、ルフィアはケバブを持って歩み寄る。

「来んな」

「助けなかったら死んでたじゃない。弱さを認めないと成長できないよ」

 静かに語りかけたルフィアは、「ほら、美味しいから」とケバブを差し出した。


「優しくすんなよ……」

 紫紺の瞳からは涙が零れ落ち、口元の傷をさらりと撫でた。

「お金はとらないよ?」

 そう言って、自分のケバブを口に運ぶ。

「そんないいもん持ってねえよ……」

 口先に震えた声を落した少女は、そっとケバブを受け取る。その微笑ましい光景を、俺は椅子から静かに眺めていた。




——




 少女の名前は――シスリー・アイシス。


 冒険者だった両親は討伐依頼に失敗し、五年前に帰らぬ人となる。独りぼっちになったシスリーは、裕福な家庭ではなかったため、すぐに貯金を使い果たした。それから、十四歳になるまでの五年間を、盗みだけで生き抜いてきたそうだ。


「あと二年で冒険者になれる。もう少しの辛抱だってのに、下手打っちまってこのざまだ」

 ベッドの上で胡座をかいて、明るげに話すシスリー。

 ルフィアは悲しげに、木目の削れた床へと視線を沈めた。


「姉ちゃん……しけたツラすんなよ。俺が可哀想な子みてえじゃねえか。それと、部屋ん中くらいフードは外したらどうだ?美人なんだから」

 可愛らしい容姿と声なのにもかかわらず、一人称が俺な上に雑な言葉遣い。その違和感に慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。


「ルフィアは俺以外の人が居るところでフードは外さねえの」

「なんでだ? ハゲてんのか?」

「ハゲてねえよ!」

 ルフィアの代わりにツッコミを入れる。すると、ルフィアはそっとフードの淵に手をかけた。

「理由はこれよ」

 そう言って、フードを外す。


 艶やかな黒髪が露になり、ローブの中に入れ込んだ長い髪を、首裏に両手を回してさらりと引き出した。

 その瞬間、シスリーは驚いたように呆然と固まった。

「おい、いいのか?」

 咄嗟に尋ねると、ルフィアは「私達しかいないから」と答えた。


「黒髪……」

 シスリーが言葉を落とす。俺は視線を送り、微笑みを浮かべた。

「俺達の髪、珍しいらしいだろ!」

 呑気に話しかけると、シスリーは深呼吸で冷静を取り戻す。

「いや、恩人にビビるのは失礼ってなもんだ……。にしても、純白の髪と漆黒の髪って、まんま創造神じゃねえか」

「創造神?」

 いきなり飛び出した単語に、思わず食い気味に問い返す。


「ん?兄ちゃんも知ってんだろ?大昔から伝わる御伽話」

「いいや、知らねえぞ?」

「はぁ? そりゃ、世間知らずにも程があるだろ。大丈夫か? その白髪頭の調子はよお。もうボケてんのか?」

 一言も二言も余計な発言だが、俺はグッと堪えて、その御伽話を尋ねる。すると、シスリーは「しかたねえなぁ」と、ざっくりと教えてくれた。



 遥か昔、何もない無限空間に、純白の髪と漆黒の髪を持つ『白の神』、『黒の神』の二柱が誕生した。

 二柱は退屈のあまり、この世界を創造。巨大な山脈で世界を東西南北の四つに区切り、白の神は——『人類』、黒の神は——『能獣』を生み出す。そして最後に、どんな願いでも叶う能力を山頂に置いた。

 二柱は山頂に辿り着く者を心待ちに、天空から世界を眺めている。



「この街じゃ、白黒の髪の人間なんか見たことも聞いたこともねえよ。兄ちゃんの白髪はまだしも、黒髪は能獣を生み出した邪神だ。御伽話とはいえ、気味悪がる奴も少なくねえ。一年前くらいに、路地裏の輩どもが黒髪の女が出たって噂してたぜ」

「そう。隠してて正解ね」

 ルフィアはどのような扱いを受けるか想定が付いたから、フードを被っていたようだ。


 純白の前髪を見上げた俺は、ルフィアの髪を眺めた。

「その話だと本当に創造神みたいだな、俺達。そういや、山脈が世界を分けてるって、あの山脈の向こうにまだ三つも土地があるのか?」

 その質問に、シスリーは冷めた視線を俺に向けた。

 馬鹿にする直前の目で間違いない。

「本当に言ってんのかよ? まじでボケてんじゃねえのか? ヤブ医者なら案内できるぞ」


 予想的中だ。

「一言余計なんだよ……。俺は一年前以降の記憶が消えてるから、この世界のこと詳しく知らねえんだよっ」

 その発言に、シスリーは尻尾を左右に振り回し、大胆に笑い声を上げた。

「まじでボケてんのかよ! ギャハハハッ!」

 すると、ルフィアが小さく手を挙げた。


「ちなみに、私も記憶ない」

 その途端、シスリーの笑がぴたりと止まる。

「あ、そりゃすまねえ。もう馬鹿にしねえよ」

「なんだその対応の差は!」

 すかさず口を挟んでしまった。

 やれやれ、と頭をかいた俺は、シスリーに山脈に区切られた世界の話を尋ねた。


 俺達がいるこの街『ファストボーン』は、四つに区切られた世界の北に位置する『ネイツリー』と呼ばれる大陸らしい。

 東は砂漠地帯の『デザリジュ』、南は溶岩地帯の『ホツヒット』、西は豪雪地帯の『スノーデン』。山脈は、北、東、南、西の順番以外に越える方法はなく、山頂には西の『スノーデン』からしか登れないらしい。


 その話に、思わずため息を落としてしまった。

「一番山頂から離れてるじゃねえかよ……」

 その発言に、シスリーは横に寝た長い猫耳をピクッと動かした。

「兄ちゃん、夢見る冒険者だな! 嫌いじゃないぜ!」

「夢見る冒険者?」

「山頂の何でも叶う能力を狙ってんだろ? 俺も冒険者になったら目指すつもりだ!」

 御伽話を信じている可愛げのあるシスリーに、思わず笑みがこぼれた。


「テメェエ、笑ってんじゃねえよ! お前も同じだろうが!」

 頬を赤らめるシスリーを、俺は満面の笑みで受け流す。

 念のため、光の柱のことは伏せておいた。すると、ルフィアが何かを思い出したように立ち上がる。

「ノイル、そろそろ防具が完成した頃じゃない?」

「おっと、そうだったな!」

 重くなった腰を持ち上げた俺は、少し表情が沈んだシスリーに視線を向けた。


「動けるなら一緒に行くか?」

 途端に紫紺の瞳に光が宿る。

「いいよな? ルフィア」

「いいよ」

 ルフィアは慣れた手つきで黒髪をフードで隠し、部屋の扉に手をかける。

 喜びが漏れ出したシスリーは、痣まみれの体の痛みを見せることなく、そっとベッドから降りた。


「ったく、しかたねえなぁ!」

 ずっと孤独に生きてきたんだな。

 喜ぶ姿を見て、胸が少し痛いんだ。

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