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罪を歩く旅を知らぬ者  作者: 小夜 新成
ファストボーン編
12/15

第11話 港町の光景



 ギルドから横に伸びた東通りを進んだ俺達は、シスリーを先頭に、入り組んだ暗い路地へと入り込んだ。


「おい、ほんとに合ってんのか?」

「ったりめえだろ? 誰が自分の家を忘れんだよ。これは抜け道だ」

 ジグザグと路地裏を北に進む。間も無くすると、少し開けた道に抜け出た。


 そこは石造りの民家が立ち並んでおり、そこを更に北へと進む。すると、視界の奥に映る道は途中で途切れて崖になっており、遠方には水平線が月明かりをチラチラと反射させていた。


「この街の裏、海になってたんだな」

 俺の発言に、二人は咄嗟に振り返った。

「ノイル、冗談よね?」

「この街の下は港町なんだから当然だろ? 酔っぱらってんじゃねえよっ」

 街の下? 港町? なんだそれ、全く知らないんだが……。


 俺は『ファストボーン』に訪れてから一年以上生活しているが、ギルドより奥は特に用がないので見たことがなかったのだ。

 この目で確かめよう。


 道を進むにつれて徐々に開ける視界。そして、ついに途切れた道の淵に立った俺は、蒼い瞳を大きく見開いた。

「ほんとにありやがった……!?」


 眼下に望むは、三日月型に抉れた海岸を囲うように築かれた港町。

 無数の街灯りは賑わいを感じられ、実に美しい景色だ。


 崖のように思えた道の先は急斜面になっており、港町に続く階段や坂道がジグザグと伸びている。所々に岩肌がむき出しているが、まばらに建物があり、街灯や建物から溢れた灯りが斜面を淡く照らす。

 ここから港町はかなりの高低差があるため、それらの景色を一望できる絶景スポットだ。


「ノイル、ほんとに知らなかったの?」

「おいおい、常識どころの話じゃねえぞ? 世間知らずにもほどがあるだろ」

「いや、記憶が——」

「ルフィ姉も知ってんだから、言い訳になんねえだろが!」

 苦しい言い訳は瞬時に遮られた。

 盗人のシスリーに常識の話をされたくはないが、流石に反論は出来ない。


「ほら、さっさと行くぞ! ぼーっとしてねえでノイルも着いて来い」

 階段を下り始めた二人の後を慌てて追う。

 急な階段は足場が悪く、月明かりを頼りに慎重に降りる。


 どうやら、ギルドの裏に伸びる北のメインストリートを進めば、綺麗に整備された幅の広い中央階段があるらしい。だが、シスリーの家に向かう場合はかなりの遠回りになるため、斜面にいくつか設けられたサブの細い階段を使うようだ。


 薄闇の中、淡々と降り始めて間も無くすると、小さな踊り場から細く伸びた細道に入った。

 足を踏み外せば真っ逆さま。

 慣れた足取りのシスリーの後を、慎重に歩みを進める。すると、小さな木造の家がポツリと現れた。


「ここが俺の家だ!」

 一階のみの小ぢんまりとした家だが、庭は意外にも広い。隅に大きな岩が飛び出しているのは気になるが、一帯が芝で覆われており、剣術の訓練をするには充分だ。


 周囲は腰辺りまで積み上げた石壁に囲われており、その先は崖。

 落ちればひとたまりも無いが、ここからの景色は抜群だ。


「ここで弓の訓練をしてるんだ!」

 見れば、的に見立てた木の板が飛び出した岩に吊るされていた。何度も射抜いた後が刻まれており、中央は深く抉れている。

「良い家ね」

 そう言って、ルフィアは石壁まで歩き、港を一望した。


「そうだろ? 親はこの景色に惚れてここに決めたらしいぜ! 俺もここから見る港が一番好きだ」

「毎日この景色を見れるとか、最高かよ!」

 俺達は三人で肩を並べ、夜風に吹かれながらしばらく景色を眺めた。


「今日はもう寝ましょう」

「そうだな。お邪魔するぜ、シスリー!」

 シスリーは案内するように扉を開く。

「遠慮はいらねえ! 暗いから気をつけろよ」

 室内は真っ暗でよく見えない。だが、寝るだけの日は節約するために、ランタンを灯さないようだ。


「ベッドはこっちだ」

 玄関から左手にリビングが広がっており、右手にある扉が寝室になっているようだ。

「親が使ってたのが二つあるから、ノイルは仕方なく一人で使え。俺とルフィ姉はこっちで一緒に寝ようぜ!」

「良いよ」

「助かるよ!」


 装備を床に脱ぎ捨て、早々にベッドへと飛び込む。

 疲れた体に酒も入っているため、ベッドに吸い込まれるように沈み、瞼を閉じれば眠りに落ちていた。




——




「おい、ノイル! さっさと起きやがれ! 殴るぞ!」

 生意気な声と窓から差し込む陽光で目を覚ました。

「あぁ、おいうおぉ……」

「何言ってんだテメェ。眠り深すぎんだろ」

 薄く持ち上げた視界には、浅紫色の猫耳が映る。


 なんで正面に……?

 腰回りに圧迫感。

 咄嗟に首を起こし、状況を確認。すると、シスリーが俺の上に馬乗りになっていた。


「おい、降りろ! そんなとこに跨ってんじゃねえ!」

「そんな暴れんなよ! 朝から元気すぎるだろ」

「げ、元気じゃねえし! いいから降りろ!」

 俺の慌てっぷりにベッドから飛び降りたシスリー。何故か布団をかけた下半身を見つめ、首を傾げて部屋を後にした。


 何を思ったのだろうか。

 まさか、気づかれてないよな……?

 少し心配になったが、おかげで目が完全に覚めた。


 早々に起き上がり、散らかった装備品を跨いで開けっぱなしの扉を出る。

 リビングには椅子が四つ。テーブルの上には欠けた皿が二つ、その中の一つにパンが乗ってある。


「硬えパンしかねえけど我慢しろよ」

「ルフィアは?」

「パン食って、外で剣振り回してるぞ」

「シスリーもちゃんと食ったか?」

「俺はいらねえ」


 おそらく二つしかなかったのだろう。口は悪いが、優しい心は持っているようだ。

 俺はありがたくパンを手に取り、口に運ぶ。一口目で口の水分が全て持っていかれた。


 パンを片手に玄関を出ると、ルフィアは二本の短剣で鋭い風切り音を奏でていた。

 俺に気づくなり、すぐにルフィアは素振りを中断する。

「やっと起きたのね。朝から騒がしかったけど、何かあったの?」

「いや、なにも」

 すると、ルフィアは下半身を見つめて鼻を鳴らし、素振りを再開した。


 ほんのり顔を熱くした俺は石壁まで歩き、朝の港町を眺める。

 ほのかに香る磯の香り。

 桟橋には多くの船が係留されており、遠方には漁に出ている船がポツリと。

 夜とは雰囲気が変わって、三日月型の海岸沿いは多くの人で活気に満ちている。


「ルフィア、これからどうするんだ?」

「ひとまずは依頼をこなしながら特訓ね。ノイルが戦えるようになるまで街は出られないから」

「え、何でだ?」

 振り返ると、ルフィアは素振りを中断した。


「この街を出たら巨大な森林地帯を抜けないといけないの。ここらの草原は比較的平和だけど、森に入れば安全はほとんどない。強い能獣がうじゃうじゃいるから、今のままだとすぐ死んじゃうよ」

 周囲の草原ですら、一人で歩けば生き残る自信がない。


 ルフィアの言葉で、俺の体温が少し下がった。

 少し気持ちが緩んでいたが、本格的に強さを求めなければ一生この街を出られない。

 プレッシャーを感じると同時に、ふとシスリーのことが脳裏を掠めた。


「で、シスリーはどうするつもりなんだ?」

 ルフィアは短剣を腰に戻し、声を僅かに潜ませた。

「シスリーがこの街で、まともに生きていくにはあと二年。さすがに待てない」

「じゃあ、置いてくのか……?」

 ルフィアの紅い瞳が地面に沈む。


「今は決められない……」

「置いてったら、あいつ、また盗みで生活するんだぞ? 今度トラブルに巻き込まれたら、命があるかどうか……」

 生意気だが、大事な仲間を見捨てる選択肢は俺にはない。


「私達は山頂を目指すのよ。シスリーを連れ出せば、今度は山頂を目指す仲間になる。前も言ったけど、私達は悪い奴らにも狙われてるの。ここで生活した方が、圧倒的に生存率は高い」

「……」


 情だけでは、逆にシスリーを死なせてしまう可能性がある。そんなことくらい、考えれば分かったはずだ。

 まだ力を持たない俺では、守れるとも断言できない。

 俯いて黙り込んだ俺は、自分の無力さに拳を強く握った。


「この街にいる間、シスリーにも戦い方を教える。もしかしたら、こっちからお願いしたいくらい強くなるかもしれないしね。まあ、シスリーがどうしたいかも分からないし、とりあえずこの話は保留よ」

 すると、玄関扉が開き、弓を手に持ったシスリーが出てきた。


「俺も弓の訓練しよぉと! って、何しょぼくれてんだよノイル?」

「ほら、くよくよしないの」

 俺は頭を起こし、再び港町を見下ろした。


 弱いままはごめんだ。誰も死なせないくらい強くなってやる。

 煌めく水平線に誓うと、風だけが答えるように純白の髪を揺らした。

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