絶望
俺が富士山に入って大体一時間ほど経ったことを端末のカウンターは示しているからだった。
俺は食料になりそうなものを探しながら森の中を歩き回っていた。
【白紙の原書】は解析能力が優れているおかげで毒を食べることは無いが、一向に毒なしのものが見つからないのが現状であった。
「思った以上に生き残るのがキツそうだな」
当主候補になるための試練なので簡単では無いと思っていたがこれほどまでに難しいとは予想していなかった。
「まぁ、食料の確保が出来れば何とかなるかな?」
俺はそう楽観視して歩き出す。
そう、俺は油断していたのだ。
そして、無知だった。
この環境には人間が食べれる食料が無く、唯一食べられるものはこの環境に住む化け物どもだけであることを…。
そして、その化け物の恐ろしさを俺は甘く見ていた。
いざとなれば逃げれる。
その考えを後に俺は後悔した。
一瞬だった。
ほんの一瞬、3メートルはある狼の姿が遠目に移った。
距離としては大体400メートルくらいで偶然、他の生物を捕食してるところが目に移っただけだったのだ。
そして、その一瞬の静寂な後…。
その狼を俺は見失ったのだ。
そして、次に目に移った瞬間には遅かった。
「うわぁぁぁぁぁ!」
突如襲われる痛みと右から来る血飛沫に俺は混乱した。
何が起きたのか分からない…。
でも、一つだけ言えることは狼が気が付けば何かを咀嚼しながらすぐ後ろにいたことだった。
**
「お嬢様、元気がないようですが、どうかしましたか?」
伊坂井 麗は浮かない表情をしていた。
それを心配した執事が聞くが一向に彼女の耳には届かずにじっと虚空を見つめていた。
「お嬢様、お休みになられては?」
その言葉が届いたのか麗は執事の方を向いた。
「えっと、まだお昼だけど…」
「いえ、先程から元気がない様子だったので…」
執事の言葉を聞いた麗は一瞬、言葉をつまらせるがすぐに取り繕ったような笑みを作る。
そして、何かを考えるかのような間を作った後、話し始める。
「私はとっても酷い人なの…。
本来、神刀お兄様をこの試練に送る必要なんて一つもなかったの…」
「それは…どういう意味でございましょう?」
「ふふ、察しが悪いのね。
私の我儘のために神刀お兄様をあの魔境に送ってしまった」
執事は一瞬、反応を示さなかった。
それは麗の予想外の告白に何も言えなかったからだけではない。
普段は何処から持ってきたか分からないような仮面を被ったような表情の麗が本音の表情を見せたからだ。
「それは…あの方にとっても…」
「ないわ、そんなもの。
神刀お兄様は権力などには執着はしない。
なのに私は無理矢理、当主候補にしようとしている」
静寂が辺りを包み込む。
麗の表情は思いつめており、とても執事が口を挟めるような様子ではなかった。
「知ってる?
私は今…唯一慕った兄を…お義母様以外で唯一心を許した相手を…殺そうとしてるのよ」
気がつけば麗の頰には薄っすらと涙が伝っていた。
「なら、なぜこんなことを?」
「案外…酷いのね。
ただ、神刀お兄様なら…ひょっとしたら試練を乗り越えられるのでは?というのもあるのかもしれないけど…一番は…」
執事は知っている。
この試練がいかに危険か…。
伊坂井家のみが行なっているこの試練を受ける資格があるものは約18人いた。
そして、その試練を乗り越えられた者はたったの3人しかいなかった。
しかも、そのうち12人は死んでいる。
残りの3人は今もなお時折試練に挑むが途中で逃げ帰って来るのが常だった。
死んだのは基本的に逃げることすら出来なかった者だった。
それを乗り越えられるかもしれない…。
執事はその言葉を反芻していた。
信じられない…しかし、目の前にいる麗は異例中の異例で試練という形ではないが半分成功させている。
故に彼女もまた恐ろしさを知ってるはずなのだ。
それなのに何故?
執事は次の言葉を静かに待った。
疑問や疑念…それらを押し殺して麗をしっかりと見る。
「神刀お兄様は誰も気付いていないだけで誰よりも優れてる。
それが理由…」
「それは…」
「気になった?
いいよ、ここまで話したし…私が初めて神刀お兄様と出会った時のことでも聞いて」
麗は嬉しそうに語り出した。
**
それは暗い暗い場所のお話。
光が殆ど無く…太陽の光も月の光も遮った地下奥深くの部屋。
そこに神刀お兄様は監禁されていました。
私は小さい頃、それを知らずに何が気になって勝手にその部屋に侵入したのです。
暗くて何も見えない中、目を凝らしながら辺りを見回すけど何も見えなかった。
そんな時だった。
「あれ?
使用人じゃないな。
誰だ?」
まだ幼さのまだある声が響いてきたのです。
私は驚いて思わず飛び退いてしまいました。
そして、バレたと思ってすぐ逃げようと部屋の入り口に走ったのですが扉は既にそこには無かった。
後に知ったのだけど完全な監禁状態にする為に中からは開けられないようにされていた。
その瞬間、私は怖くなって泣き出してしまったんです。
それでも、状況は何も変わらない。
ただ、真っ暗な世界が広がるだけだった。
そんな時だった。
ほんのり、淡い光が見えた。
気がつけば私の頭に手を乗せて撫でている少年の姿が見えた。
ほんの少しだけ光って見えて優しい手つきで私を撫でてくる。
「大丈夫だ…怖がらなくていい。
一人じゃない…」
静かで優しい声色が聞こえてきた。
私はなぜか涙が止まった。
そして、その少年をじっと見つめていた。
「あなたは?」
「俺か?
俺は…伊坂井 神刀だ」
当時の私はその名前に聞き覚えは無かった。
なぜこの少年がここにいるのか分からなかった。
その時に私は分かったのだ。
この淡い光の正体を…そして、憧れた。
この力は超能力なんだって…この優しくも暖かいこの力を私は憧れたのだ。
「そういえば、真っ暗で何も見えないのか」
少年はそう言って部屋にある灯りを付ける。
それが私と神刀お兄様との出会い。
後になって知った。
彼は知らないのだ。
気がつかないうちに自身が淡い光を纏っていることに…。
その力が何なのか私は超能力だと今でも思っている。
それが何なのか分からない…でも、彼はたしかに他のお兄様には無い力を感じたのだ。
**
「そんな、くだらない話…」
「正直、よく分かりませんな」
話を終えた後に執事は率直に言った言葉に麗は苦笑いをこぼす。
しかし、それも仕方ないだろう。
実際、麗自身も理解してもらおうと話したわけでは無い。
ただの自己満足…それだけのためにこの話をしたにしか過ぎなかったのだ。
「でもね。
私が知らないだけかもしれない。
それでも分からないのよ。
あの暖かい力は何なのか?」
明確な答えなどない。
執事もまた、知っているのだ。
伊坂井 神刀は見たことのある能力しか使えないことを…。
「神刀お兄様は知らないし気づいていない。
それでも、神刀お兄様だからこそ私はその暖かさの先を見て見たいの…」
執事は何も答えられない。
麗のその言葉はどんなものよりも重く感じられるほどに真っ直ぐな意思が込められていた。
だから、信じて待つのみだった。
伊坂井 神刀の帰りを…
**
全てが真っ暗…いや、真っ赤に染まっている。
逃げて…逃げて…逃げて逃げて…
走って…走って…
その先には絶望という答えしかなかった。
目の前に映るのはあの狼だけだった。
違和感を感じてふと右腕を見る。
「ふふ…ふはは…ははははは!」
狂ったように笑ってしまう。
熱い…いや、冷たいのか?
何も感じなくなってきている。
目の前にある現実は非情だった。
失った右腕…先ほど狼が咀嚼していたもの…。
それだけでわかる。
食われたのだ。
何を?
そんなことはもう考えたくない。
狼は遊ぶかのように徐々に俺を追い詰めていく。
何もない。
宝石も全て使い切り、俺の持つものは全て消えた。
戦う策もない。
何一つ通じずに終えていく。
「あぁ、こんなところで終わるのかよ」
少しずつ俺の足は動かなくなっていく。
疲労が溜まっていきバランスが崩れていく。
そして、何もかもがどうでもよくなって倒れ込んだ時だった。
くだらないこと…本当にくだらない事を考えていた。
(そういえば、昔から超能力の前兆ってあったよな。
超能力を使うエネルギーのことを十六夜って知ってたし…そういえば、何で十六夜なんだろう?)
そう、本当にくだらない。
でも、本当に何もかもがどうでもよくなってくる。
そんな考えたことでさえもつまらなく…意味ないと止めてしまった。
(俺が使ってる力が隠なのでは…)
本当にくだらない最後だ。
目の前に迫る狼を俺は最後に見ていた。
死を覚悟するように俺は左腕を伸ばす。
それが俺の最後に見た光景だった。
何とか書けました!
因みに富士山編はここで終わりにします。
神刀君の身に何が起きたのか乞うご期待!
とりあえず定型として…
ここまで読んでいただきありがとうございました!
少し最初のあたりが雑なので恐らくそのうち手を加えると思います。
また読んでいただけたなら幸いです。




