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罪を歩く旅を知らぬ者  作者: 小夜 新成
ファストボーン編
1/15

プロローグ



「……忘れないでね」

 暗闇の中に落ちた儚げな女性の声を最後に、俺の意識は途絶えた。







 ノイル・デトリスは目を覚ました。

 重たくなった瞼を薄く持ち上げ、怠い体を起こす。


 ぼやけた視界は徐々に鮮明になり、瞬きを重ねて正常を取り戻した眼球で周囲を見渡す。

 蒼い瞳に映った光景。それは、辺り一面が緑に染まる広大な草原だ。

 ぽつぽつ、とまばらに生えた木。自由気ままに蛇行する小川。

 晴天の空には雲が優雅に泳いでおり、それら全てを煌々と輝きを放つ太陽が鮮やかに彩っていた。


 その中でもノイルの視線を独占したのは、地平線の先に映る小洒落た雰囲気の街だ。

 その景色は実に長閑で、美しい――知らない世界だった。

 吹き抜けた風が純白の髪をさらりと揺らす。


(どこだ、ここ……? 俺、何してたんだっけ……?)

 まだ朦朧とする意識の中、ノイルは曖昧な記憶を辿った。

「っ……」

 蒼い瞳が激しく揺れ動く。

「ちょっと待て……」

 視線を足元に沈めたノイルは頭を抱え込んだ。

「何も、思い出せねえぞ……?」

 記憶が——空白になっていた。


 覚えていることは自身の名前と、年齢が十七歳ということ。そして、微かに残る夢の記憶だ。

「誰かと一緒にいたような……」

 薄く残るのは、夢の中で長い時間を共に過ごした女性の影だ。

ノイルは座り込んだまま瞳を閉ざし、淡い夢の内容を辿った。


 記憶の輪郭。

 思い出せそうで思い出せない。

 必死に掴もうと腕を伸ばすも、その輪郭は指の隙間からすり抜けていく。

 探れば探るほどに記憶の影は形を失い、暗闇に溶け込むようにあっさりと消えた。

 何か大切なものを忘れてしまったのではないだろうか。

 そんなことすらも分からない。

 心の底から噴き出した喪失感は、鋭い寂しさに形を変えてノイルの胸を突き刺した。


「くっ……」

 奥歯を軋ませたノイルは、俯いたまま思考停止。

 孤独な不安が弱った心を圧迫した。

 重たい溜息が零れると同時に、薄く瞼を持ち上げる。

 その瞬間、眼前に白い影が落ちた。


『ドォンッ!!』

 衝撃が響き、砂埃が舞い上がる。

 咄嗟に腕で顔を覆ったノイルは、細めた瞳で状況を確認する。

「っ……!?」

 眼前には、白銀の髪を持つ長身の男が立っていた。


 全身を白いローブで覆う男は、白い鱗の装飾が施された背丈ほどある太刀を背負っている。

 表情は乏しく、ノイルと同様の蒼い眼光が、真っ直ぐにノイルを見据えていた。

「誰だよ、お前……?」

 震えた声で尋ねる。だが、返事はない。

 男は沈黙のままゆっくりとノイルの元へと歩み寄る。


「く、来るな!」

 足に力が入らず、腕の力で後退る。

 溢れ出す凄まじい威圧感が、ノイルの体の自由を奪ったのだ。

 男の足は一歩ずつ着実に歩みを進め、ノイルの目の前で止まった。


 目線を合わせるように屈み込む白い男。

直後、分厚い掌がノイルの前頭をガッツリと掴んだ。

「くっ、離せ!」

 必死に藻掻こうとも、その腕はびくともしない。だが、不思議と痛みはなかった。

 微風だけが吹き抜ける静寂の中に、白い男の抑揚のない低い声が落ちる。


「詳しいことは話せない」

 その途端、分厚い掌から淡い光が溢れ出した。

「この力はきっと役に立つ。ノイルよ――山頂を目指せ」

 そう言って、手を離した男はそっと立ち上がり、呆然と固まるノイルを見下ろした。

「終わらせよう」

 そう言い残した男は、一瞬にして上空へと姿を消した。


「なんで、俺の名前知ってんだ……?」

 見知らぬ世界と、突然の出来事に理解が追い付かないノイル。全身に動揺を滲む。

「落ち着け……。落ち着け……」

 深呼吸で中途半端な冷静を取り戻したノイルは、男の言葉を思い出して辺りを見渡した。

「山頂を目指せって、山なんかどこに——」

 その途端、異様な気配を背中でひしひしと感じ取り、そこで言葉が止まった。


 恐る恐る振り返るノイル。

 その蒼い瞳に映った光景。それは、世界を区切るように聳え立つ巨大な壁のような山脈だ。

 想像もできないほどの規模感に、ノイルは息を呑んで唖然と固まる。

 壁のような山脈は、西側から東側を囲うように塞いでおり、中央にかけて徐々に高くなる標高。

山頂は遥かに雲を突き抜けていた。だが、何よりノイルが動揺を覚えたのは、山頂から天高く伸びた一筋の『光の柱』だ。


「なんだ、あの光は……。あそこを目指せってのか?」

 到底、人間が登れる高さとは思えない。無理に決まっている。

 想像の範疇を遥かに超えた難易度に、明確な不可能を感じる。だが、その反面で、男心をくすぐる未知の好奇心が、ノイルの心を鷲掴みにした。

「あそこに行けば、俺の記憶も……。いや、なんにせよ分かりやすくて助かる」

 瞳孔を見開き、引き攣った顔で不恰好に微笑むノイル。

 小刻みに震え出した掌を見つめ、不安を塗り替えるように強く握りしめた。


「あの男、俺に何を求めてるんだ……」

 溜息のように呟くと、ふと額に違和感を感じた。

 さするように額を撫でるノイル。その指先に、ゴツゴツとした硬い感触が伝う。

「んっ、何だこれ?」

 額の中心には、白い石が埋め込まれていた。だが、自分では確認できず、前髪で石を隠すように覆う。


「なんかやられてるし……。力がどうとか言ってたけど、死んだりしねえよな?」

 不安が過るが、起きてしまったのだから仕方がない。

 分厚い溜息を落とし、深呼吸を挟んで落ち着きを取り戻したノイルは、身につけている物をざっくりと確認した。


 赤茶色の長袖シャツに、黒のズボン。足元は革のブーツで、腰にはベルトとポーチ。どれも古臭い。

 ポーチの中を漁ると、ありがたいことに銀貨が五枚。だが、街で使えるのかは定かではなく、その価値はまだ不明だ。

 側に転がっていた一本の剣を目にしたノイルは、咄嗟に唾を飲んだが、剣身はしっかりと鞘に収まっており、拾い上げた際に掌に伝った重みは、自然と安心感が得られた。


「よく分かんねえけど、大丈夫だろ。だって俺だし。何とかやって行けるはずだ」

 不安な心に根拠のない自信をこしらえたノイルは、勢いよく立ち上がった。

「まあ、とりあえずは街だな」

 遠方に映る街を見据えたノイル。


 見知らぬ世界に心拍数を高めながら、未知の世界に新たな始まりの一歩を刻み込んだ。

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