第参話/金色の正義
ズーシーの自宅は、二階建てのログハウスだった。
他の民家と比べれば精巧な造りであることは一目瞭然で、聞けばズーシーはヨルトゥグの村長を務めているのだという。
ではなぜ、村長ともあろう人物が危険を承知の上で森林に出向いていたのか。
「果物が欲しかったんじゃよ」
傷の手当てを終え、椅子に腰掛けたズーシーが温和な面持ちで語る。ガルシャは壁に背を預けて腕を組み、話に耳を傾けていた。甲冑も剣も身に着けたままだ。
「この村では早朝に一度、市が開かれる。食糧を調達できるのはそこだけじゃ。儂はどうしても果物が欲しかったんじゃが、儂が出向くと既に果物は売り切れておった」
「そんなに果物が食いたかったのか」
「おっと言葉が足りんかったな。儂はファイに果物を用意したかったんじゃ」
「ファイ?」
誰だろうか。
知らない名前にガルシャが首を傾げると同時、玄関の扉が勢いよく開いた。
肩で息をする金髪の少女がいた。顔立ちと背丈を見るに、ガルシャと同世代と思われた。
「おじいさま!」
瞳を潤ませそう叫ぶと、少女は視線の矛先をガルシャに移して強く睨み付けてきた。
「おじいさまがなにをしたって言うんだ!」
「落ちつきなさいファイ。この方は――」
「あんたら騎士はいっつもそうだ!」
ズーシーの制止を遮り、少女は憤慨する。
「村の人たちを嬲って、優越感に浸って……。騎士は力のない人たちを護るためにいるんだろう? 護るどころか傷つけてばかりいるあんたらはただの人でなしだ! 腐れ外道だ! とっとと出ていけ! わたしとおじいさまの憩いの空間を穢すな!」
強い怒りと憎しみを孕んだ叫声だった。少女の端正な顔は悪鬼のように歪んでいた。
暫し沈黙が横たわる。
ガルシャは眉間に皺を寄せた。少女が怯む。
しかし、隙を見せたのは一瞬だけだ。すぐに少女の瞳に闘争の色が宿る。それに臆することなく、ガルシャは鋭い視線を突き刺しつづける。
「ガル、おいたが過ぎるよ」
「なに、ちょっとばかり試しただけさ」
ヒカリカに小声で応じ、ガルシャは少女に微笑を向けた。
「大したもんだよ嬢ちゃん」
「え?」
「流浪の旅人が言えたクチじゃねぇが、俺は嬢ちゃんみたく理不尽を享受せずに義憤を露わにできる人間こそが真の騎士だと思うぜ」
ガルシャは鷹揚な歩みで少女へと近づき、目にも止まらぬ速さで懐に忍ばせた隠し箭を少女の首筋に押し当てる。
「ただ、蛮勇と勇猛は別物だってことを常々念頭に置いておけ。皇国の奴らには人情も温情もない。相手が俺じゃなかったら今頃死んでるぞ」
少女の瞳が儚く揺らいでいる。ガルシャは箭を懐に収めて頬をやわらげた。
「怖い思いをさせて悪かった。俺は今晩、この宿で世話になることになっている旅人だ」
「……おじいさま、この方は?」
「英雄じゃよ」
ズーシーは言った。
「儂を騎士に扮した悪魔から救ってくれた英雄じゃ」
「その呼び方はよせって言ってるだろ」
ガルシャとズーシーのやり取りを目にすると、金髪の少女は深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした!」
「気にするな。怒っちゃいねぇよ」
「寛容な方ですね。名ばかりの騎士とは大違いです」
少女はふんわり笑う。
編み込まれた金色の髪は一本一本に価値がつきそうで、翡翠の瞳は絶美たる湖畔を想起させる美しさを宿している。整った顔立ちに、控えめではあるものの整ったプロポーション。凡庸の一言で形容するには無理のある少女だった。
ゆえに疑問が募る。
なぜこの少女はこの家で平穏な暮らしを営めているのだろうか、と。
皇帝は女遊びを好いている。騎士が彼女を目にしたのなら、皇帝に献上して自らの出世を望むだろう。
以前、屈服させた騎士が言っていた。もっとも早く出世する方法は、美女を皇帝に差し出すことだと。事実、ガルシャは旅の最中で何度も騎士の性欲の捌け口にされる女を救ってきた。
(偶然だろう)
その小賢しい出世術をこの村を統括する騎士は知らない。単に少女がガルシャの好みの風貌をしているだけ。
理由はいくらでも思い浮かぶ。ガルシャは疑問を帰結させた。
少女が手を伸ばしてくる。
「ファイと申します。短い間ではありますが、よろしくお願いしますね英雄さん」
「ガルシャだ。よろしく頼む」
英雄さん、という呼び名は癇に障るので、名乗ってファイと握手を交わす。
「私はヒカリカ。ガルの母親代わりのようなものだ。気軽にお姉さんと呼びたまえ」
ヒカリカは当然無視された。




