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旧友殺しと欠測姫  作者: 風戸輝斗


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第捌話/漆黒の英雄

 これは悪い夢だ、とファイは凄惨たる光景を前に膝から崩れ落ちて思う。


「俺たちがなにをしたって言うんだよ!」

「なにもしていない。だからこその温情だ。安らかに眠れ」


 地面に鮮血の池がつくられ、その中にニックの首がぽちゃりと落ちる。


(悪い夢だ)


 ファイはもう一度自分に言い聞かせる。


 はじまりは、ヨルトゥグの後方で起きたがけ崩れだった。

 突如として日常に飛来した自然災害は、瞬く間に村を蹂躙した。家屋は半数以上倒壊し、そこに住まう人々は、岩石に押しつぶされるか土砂の下敷きになるかで絶命した。


 ファイの家も被害を受けた一軒だった。

 幸運にも二階にいたファイは膝に掠り傷を負う程度で済んだが、ズーシーは土砂の下敷きとなり痛ましく喘いでいた。彼を圧迫する礫岩は大きく重く、ファイの力だけではとても動かせそうになかった。ガルシャがいればすぐに助けられるのに、とファイは彼が数時間前に村を発った不幸を嘆いた。


 ないものねだりをしても仕方ない。ズーシーの寿命は刻々と削られている。村人の助力を仰ぐべく、がけ崩れの被害を受けていない一角に駆け出し、そこでファイは地獄を目にした。


 無防備な村人を騎士が嬉々として凌辱する地獄を目の当たりにした。


「や、やめて……」


 力ない足取りで街を歩きつつファイが嘆くも、嘆きの嵐は留まることを知らない。


 悲鳴が鼓膜をつんざく。赦しを請う声に気狂いした哄笑が返され、またひとつ、命が潰えた。


 不思議なことに、騎士たちはファイが目の前を横切っても気づいていないようだった。


「下賤な。紛いなりにも騎士なら、もっと品のある振る舞いを心掛けろ」


 そう冷たく言い放つ騎士は、おそらくこの悪鬼たちの親頭なのだろう。


 刈り上げられた赤銅の髪に、安穏ながらも鋭さを内包した鳶色の瞳。

 ほかの騎士が親から与えられたおもちゃで遊ぶように見境なく剣を振り回す中、彼だけは必要に応じて剣を抜刀しているように見えた。


 しかし、殺戮の数は彼が群を抜いて多いのだろう。


「我、万物を紐解きし者――微理微離びりびり


 石造りの家屋に手のひらを押し当て、男は静かにつぶやく。


 それから数秒後、家屋は音を立てて倒壊した。家の中から短い断末魔が聞こえた。


 手のひらに手袋をつけ、男は浅くため息をついた。


「さすがに一日ですべてを処理するのは骨が折れるな。とはいえ、明日に持ち越すのも英断とは言いがたい。……民のためを想うのなら一日で事を済ませるべきだろうな。よし、やるか」


 あの男はなにを言っているのだろう。民を想い、その想いが結実した先にあるのがこの惨憺たる光景だというのだろうか。


 意味がわからない。ちっとも共感できない。ファイには男の理屈がさっぱり理解できなかった。同じ人間の至る思考とは思えなかった。


「お願いします! なんでもしますから殺さないでください!」


 そう嘆くのはフェルデだった。お腹に幼い命を携えた彼女は、額を地面に押しつけ赦しを乞うている。


「亡き夫とのあいだに紡がれた命なんです! ですからどうか! どうか……!」

「ふぅん。……よしわかった。俺と接吻して愛をささやいたら頼みを聞き入れてやろう」

「え……」

「簡単だろ?」


 騎士は清々しい笑みをたたえていた。こわいくらいに澄んだ微笑みだった。


 うんともすんとも言わずに俯いて震えるフェルデの前に片膝をつき、騎士は彼女の頤を持ち上げる。

 ほんとうに接吻するつもりなのか。両者の顔が徐々に近づいていく。


 気づけばファイは駆け出していた。


「だあっ!」


 勢いのままにタックルを見舞って騎士を突き飛ばす。


「大丈夫ですかフェルデさん!?」

「……ファイさん?」

 

 フェルデを抱き寄せ、ファイは無様に転げた悪を睨み付ける。


「お前らはどれだけ大切なものを奪って穢せば満ち足りるんだ! 皇国のせいで職を失って、皇国の突飛な徴兵で夫は帰らぬ人となって。その上、彼女の抱く愛さえも強制しようというのか! 正気の沙汰じゃない……。お前ら騎士はこの世から消え失せるべき悪だ!」

「いってぇ~。……どっから湧いたかしらねぇけど、大層な啖呵を切ってくれるじゃねぇか嬢ちゃんよぉ。ひさびさに本気で殺意が芽生えたぜ」


 青筋を立てた騎士が鞘から剣を引き抜く。

 対するファイは無防備だった。


「さっきの言葉を訂正するってんならひと息に殺してやる。苦しみながら死にたくねぇだろ?」

「頭に乗るな。わたしは正しい。お前のご機嫌取りになるくらいなら死んだ方がマシだ」


 それでも、ファイは屈せず抗う。


 この世界が腐敗していることはずっと前から知っていた。それに従うしかないこともわかっていた。


 けれど、彼女の心はいつだって皇国に反発していた。


 ファイはまちがいなく弱者だ。しかし、そんな彼女でも心だけは護ることができる。人生最後の瞬間までこの信念を貫けたのなら、ファイの勝利といえるだろう。


(心まで隷属してたまるか)


 ファイは騎士に正しさに彩られたまなざしを突き刺し続ける。

 騎士が顔をしかめた。


「なんだよお前……あぁクソッ、癇に障るなぁその瞳ッ!」


 騎士がファイの瞳に剣を突き伸ばしてくる。


(絶対に目を閉じない。その悪行をこの目に焼きつけて死んでやる)


 そう決意したが、やはり根源的な恐怖には抗えないようだ。瞳をきつくつぶってしまう。


「は?」


 騎士の腑抜けた声がしたのはその直後のことだった。


 目を開ける。

 騎士の右腕が地面に転がっていた。


「忠告したはずだぜ。剣を抜いたらお前を殺すってな」


 中空に梔子色の光が走る。

 騎士の首から勢いよく鮮血が噴き出し、ピクピクと痙攣しながら絶命した。


 剣に付着した血を払い、青年はこちらを振り返って微笑をたたえる。


「ファイの勇気、しかと見届けたぜ。あとは俺にまかせろ。全部とはいかねぇが、救える限りは救ってやる」

「……ありがとう、ございます」


 英雄、という言葉とは真逆に位置する風貌の青年だった。

 不愛想で、傷だらけで、頭から爪先まで漆黒で。


 けれど、彼はまごうことなき英雄だった。

 ファイにとって、彼は希望に他ならなかった。


 青年は――ガルシャは、色めき立つ騎士の群れに剣を突き立てて傲然と言い放った。


「来いよ。まとめてお灸を据えてやる」

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