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罪を歩く旅を知らぬ者  作者: 小夜 新成
ファストボーン編
2/15

第1話 レッサーキックス



 記憶を失ってから、およそ一年が経過。


 当初、この街『ファストボーン』についたばかりの俺は、窓に映る額の石に戸惑ったが、それよりも遥かに俺を困らせたのは金銭問題だった。


 言語は問題なく通じ、持ち合わせた銀貨も使えたのは一安心だったが、全財産は銀貨五枚。

 果物を五つ買えば、銀貨一枚が消える程度のはした金だ。


 俺は銀貨を最低限以下の飲食費に充て、狭い路地裏でホームレスの隣で眠る。そんな日々を五日間続けた。

 その頃には、残る銀貨は二枚。


 手あたり次第の店に「働かせてください」と、小汚い容姿で頭を下げたが、当然のように門前払い。

 おかげでエルフや獣人、ドワーフなどの種族の多種多様なキレ方が拝めた。

 最もたちが悪いのはドワーフだ。気性が荒い者が多く、手が出るまでが早い。


 心も体もボロボロになった俺は、生きる希望すら見失いかけていたが、山頂の光の柱を眺めれば弱った心を強く固めることが出来た。

 まだ死ぬわけにはいかない。

 次の店がダメなら剣を売ろう。そう決心した俺は、窓から店主がドワーフではないことを確認して本屋に入った。


 出てきた店主の老婆は、俺と同じヒューマンだ。

 老婆はとても親切で、しつこく頭を下げて縋り付こうとも、殴られることは無い。それどころか、「冒険者ギルドに行けば、いくらでも仕事があるだろが! さっさと消えとくれ!」と有力な情報をくれた。


 俺は早速に、この街の中央に鎮座する一際大きな建物——冒険者ギルドへと足を運んだ。

 冒険者ギルドは様々な依頼を扱っており、依頼をこなせば当日に報酬が受け取れる。つまり、冒険者は俺に打って付けの職業だった。


 冒険者には十六歳以上の者で、登録費を払えれば誰でもなれるらしく、登録費は銀貨二枚。

 全財産を失うことになるが、俺は冒険者登録を決意した。


 冒険者はAランクからEランクの五段階に分けられており、登録時はEランクからのスタート。

 Eランクの依頼内容は、街での様々な仕事の手伝いがメインだが、他にも『能獣のうじゅう』と呼ばれる能力を扱う物騒な獣の討伐依頼も受けられるらしい。


 能獣の討伐依頼の方が報酬はいいが、自信がなかった俺は街での依頼をこなした。

 初報酬では黒い布を購入。頻繁に指摘される額の石を布で隠し、その日暮らしでこの一年を乗り越えて来たのだ。




——




「ノイルさん、かなり筋肉が付いたんじゃないですか? そろそろ能獣討伐も考えてみてはどうでしょう⁈」

 今日も元気に対応してくれるのは窓口受付嬢――アルナちゃんだ。


 獣人の彼女は、淡黄色の髪に猫のような耳を生やしており、薄水色の切れ長な瞳でキラキラと見つめてくる。小柄ながらも豊かに実る胸は、俺の視線をいつも吸い寄せた。


 何人も横並びで座っている受付嬢だが、俺は必ずと言っていいほどアルナちゃんの元へと足を運んだ。

「ノイルさん、聞いてますか? また私の胸見てましたね?」

「おっと、すまん。目が勝手に……」

 咄嗟に飛び出した雑な言い訳に、もぉ!と何処か誇らしげに微笑むアルナちゃん。だが、俺が最も気になるのは、制服から出た手や首元、おそらく全身に巻かれた包帯だ。


 冒険者登録をした当初から気になっていたが、聞くに聞けず、未だ触れたことは無い。

「で、どうしますか? 討伐依頼は」

「んん……興味はあるけど、あんまり自信ないんだよなあ」


「報酬は少ないですが、簡単な討伐依頼から始めてみては?少ないって言っても、街の依頼と同じくらいの報酬は出ますよ!」

「それ、失敗すれば死ぬ?」

「死にますよ!」

 愛くるしい微笑みと共に告げられた言葉に、俺の声が一瞬だけ喉に詰まった。


「ダメじゃねえか」

「最低難易度の討伐依頼なら、まだ死亡例は出てないので大丈夫です! そんな危険な依頼を進めたりしませんよ」

「なら脅さないでくれよ……」

「ノイルさんが油断しないようにです!」

 そう言って、アルナちゃんがカウンターの下から依頼用紙を取り出した。そこには、『レッサーキックス』という能獣が表記されている。



 レッサーキックス

 ランク水準:E 難易度:レベル1 達成条件:三体の討伐 報酬:八○○フィルト



「ノイルさん次第ですが、どうします?」

 かなり興味があるが、まだ簡単には頷けない。

「ちなみに、どうやって討伐するんだ?」

 不安気に尋ねると、アルナちゃんは最初に能獣の生体についてざっくりとした説明を始めた。


「能獣は体内に『コア』を必ず持っています。簡単に言っちゃえば心臓みたいなものですね。能獣はそのコアから生成した『オド』というエネルギーを利用して能力を扱います」

 そう言って、基礎知識を元に説明を続けた。


「コアを破壊すれば瞬時に能獣は消滅して、討伐完了です。能獣は必ず素材を落とすので、この依頼の場合だと素材を三つ、ギルドに持ち帰ってくれたら依頼達成になります!」

「コアを破壊する以外に討伐方法はないのか?」


「いい質問ですね! 勿論あります。切ったり、刺したり、締めたりしても、普通に討伐できます! ただ、それでは素材を落とさないので、討伐後は体内にあるコアを破壊する必要がありますね!」

 終始笑顔で淡々と物騒な話をするアルナちゃんに、思わず苦笑いを浮かべてしまった。


「あ、ありがとう。大体わかったよ」

「良かったです! それで、今回はどうしますか? また今度にします?」

 少し迷ったが、今後冒険者として生活して行く上では、必ず通る道。報酬面でも前から興味があったから、これが良い機会なのかもしれない。

「よし、受けるよ!」


「おっ、いよいよ討伐デビューですね! 依頼はこちらのレッサーキックスでよろしいですか?」

「一体の討伐依頼はないのか?」

「この能獣はかなり優しめなので、三体からしかないですね。他の能獣だと、少し強くなっちゃうので、討伐に慣れるのが目的ならレッサーキックスがおすすめですよ!」


「じゃあ、それにするよ!」

 了解です! と言って、アルナちゃんは依頼書に判が押す。

 その瞬間、討伐依頼を受けた実感が湧き上がり、僅かに心拍数が上昇した。










『街を出て西に直進しておけばいくらでもいますよ!』

 ざっくりとしたレッサーキックスの出現場所を聞いたノイルは、西に直進を続けていた。


「緊張するな……。どんな感じで出てくるんだ?」

 周囲をきょろきょろと見渡しながら、腰に差す剣に手を添えて草原を踏み締める。

 静寂の中には、微かな風の音と体内で暴れる鼓動だけが響く。


 レッサーキックスは、空中を一度だけ蹴ることが出来る能力らしく、地面に足が着けば、再び空中を蹴ることが可能。

 落ち着いて対応すれば問題なく討伐できる、とアルナは言っていたが、ノイルは確実に取り乱す自信があった。


 心の中で「落ち着け、落ち着け」と何度も唱え、必死に目を凝らすノイル。

 耳を澄ませて警戒を強めたその時、ガサガサッ!と右前方の茂みが揺らぐ。

「っ!?」


 反射的に剣を引き抜く。

 視線を飛ばすと、そこには白い毛皮を纏い、エメラルドグリーンの瞳を持つ小柄な獣が、ノイルを威嚇するように睨みつけていた。


『クルルルルッ……』

 鼻根に皺を寄せ集め、鋭い牙を剥き出しにさせるレッサーキックス。小柄だが、その迫力はノイルに恐怖を与えるには充分だ。

 呼吸が乱れ、心拍数は急上昇。掌にじわりと汗が滲む。


 震え出したノイルの足は、無意識に後ずさりを始める。

 その僅かな動作が、レッサーキックスを刺激した。


『クラルルルッ!!』

 真正面から飛び掛かる鋭い牙。

 ノイルは咄嗟に剣を振るう。

 ブンッ! と空を切る音だけが短く響く。


 白獣は空中を蹴り、振り下ろした刃を左に回避したのだ。

 地面に着地した白獣は、瞬時にノイルを襲う。

「うわっ‼︎」

 情けない声を上げたノイル。庇うように出した左腕に牙がめり込む。


「イッッ……‼︎」

 腕に顎の力だけでぶら下がる白獣。ぷらぷらと揺れ動く度に牙は深くめり込み、ノイルの顔が歪む。

「痛えんだよっ‼︎」

 痛みを力に、ガラ空きになった白獣の腹を目掛けて、渾身の一撃を突き刺した。

 毛皮を貫いた途端、石のように硬い感触が掌に伝う。


 キンッ! と硬い音が響いた。

 直後、白獣は一瞬にして白い靄となって消滅。その靄は、ノイルの体へと吸い込まれた。

「なんだ、今の……?」

 体験したことない感覚だが、不快ではない。それどころか、どこか心地良い。


「なんとか倒せた」

 乱れた息を深呼吸で整える。

 掌には肉を貫いた感触が残っており、微かに震えている。

 死ぬかもしれない。そう思っていたノイルからすれば、意外にもあっさりと終わった初の実戦。

袖を捲ると左腕からは血液が滴っていたが、死と比べればかなりの軽傷だ。


「そんなにビビる必要はなかったのか……」

 俺にも倒せた。その確かな実績で、ノイルの中に僅かな自信が湧いた。

 剣を鞘に収めたノイルは、思い出したように草原に視線を沈める。


「おっ、素材ってのはこれか」

 そこには、中指サイズの大柄な鋭い爪が落ちていた。

 レッサーキックスの実際の爪はもっと小さいが、素材になると大きくなるようだ。


「あと二体か」

 ノイルはしばらく掌に乗せた素材を眺め、覚悟を決めるように唾を呑んだ。

「このまま帰ってもダサいしな」

 アルナを頭に浮かべながら口先に呟いたノイルは、素材をポーチにしまい、草原を歩き始めた。




——



 

 そこから間も無くして、ノイルは二体目のレッサーキックスに遭遇した。


 睨み合う時間の中、白獣の唸り声だけが響く。

 初戦闘で攻撃パターンをある程度理解したノイルは、静かに剣を構える。

 剣身は微かに震えているが、思考は冷静だ。


 全身の力みをほぐすように、分厚く息を吐き出したノイルは、重心を固めるように半歩前へ踏み出した。

 次の瞬間、真正面から白獣が飛び掛かる。


『クラルルルッ!!』

(今だっ!!)

 ノイルは剣を縦に振り抜く。だが、白獣は空中を蹴り、視界の右側へと回避。

 その直後、ノイルは体を切り返し、剣を左肩に担ぐように振りかぶった。

 地面を抉るように踏み込んだ足。


 着地した白獣は、瞬時にノイルの首元目掛けて飛び掛かる。

「うぉおおおっ!!」

 叫びと共に、左肩から振り下ろされた刃。

 咄嗟に空中を蹴り、背後に回避する白獣。だが、もう手遅れだ。

 振り抜いた剣の切っ先は白獣の胴体を切り裂き、コアの硬い感触を捕らえる。


『キンッ!』

甲高い音が響いた瞬間、レッサーキックスは空中で蒸発。

 白い靄はノイルの体へと吸い込まれるように消えた。


「やった……やってやったぞ!」

 思わず声を上げた。

 興奮で呼吸が乱れるノイルは、静かに落ちている素材を拾い上げる。

 徐々に湧き上がる達成感と、明確な成長を実感したノイル。その表情には自然と笑みが浮かんでいた。


「やべぇ……俺って意外と強いかも!」

 今後の成長していく自分自身の姿と、その時に得られる達成感を想像したノイルは、完全に討伐依頼の虜になった。

 ゆっくりと振り返り、山頂の光の柱を視界の中央に捕らえる。


「一年前と同じ気分だ。いつか、あそこに……」

 街での労働を繰り返す一年の中で、忘れかけていた大事な感情。

 もう二度と忘れない。

 心に深く刻み込んだノイルは、脳裏に焼き付けるように、しばらく光の柱を眺めた。


「よし、あと一体だな!」

 興奮する気持ちのまま、口先に呟いたノイル。その時、視界の横に映り込む一本の木が激しく揺れ動いた。

 ハッと視線を飛ばす。

 すると、幹の上で生い茂る枝葉の中から、白い影がザスッと草原に落ちた。


「おい……なんだよ、あれ……」

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