第4話 Dランク依頼
(ノイル……ノイル……)
夢の中で、俺の名前を呼ぶ儚げな女性の声が響いた。
この声は、あの時の……。
「ノイル、早く起きて」
重たい瞼を持ち上げると、黒髪の美少女が覗き込んでいた。
「んっ……!? なんだ、ルフィアか……」
一年前の意識を失う直前に聞いた女性の声と思った俺は、思わず言葉を漏らす。その直後、舌を打ち鳴らす怒りの音が響き、布団が宙に舞った。
「悪かったわね、私で」
「いや、違う!すまん、寝ぼけてた」
瞬時に布団を引き寄せて下半身を覆った俺は、即座に謝罪。その途端に、激しい頭痛に襲われた。
「痛てぇ……これが二日酔いってやつか」
体は鉛のように重たく、胃がむかむかと吐き気が残る。だが、かろうじて記憶は失っていない。
「そうか、今日は俺の装備素材を取りに行くんだったな……」
まだ意識が朦朧としている俺とは違い、既に全身黒ずくめの防具を纏うルフィア。腰に二本の短剣を差しており、準備は万端のようだ。
その防具は、所々が黒い毛皮のような物で作られている。おそらくは能獣素材なのだろう。
「そういや、ここどこだ?」
俺は見覚えのない室内と、酒場で途切れた記憶に戸惑う。
「酒場の近くにある宿。ノイル、お店で寝ちゃったから運んできた」
「そう、だったのか……助かった」
初対面の女の子の前で調子に乗って慣れない酒を飲み、いつのまにか意識を失う。考えるだけで羞恥心が湧き上がったが、平然を装った俺は部屋をゆっくりと見渡した。
室内はさほど広くはなく、テーブルが一つ。椅子が二つ。そして、少し大きめのベッドが一つしかない。
(ベッドが一つ……⁉︎)
疑問と期待を持った俺は、ルフィアに視線を飛ばす。
「ルフィアは別の部屋を取ったのか?」
「この部屋で寝たよ?お金、もったいないし」
「え、どこで寝たんだ?」
ルフィアは黙って、俺が座るベッドを指差した。
「ふ、ふーん……。そうか、そうだよな」
「なに?」
「いや、何も」
何もなく眠っただけ。なのに、俺の心臓は暴れ出す。同時に、昨夜の俺に途轍もない怒りを覚えた。
「そんなのなんでもいいから、早く出よ?二日酔いだからとか言ってサボるのはなしね」
それからは特に会話がなく、黙々と支度を済ませて宿を後にした。
——
太陽が中天に差し掛かった頃にギルドに到着した俺達。
ルフィアは掲示板に無造作に貼り付けられた依頼を探しに向かい、俺は椅子に腰かけて待機中だ。すると、アルナちゃんがわざわざ窓口カウンターから抜け出して、俺の元へとやってきた。
「ノイルさん、まだあの方といるんですか?」
「あ、あぁ……実は、パーティを組むことになったんだ」
その途端に、アルナちゃんの表情がどんよりと濁り、光の消えた薄水色の瞳で突き刺すように俺を睨みつけた。
「やっぱり……」
小さく囁いた直後、奥歯が軋む音がギリギリと響いた。
(アルナちゃん……?)
正直なところ、包帯も相まって少し不気味に感じてしまう。
「あっ……今、私に怖がりました?」
心を見透かしたような的確なタイミングで、アルナちゃんが暗い声を落とした。
「いやいや、そんなわけないだろ!」
俺は咄嗟に笑顔で誤魔化す。
「嘘ですね。私、分かるんですよ。気味悪そうに私を見る人の目が。誤魔化さなくても大丈夫ですよ?慣れっこなので!」
最後に笑顔を取り戻したアルナちゃんの言葉で、俺は正直に認めることにした。
「ごめん、ちょっとビックリしちまって……。それより、慣れてるって?」
「見ての通り、この包帯のせいで私のところに人が寄り付かないんですよ!ほとんどの冒険者は気味悪がるか、いやらしい目で胸を見るかのどちらかです。でも、ノイルさんだけはいつも私のところに来てくれて、実は内心かなり喜んでるんですよ?」
身振り手振りで明るくふるまう彼女だが、この瞬間から俺の目に映るアルナちゃんは、どこか無理をしているように見えた。
「聞いていいか?その包帯のこと」
「んん……まだ駄目です!でも、また今度、二人きりの時間があったら教えますね!」
そうこう話しているうちに、ルフィアが依頼用紙を持って帰ってきた。その姿をちらり、と横目に映したアルナちゃん。舌を打ち鳴らす微かな音が俺の耳を掠めた。
「そろそろ戻りますね!ノイルさん、能獣討伐頑張ってくださいね!」
そう言い残し、アルナちゃんは受付窓口へと小走りで向かった。
「ノイル、何を話してたの?」
「いや、ちょっとした世間話だ」
アルナちゃんの視線を感じ、これ以上の重苦しい空気を避けるために話を濁した。
「ならいいんだけど。あの子、ちょっと危ない目をしてるから気をつけてね」
ルフィアも視線を感じ取ったのか、俺に軽い助言をしてから依頼用紙を手渡した。
ヘッドゴート
ランク水準:D 難易度:レベル2 達成条件:一体の討伐 報酬:一二○○フィルト
「って、おい!Dランク依頼持ってきてどうすんだよ!」
依頼用紙を見た最初の感想はこれだ。
「大丈夫。私、Dランクだから受けられる」
「そう言う問題じゃねえよ!」
静かに首を傾げるルフィア。
問題なのは、初心者の俺が勝てる相手ではない、という点だ。
「昨日、レベル2に殺されかけたんだぞ?普通に考えて、まずはレベル1からだろ?」
「レベル1の素材だとあまりいい能力がないの。どうせ作成費を払うなら使える能力の方がいい」
ルフィアの発言に、俺は勢いよく立ち上がった。
「それはそうだけど、死んだら元も子もないだろ?そんなのは後から——」
「私がいる」
言葉を遮ったルフィアは、無機質な表情で俺を真っ直ぐに見つめた。
ルフィアの紅い瞳には、確かな自信が宿っている。そこに、実際に見た戦闘技術が上乗せされて、俺に強い安心感を与えた。
「そう、だったな」
静かに頷いたルフィアは、アルナちゃんを避けるように別の受付嬢の元へと足を運んだ。
◇
討伐目標である『ヘッドゴート』の目撃情報は、南西にしばらく直進した辺りとのこと。
壁に囲われた街の門を潜り抜けた二人は、情報通りに南西へと向かって草原を踏み進めていた。
「聞いてなかったけど、ヘッドゴート?は、どんな能力なんだ?」
「簡単にいえば、攻撃力を溜めて放つ能力。私の能力と違って常に発動している能力じゃないけど、一撃の攻撃力は凄まじい。威力はオドの貯蔵量によって明確な差が出ると思うけど」
ルフィアの強脚は、常時発動できる身体強化の能力。だが、今回の能力は、蓄えたオドを溜め込み、一気に放出する能力。貯蔵量が多ければ多いほど、一撃の攻撃力が上がり、オドが尽きない限りは上限が無い、一撃必殺の能力だ。
「正気か?まだ俺の貯蔵量は分からないんだぞ?凡人以下の可能性だってあるんだ」
「ノイルは大丈夫。桁違いの貯蔵量を持ってるから」
確信しているような口ぶりのルフィアに、疑問が浮かんだノイルは即座に問い詰める。
「なんで分かるんだよ?まだ試してないだろ?」
「昨日、ご飯食べてる時に、オドが体に吸い込まれる時の話をしたの覚えてる?」
ノイルは顎に手を添えて、しばらく記憶を辿った。
「お、覚えてないです……」
しっかり記憶が抜け落ちていた。
「レベル1って言っても、二体の能獣が蓄えてるオドの総量は、初めてオドを吸収する凡人の人だと溢れちゃう量なの。でも、ノイルは一瞬で体に吸い込まれたって言ってた。それに、能石持ちのレッサーキックスを討伐した時も、少しだけノイルにオドが持っていかれたの。つまり、ノイルの貯蔵量と吸収能力が異常ってこと」
「え、ほんとかよ⁈もしかして、選ばれし者、的な力か!」
子供のように気持ちが昂るノイルに、やれやれ、とあしらうように溜息を落とすルフィア。
「凄い才能だけど、オドを横取りされたら、同じパーティからすると害悪ね」
「えっ……」
ルフィアがからかうように鋭い言葉を吐くと、耐性の無いノイルの心に音を立てて突き刺さった。
「なんか、すまん……」
分かりやすく背骨を丸めて落ち込むノイル。少し前を歩くルフィアは振り返り、無表情の上に僅かな微笑みを添えた。
「大丈夫。メリットの方が大きいから」
機嫌を取り戻したノイルはつられて笑みを浮かべ、背筋を伸ばして歩き進めた。




