第7話 創造神の御伽話
「ん……んん……」
窓から陽光が差し込む昼下がり、ベッドに眠っていた獣人の少女が目を覚ました。
「おっ! 起きたか」
少女が眠そうな目で俺を認識した途端、ベッドから飛び起き、部屋の隅へと後退した。
「白髪!? いや、誰だよお前! ここは何処だ!」
珍しい俺の髪に一瞬の戸惑いを見せた少女は、雑な言葉使いで声を荒げた直後、頭を押さえて俯いた。
「おいおい、そんな体で暴れるなって。警戒しなくても、君に危害は加えないから安心してくれ。なんなら、君を助けたんだけどな……? 覚えてないか」
何かを思い出したように紫紺の瞳を見開く少女。だが、警戒を緩めることはなかった。
「早く答えろ。ここは何処だよ」
俺はやれやれと溜息を落とし、ざっくりと状況を説明した。
気絶した少女を抱えた俺達は、何とか路地裏を抜け出し、宿に運び込んだ。その後は、一向に目を覚ます気配がなかったので、俺達は夕食を済ませて宿に帰宅。だが、少女はまだ目覚めておらず、ルフィアは少女の隣で眠り、俺は硬い椅子で夜を明かしたのだ。
おかげで首や腰が痛いというのに、誘拐犯のような扱いを受けている。
「あの姉ちゃんは?」
「ルフィアは今――」
説明しようとした途端、宿の扉がガチャリと開いた。
「ちょうど帰ってきた」
ルフィアの手には、露店で購入したであろうケバブが四つあった。
「目が覚めたのね。これ、みんなで食べよ」
「なんで四つだ?」
俺の質問にルフィアが首を傾げた。
「ん? 私が二つ食べるからよ?」
当然のように答えるルフィアに、苦笑いを浮かべた俺は「そうでした」と呟いた。
「同情してんじゃねえよ。助けなんかいらねえ。ここまでずっと一人で生きてきたんだ」
感情を剥き出しにする少女。食いしばる八重歯が軋む。だが、ルフィアはケバブを持って歩み寄る。
「来んな」
「助けなかったら死んでたじゃない。弱さを認めないと成長できないよ」
静かに語りかけたルフィアは、「ほら、美味しいから」とケバブを差し出した。
「優しくすんなよ……」
紫紺の瞳からは涙が零れ落ち、口元の傷をさらりと撫でた。
「お金はとらないよ?」
そう言って、自分のケバブを口に運ぶ。
「そんないいもん持ってねえよ……」
口先に震えた声を落した少女は、そっとケバブを受け取る。その微笑ましい光景を、俺は椅子から静かに眺めていた。
——
少女の名前は――シスリー・アイシス。
冒険者だった両親は討伐依頼に失敗し、五年前に帰らぬ人となる。独りぼっちになったシスリーは、裕福な家庭ではなかったため、すぐに貯金を使い果たした。それから、十四歳になるまでの五年間を、盗みだけで生き抜いてきたそうだ。
「あと二年で冒険者になれる。もう少しの辛抱だってのに、下手打っちまってこのざまだ」
ベッドの上で胡座をかいて、明るげに話すシスリー。
ルフィアは悲しげに、木目の削れた床へと視線を沈めた。
「姉ちゃん……しけたツラすんなよ。俺が可哀想な子みてえじゃねえか。それと、部屋ん中くらいフードは外したらどうだ?美人なんだから」
可愛らしい容姿と声なのにもかかわらず、一人称が俺な上に雑な言葉遣い。その違和感に慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうだ。
「ルフィアは俺以外の人が居るところでフードは外さねえの」
「なんでだ? ハゲてんのか?」
「ハゲてねえよ!」
ルフィアの代わりにツッコミを入れる。すると、ルフィアはそっとフードの淵に手をかけた。
「理由はこれよ」
そう言って、フードを外す。
艶やかな黒髪が露になり、ローブの中に入れ込んだ長い髪を、首裏に両手を回してさらりと引き出した。
その瞬間、シスリーは驚いたように呆然と固まった。
「おい、いいのか?」
咄嗟に尋ねると、ルフィアは「私達しかいないから」と答えた。
「黒髪……」
シスリーが言葉を落とす。俺は視線を送り、微笑みを浮かべた。
「俺達の髪、珍しいらしいだろ!」
呑気に話しかけると、シスリーは深呼吸で冷静を取り戻す。
「いや、恩人にビビるのは失礼ってなもんだ……。にしても、純白の髪と漆黒の髪って、まんま創造神じゃねえか」
「創造神?」
いきなり飛び出した単語に、思わず食い気味に問い返す。
「ん?兄ちゃんも知ってんだろ?大昔から伝わる御伽話」
「いいや、知らねえぞ?」
「はぁ? そりゃ、世間知らずにも程があるだろ。大丈夫か? その白髪頭の調子はよお。もうボケてんのか?」
一言も二言も余計な発言だが、俺はグッと堪えて、その御伽話を尋ねる。すると、シスリーは「しかたねえなぁ」と、ざっくりと教えてくれた。
遥か昔、何もない無限空間に、純白の髪と漆黒の髪を持つ『白の神』、『黒の神』の二柱が誕生した。
二柱は退屈のあまり、この世界を創造。巨大な山脈で世界を東西南北の四つに区切り、白の神は——『人類』、黒の神は——『能獣』を生み出す。そして最後に、どんな願いでも叶う能力を山頂に置いた。
二柱は山頂に辿り着く者を心待ちに、天空から世界を眺めている。
「この街じゃ、白黒の髪の人間なんか見たことも聞いたこともねえよ。兄ちゃんの白髪はまだしも、黒髪は能獣を生み出した邪神だ。御伽話とはいえ、気味悪がる奴も少なくねえ。一年前くらいに、路地裏の輩どもが黒髪の女が出たって噂してたぜ」
「そう。隠してて正解ね」
ルフィアはどのような扱いを受けるか想定が付いたから、フードを被っていたようだ。
純白の前髪を見上げた俺は、ルフィアの髪を眺めた。
「その話だと本当に創造神みたいだな、俺達。そういや、山脈が世界を分けてるって、あの山脈の向こうにまだ三つも土地があるのか?」
その質問に、シスリーは冷めた視線を俺に向けた。
馬鹿にする直前の目で間違いない。
「本当に言ってんのかよ? まじでボケてんじゃねえのか? ヤブ医者なら案内できるぞ」
予想的中だ。
「一言余計なんだよ……。俺は一年前以降の記憶が消えてるから、この世界のこと詳しく知らねえんだよっ」
その発言に、シスリーは尻尾を左右に振り回し、大胆に笑い声を上げた。
「まじでボケてんのかよ! ギャハハハッ!」
すると、ルフィアが小さく手を挙げた。
「ちなみに、私も記憶ない」
その途端、シスリーの笑がぴたりと止まる。
「あ、そりゃすまねえ。もう馬鹿にしねえよ」
「なんだその対応の差は!」
すかさず口を挟んでしまった。
やれやれ、と頭をかいた俺は、シスリーに山脈に区切られた世界の話を尋ねた。
俺達がいるこの街『ファストボーン』は、四つに区切られた世界の北に位置する『ネイツリー』と呼ばれる大陸らしい。
東は砂漠地帯の『デザリジュ』、南は溶岩地帯の『ホツヒット』、西は豪雪地帯の『スノーデン』。山脈は、北、東、南、西の順番以外に越える方法はなく、山頂には西の『スノーデン』からしか登れないらしい。
その話に、思わずため息を落としてしまった。
「一番山頂から離れてるじゃねえかよ……」
その発言に、シスリーは横に寝た長い猫耳をピクッと動かした。
「兄ちゃん、夢見る冒険者だな! 嫌いじゃないぜ!」
「夢見る冒険者?」
「山頂の何でも叶う能力を狙ってんだろ? 俺も冒険者になったら目指すつもりだ!」
御伽話を信じている可愛げのあるシスリーに、思わず笑みがこぼれた。
「テメェエ、笑ってんじゃねえよ! お前も同じだろうが!」
頬を赤らめるシスリーを、俺は満面の笑みで受け流す。
念のため、光の柱のことは伏せておいた。すると、ルフィアが何かを思い出したように立ち上がる。
「ノイル、そろそろ防具が完成した頃じゃない?」
「おっと、そうだったな!」
重くなった腰を持ち上げた俺は、少し表情が沈んだシスリーに視線を向けた。
「動けるなら一緒に行くか?」
途端に紫紺の瞳に光が宿る。
「いいよな? ルフィア」
「いいよ」
ルフィアは慣れた手つきで黒髪をフードで隠し、部屋の扉に手をかける。
喜びが漏れ出したシスリーは、痣まみれの体の痛みを見せることなく、そっとベッドから降りた。
「ったく、しかたねえなぁ!」
ずっと孤独に生きてきたんだな。
喜ぶ姿を見て、胸が少し痛いんだ。




