第13話 パーティの誘い
カランカランッ、とベルの音色と共に、「いらっしゃいませ」が出迎える行きつけの酒場。
今日も多くの冒険者が集い、酒を交わしていた。
すり減った木目の床を踏み締め、隅っこの丸テーブルを囲った三人は、お決まりのメニューを注文。エールとジュースを交わし、『乾杯!』を響かせる。
「俺もそろそろ弓の能力を使ってみてえ! ルフィ姉、ダメか?」
「まだダメ。言ったでしょ? 早い段階から能力に頼って戦ってたら、後々伸び悩むって」
二人は能力の使用をルフィアに禁じられている中で、討伐依頼をこなしていたのだ。
眉を垂らしたシスリーは、瞳を悲しげに輝かせてルフィアを見つめた。
「一回だけで良いから。なぁ? いいだろ?」
「んー、なら今度少しだけ試してみよっか」
「ほんとか! やったぜ!」
妹のようなシスリーの可愛さには、なんだかんだルフィアも弱いのだ。
二人の横で空気を乱さないようにぎこちなく微笑むノイル。いつもなら横から口を挟むところだが、よほど落ち込んでいるようだ。
「そう言えば、二人に言わなきゃいけないことがあるの」
ルフィアはそう言って、腰元の短剣を抜いた。
いつもと違う二本の短剣。刃は僅かに湾曲しており、棟には緑の鱗。鍔には襟巻きの装飾が施されている。
「それって、能獣の武器か?」
ノイルが尋ねると、ルフィアは静かに頷く。
「勝手にお金使っちゃってごめんね。の報告」
「そうだったのか! 全然、謝る必要ねえよ!」
これまでの成果は、ルフィアの力があってこその結果。攻める人は誰もいない。
「ルフィ姉、能力二つ使えんのか?!」
シスリーは驚いたように前のめりに食いつく。
ルフィアが頷くと、シスリーは「流石だなぁ!」と、紫紺の瞳を輝かせる。だが、ノイルは驚く理由がわからなかった。
「それって凄いことなのか?」
「ったりめえだろ? 二つ以上の能力を使うのはかなり難しいんだ。才能がある奴か、凄まじい努力をした奴だけが使いこなせる。Cランク以上の冒険者になるには必要不可欠とも言われてるくらい凄いんだ!」
「な、なるほど……」
いまいちピンと来ていない様子のノイル。
「ちなみに、Cランクになるのって難しいのか?」
その質問に、シスリーは呆れたように溜息を落とした。
「ほんと、何にも知らねえんだな。だからいつまで経ってもEランクなんだよ」
「一言余計だ!」
やれやれと、シスリーが簡単に説明した。
冒険者はEからAランクまであるが、その大半がDランク止まり。Cランクまで登る冒険者は一握りだ。
Bランクになれば街中に名前が轟き、Aランクまでになると、伝説級の扱いになる。
現状、世界中の冒険者の中でAランクは数えるほどしか存在しない。
「そりゃ凄えな。ルフィアはCランクに片足突っ込んでるみたいなもんってことか!」
「そういうことだ!」
何故か自分ごとのように誇らしげなシスリーだ。
「二人とも大袈裟。ほとんどの人は生きるためだけに冒険者やってるから、Dランクで充分なの。Cランクを目指す人は、名誉が欲しい人か、山頂を目指してる人くらいよ」
「ルフィ姉、もっと誇ってもいいと思うぜ?」
ルフィアは静かに首を横に振る。
「自慢するために強くなったんじゃないの。きっと二人も使いこなせるようになるよ」
ノイルとシスリーは顔を見合わせて、深々と頷いた。
「それより、その武器はなんの素材なんだ?」
「これは、この前討伐したノックリザードよ」
この一ヶ月の間に、実践訓練で討伐したレベル2の能獣『ノックリザード』。
緑の鱗を全身に纏い、首元にぐるりと襟巻きを蓄えた能獣だ。
その能力は、強風を生み出し、相手を吹き飛ばす能力。地面に攻撃を放てば、風圧で自身の体を移動させることも可能。
扱いは難しいが、機動力を重視するルフィアにはもってこいの能力だ。
「また差が開いちまったな。ノイル、俺たちも頑張ろうぜ!」
「そうだな。こりゃ気合い入れねえと、ほんとに足手纏いになっちまう……」
ルフィアに感化された二人のやる気は、より一層膨れ上がる。同時に、ノイルは更なるプレッシャーを感じた。
——
食事を済ませ、エールを片手にくつろぐ三人。すると、隣のテーブルで飲んでいた一人の冒険者が、背後からノイルの肩を叩いた。
「白髪の新人冒険者って、君のことだよね。最近、噂になってるよ」
エールを片手に話しかけてきたのは、身なりの整ったヒューマンの茶髪男だ。
ルフィアは咄嗟にフードを深く被り、そっと俯く。
「なんだ? 酔っ払いのダル絡みはお断りだぜ」
シスリーが睨みつけると、槍を背負った金髪ロングの女エルフが立ち上がり、シスリーに歩み寄った。
「可愛いお耳! 横に寝転んでる!」
背後からシスリーの耳をふさふさといじくる。
「ちょっ、やめろよ! なんだよお前らは」
どこか嬉しそうなシスリーは、されるがままだ。
「最近噂って、俺が?」
「そうそう。純白の髪は黙ってても噂になるよ!」
茶髪男はそう言って、微笑みながらノイルが握るジョッキに乾杯した。
敵意はないようだ。
「で、何のようだ?」
「冷たいな……。まあ、いきなり来たらそうなるか」
終始笑顔の男は、ノイルの横に自分の椅子を運んで座った。
「君達、最近すごい勢いでDランク依頼をこなしてるみたいだね?」
「ああ、まだレベル3の依頼は受けたことはないがな」
「そうなんだ。それなら、ちょうどいいかもしれない」
そう言って、男はエールを口に運ぶ。
「ちょうどいい?」
ノイルが尋ねると、男は要件を話し始めた。
「俺達のパーティはみんなDランクで、今はCランクを目指してるんだ。それで、明日はCランクに上がれる可能性の高い依頼をあらかじめ受けてたんだけど、メンバーが一人、体調を崩しちゃって……。そこでお願いなんだけど、その討伐依頼を手伝ってくれないかな?」
状況が飲み込めないノイルは、シスリーに視線を送る。だが、エルフの女にデレデレで目が合わない。すると、ルフィアは一気にエールを飲み干し、フードの影から値踏みするような赤い眼光を男に向けた。
「私たちのメリットは?」
「いい、飲みっぷりだね……」
ルフィアの圧を、苦笑いで受け流した男は話を進めた。
「今回協力してもらいたいのは、レベル3の討伐依頼。Dランク最高難易度と謳われる『スラッシュスパイダー』だ。条件は報酬の山分けと、斬撃の能力を持つ素材を落とすから、それを譲るよ! 悪い話じゃないだろ?」
斬撃能力は需要が高く、高値で取引される。
売却して金にするもよし。装備を作るもよし。そして、ノイルにはもう一つ利点があった。
「ルフィア、どうする? 俺的には良い話だと思うんだけど? 他のパーティの戦い方を見て、学べることもあるかもしれないし」
少しずれてきたフードを再び深く被ったルフィアは、視線を飲み干した樽ジョッキに沈めた。
「遠慮しとく。シスリーと二人で行っておいで。私は新しい武器を試したいから」
「そ、そうだったな」
ノイルは黒髪のことを思い出し、シスリーに視線を移した。
「シスリーはどうする? 行かないなら俺もやめとくけど?」
「行くわよね、シスリーちゃん」
纏わりつくエルフが耳元で囁く。
「仕方ねえなぁ! 手伝ってやるよ!」
毛の長いふさふさな尻尾を左右に振り回したシスリーは、頬を赤らめて答えた。
シスリーはまだ十四歳だが、そのことは内緒だ。
「よし、決まりだね。ルフィアさん? は、残念だけど、二人も来てくれたら心強いよ!」
茶髪男はそう言って、自己紹介を始めた。
「俺の名前はレン。そっちのエルフは、ミオンだ」
「よろしくね!」
レンは振り返り、がやがやと盛り上がった残り二人のパーティメンバーに目を向けた。
「こっちのガラが悪いヒューマンはタルタ」
赤茶色の短髪で、短剣を腰に差すタルタは、メンバーの獣人の肩を組みながら振り返った。
「おっ! よろしくな、白髪!」
「そっちのダル絡みされてる可哀想な獣人がリクだ」
紺色の髪を蓄え、弓を背負った小柄な獣人の少年は、不器用な笑みを浮かべて振り返った。
「よ、よろしくお願いします……」
「見ての通り、リクは結構な人見知りなんだよね」
レンは視線をノイルに戻した。
「俺はノイルで、あっちがシスリーだ! よろしく頼む!」
「よろしく頼むぜ!」
二人が軽い挨拶を交わすと、レンは「よろしくね!」と、ジョッキを持ち上げた。
「じゃ、とりあえず乾杯だ!」
そう言って、パーティメンバーと二人が改めて乾杯を交わす。
「一応、ルフィアさんも!」
レンはそう言ってルフィアに歩み寄ると、ルフィアはジョッキをテーブルに乗せたまま、控えめに乾杯した。
「じゃあ、ノイル。明日の昼頃にギルド集合でいいかな?」
「ああ、わかった!」
予定が決まったところで、レンとミオンは席に戻った。
ノイル達は残りのエールを飲み干し、「お先」と酒場を後にする。
扉が閉まる寸前、ルフィアは鋭い眼光でパーティの背を睨んでいた。




