第12話 スピードラビット
シスリーの家で生活を始めてから、およそ一カ月が経過。
雨の日も、風の日も、毎日ルフィアの元で訓練を積み重ね、昼過ぎにはレベル1、2の討伐依頼で実戦を繰り返す。
シスリーは近距離戦のために短剣を学んでおり、天性の才能でぐんぐんと戦闘力が向上。
ノイルはコツを掴むのが早く、やる気と習得速度も悪くない。だが、実戦になると警戒心で、いつも一歩目が遅れるのが課題だ。
お互いに粗探しで言い合いすることも多々あるが、切磋琢磨しながら成長を続けている。
最近ではノイルとシスリーのコンビで、ある程度の余裕をもって依頼を達成できるようになっていた。
二人を狙う謎の組織は、ヘッドゴートの一件以来、姿を見ることはなくなったが、ルフィアは依頼をこなす二人の側でこまめに空を警戒。そして、油断した二人がピンチになれば、一瞬にして助けに入った。
報酬が良い日は酒場で酒を交わし、悪い日は家で硬いパンをかじる。
そんな感じで、忙しい日々の中でも、何だかんだ楽しくやっている三人。
今日も今日とて朝の訓練に勤しんでいた。
「その踏み込み、それを実戦でやれたらいいのに」
「そうだぜノイル! びびってんじゃねえぞ、チキン野郎!」
「うるせぇよっ! 俺より剣を使えるようになってから文句言え」
「黙れタコ! 俺の本職は弓なんだよ! まあ、いずれ剣も追い抜かすけどな」
いつもの煽り合いにルフィアはやれやれと、溜息を落とす。
「ノイル、何が怖いのよ?」
ノイルは言い訳を考えるが、このまま見栄を張れば成長の限界を感じた。
「……だって、攻撃喰らったら大怪我で済まないだろ」
能石持ちのレッサーキックスに植え付けられた死の恐怖が、ノイルの判断を鈍らせていた。
「やっぱりびびってるだけじゃねえかよ!」
「シスリー、煽らないの」
ルフィアに怒られたシスリーは、横に寝た耳を更にたらして、小さく弓の訓練を始めた。
「ノイル、それは逆なの。踏み込んで攻撃した方が勝率は上がる。一歩目が遅れたら倒せた一撃でも入らないの。無駄な思考は捨てて」
「そんなこと言われても、考えちまうんだから仕方ねえだろ……」
ノイルの悩みには、確かな実績が必要だ。しかし、邪魔な思考が試すことすら許してはくれない。
「まあ、とりあえず今日の訓練は終わり。依頼に行きましょう」
家に戻った三人は、各々装備を身に付けてギルドに向かった。
——
今回の依頼は『スピードラビット』だ。
スピードラビットは、ルフィアの防具の素材にも使われている能獣。スピードやジャンプ力、加速など、脚力にまつわる全てに特化した能力だ。
黒い毛皮に覆われており、肉付きのいい後ろ足は硬い鱗で覆われている。
「シスリー、足止め頼む!」
「言われなくても分かってるよ!」
距離を取り、三人の周りを円を描くように走り回る兎獣。
瞬く間に加速する速度は、残像を生み出すほどだ。
矢を装填し、弦を軋ませるシスリー。兎獣を目で追い、一点に弓を構える。
「来るよ」
ルフィアが声を落とした次の瞬間、兎獣が切り返すように一直線で突進。
充分に速度が乗った体当たりは、まともに受ければ全身の骨を砕く威力だ。
空気を切り裂く音が迫り来る。
その時、待ち侘びていたシスリーが矢を放った。
『ギュッ』
命中。だが、兎獣が僅かに横へと回避したため、後ろ足の鱗に弾かれた。
僅かに失速した兎獣は、そこから加速し、ノイルに飛び掛かる。
「ノイル、今だ!」
ノイルが覚悟を決めて踏み込んだ。だが、僅かに遅れる。
攻撃が間に合わず、直撃する寸前に横に回避したノイルは、過ぎ去った兎獣の背を眺めた。
「何やってんだよ!」
「くそっ、すまねえ」
兎獣は再び円を描くように加速。
「また来るよ」
ルフィアの声で、シスリーが弓をしならせた。
「次はど真ん中だ」
凄まじい集中力で黒い影を狙う。
兎獣が切り返したその時、シスリーが矢を放つ。同時に、高く飛び跳ねた兎獣。
『ギュイッ!』
矢はガラ空きになった腹を掠め、兎獣は放物線を描きながら空中でバランスを崩す。
「くっ、ノイル! これで仕留めろよ!」
白髪目掛けて落下する黒い影。
両手で剣を握り直したノイルは、左足を強く踏み込む。
黒点が徐々に肥大化し、影が視界を埋め尽くそうとしたその時、右下から大きく剣を振り上げた。
『キンッ!』
刃はコアを切り裂き、兎獣はノイルの頭上で蒸発。
溢れ出したオドは、安心したように剣を下ろしたノイルへと吸い込まれた。
「ノイル! また踏み込み遅れただろテメェ!」
シスリーの紫紺の瞳が、鋭くノイルを射抜く。
「すまねえ……」
「たくっ、何が怖えんだよ。切っちまったらすぐに消えんだから避ける手間が省けるだろうがよ?」
「ミスったらグチャグチャなんだぞ?」
その発言に、ゆっくりと歩み寄るルフィアが溜息を落とす。
「その無駄な考えがミスを生むの。あの状況で、今の技術なら失敗したりしないから大丈夫よ」
「んなこと言ってもよ、怖えもんは仕方ねえだろ……」
ノイルの表情に影がかかる。その姿を見かねたシスリーは背中を強く叩いた。
「うじうじすんなって! まあ、倒せたんだし今回は許してやるよ。俺も射抜けなかったしな」
いつもは言い返すノイルだが、その落ち込みように流石のシスリーも励ます始末だ。
その優しさすらもが、今のノイルにはプレッシャーに感じた。
このままでは迷惑をかけてしまう。一瞬の判断ミスが自分の命や、仲間の命まで危険に晒すことになる。
そう考えるほどに、踏み出す一歩は徐々に重たくなっていった。
黒い毛皮に鱗のついた素材を拾い上げたルフィアは、街の方へと歩き出す。
「今日は飲みましょ」
「おっ、やったぜ!」
虚ろな目で歩き出した二人の背中を眺めたノイル。
立ち止まる自分と、差が開いていく。
そんなふうに思ったノイルは早々に剣を納め、夕日に背中を押されるように小走りで肩を並べた。
「次こそ、絶対大丈夫だ!」
「ほんとかよ?」
「期待しといてくれ!」
心配をかけないようにと、笑顔で明るく振る舞うノイル。その姿を、ルフィアは心配そうに横目で見つめた。




