第1話「教えてくれた人」
『着ぐるみモンスター』 コヨーテライダー編
第1話「教えてくれた人」
放課後の図書館は、校舎の中とは違う静けさに包まれていた。
本のページをめくる音や、鉛筆が紙をこする音が、離れた席からでも聞こえてくる。窓から差し込む光の中で、則人と悟は肩を寄せ合い、棚から持ってきた図鑑を広げていた。
「見て、これ。顔、変じゃない?」
悟が声を潜めて指さしたのは、コウモリの写真だった。
大きな耳が顔の両側に立ち、鼻の周りには細かなひだがある。写真が大きいせいか、こちらをじっと見つめているようにも見えた。
「変っていうか、ネズミみたい」
「耳はウサギっぽくない?」
「でも、鼻は違うよ」
二人で顔を近づけて眺めてから、則人が次のページをめくった。今度は翼を大きく広げ、空を飛んでいる姿が載っている。
顔だけ見ていた時には、小さな動物に見えた。それが飛んでいると、急に別の生き物のようだった。
「コウモリって、鳥なのかな」
則人が尋ねると、悟は首を傾げた。
「鳥じゃないんじゃない? さっき、ネズミみたいだったし」
「でも、飛んでるよ」
「飛ぶネズミかもしれないじゃん」
「そんなの、いる?」
「ここにいる」
写真を指で示されて、則人は一度口を閉じた。そう言われると、飛んでいるネズミにも見えてしまう。
ページの端を持ったまま、顔の写真と飛んでいる写真を何度か見比べる。そこで、則人は映画で見た生き物を思い出した。
「……恐竜だったりして」
「え?」
「空を飛ぶ恐竜の生き残り」
悟の視線が、則人の顔から図鑑へ戻る。
「ああ。映画に出てた、ああいうやつ?」
「そう。羽がこんな感じだったよ。鳥みたいに、羽根がいっぱい生えてるんじゃなくてさ」
「ばさって広げるやつだろ」
「うん。小さくなって、生き残ったのかもしれない」
「ちっちゃくなりすぎじゃない?」
「だから、誰も恐竜だと思わなかったんだよ」
則人が説明すると、悟も少し真剣な顔で写真を見直した。細くとがった翼の先から、頭の辺りへ指を滑らせる。
「でも、映画のは、もっと口が長かったよ」
「短くなったんじゃない?」
「何でも変わっちゃうじゃん」
「ずっと昔から生きてたら、ちょっとくらい変わるでしょ」
「ちょっとじゃないって!」
悟の声が、机の向こうまで響いた。
斜め向かいで、鉛筆の音が止まる。
「ごめん。もう少し、小さな声で話してくれるかな」
二人は揃って顔を上げた。
声を掛けてきたのは、眼鏡をかけた青年だった。問題集の横には書き込みのあるノートが開かれ、その傍らに、付箋を何枚も挟んだ参考書が重ねられている。
青年は怒鳴ったわけではなかった。それでも、周囲の人がみんな黙って本やノートに向かっていることに気づいて、則人は首をすくめた。
「ごめんなさい」
「すみません」
悟も小さく頭を下げる。
「うん」
青年はそれ以上何も言わず、問題集へ向き直ろうとした。則人も慌てて図鑑へ目を落としたが、すぐにもう一度、小さな声が掛かった。
「……コウモリの話をしてたの?」
顔を上げると、青年は二人の間に広がる写真を見ていた。
則人は悟と顔を見合わせてから、今度は声の大きさを確かめるように答えた。
「うん。鳥なのか、動物なのか、分かんなくて」
「なるほど。鳥も動物だよ。その中で、どの仲間に入るかってことだね」
「鳥も?」
「そう。犬も、鳥も、虫も動物。その中を、体のつくりなんかで、もっと細かく分けてるんだ」
則人は写真の下へ目を移した。説明が何行も並んでいる。さっきまでは顔と翼にばかり気を取られ、そこをほとんど読んでいなかった。
青年が少し身を乗り出す。悟が図鑑の向きを変えると、「ありがとう」と言って、説明の一か所を指さした。
「コウモリは、ここ。哺乳類って書いてあるね」
「ほにゅうるい?」
「赤ちゃんが、お母さんのお乳を飲んで育つ仲間だよ。人間もそうだし、犬や猫もそう」
悟が指の先を覗き込み、文字を目で追った。
「あ、本当だ。赤ちゃんのことも書いてある」
「じゃあ、やっぱりネズミなの?」
則人が尋ねると、青年は首を横に振った。
「ネズミも哺乳類だけど、コウモリとは別の仲間なんだ。大きく分けた時には一緒でも、もっと細かく分けると違うんだよ」
「ああ。犬と猫も、同じ哺乳類だけど違うもんね」
「そういうこと」
青年が頷くと、悟は少し嬉しそうに則人を見た。
則人も頷き返したが、まだ気になることが残っていた。もう一度翼の写真を見てから、おそるおそる尋ねる。
「じゃあ、恐竜の生き残りじゃないの?」
「映画に出てきたのは、たぶん翼竜のことかな。大きな翼があって、空を飛んでる」
「そう、それ。羽が似てたんだ」
「薄い膜みたいな翼だから、鳥よりコウモリに似て見えたんだね」
青年はすぐに否定せず、則人が指さした翼を見た。それから、二人の顔へ目を戻す。
「でも、翼竜とコウモリは別の仲間だよ。翼竜は爬虫類の仲間で、恐竜とも分けられているんだ」
悟が目を丸くした。
「恐竜じゃないの? 恐竜の映画に出てたのに」
「一緒に出てくるから、そう思うよね。同じ時代に生きていても、同じ仲間とは限らないんだ」
「……思ってたのと、違うのばっかりだ」
則人がこぼすと、青年の口元が緩んだ。
「調べると、そういうこともあるよ。でも、翼が似ているって気づいたのは、いいところを見てたと思う」
「そうなの?」
「うん。どこが似ていて、どこが違うのか。見比べると、写真からも分かることがあるから」
注意された時には、青年の顔をきちんと見られなかった。今は、もう少し聞いてみてもよさそうだと思えた。
◇
青年は、二人が最初に見ていた顔の写真へページを戻した。
「例えば、この辺。毛が生えてるの、見える?」
「ほっぺた?」
「そこ。それから、体のところにも」
悟の指の横へ、則人も指を置いた。翼は薄くつるりとしているのに、顔から体にかけては、細い毛がふわふわと生えている。
「本当だ。こっちは、もさもさしてる」
「飛んでる写真だと、あんまり分かんなかったな」
「写真によって、よく見えるところが違うからね。説明と一緒に見ると、気づくことが増えるよ」
則人は、さっき読み飛ばした文字へ目を向けた。知らない言葉で止まると、悟が先ほど聞いた読み方を小声で教えてくれる。
今度は悟が説明を読みながら、写真のどこを見ればいいのか迷った。則人がページの端にある小さな図を指さすと、悟も「あ、こっちか」と頷いた。
青年は急かさず、二人が顔を上げるまで待っていた。
「でも、コウモリは飛べるんだよね」
則人が改めて聞いた。
「うん。哺乳類だけど、自分で翼を動かして飛べるんだ」
「飛ぶから鳥、じゃないのか」
「そうだね。それだけで決めると、チョウも鳥になっちゃう」
悟が口を開きかけ、慌てて声を落とした。
「あ、そっか。チョウも飛ぶ」
「トンボもだ」
「それに、飛べない鳥もいるもんね」
則人は何度も頷いた。言われてみれば知っていることなのに、さっきはコウモリの写真だけを見て、どちらが正しいか決めようとしていた。
今度は、翼の中を走る何本もの線が気になった。写真をよく見ると、ただの模様ではないようだった。
「この線は?」
「骨だよ。コウモリの翼は、腕と、長く伸びた指が支えてるんだ」
「指?」
悟が自分の手を開いた。則人もつられて机の上へ手を置き、五本の指を広げてみる。
「これが、あんなに長くなるの?」
「コウモリの体ではね」
青年も自分の手を開いて見せ、写真のどこが腕や指に当たるのか、ゆっくり指でたどった。二人は自分の手を見たり、図鑑へ目を戻したりしながら、その動きを追いかける。
「ちょっと、傘みたい」
則人が言うと、青年はもう一度写真を見た。
「なるほど。骨が膜を支えているところが、似て見えるね」
「こっちが傘の骨で、こっちが布みたいなところ?」
「うん。形を見比べるなら、そんな感じ」
則人は机の上で指を伸ばした。隣では悟も同じことをしている。
「それ、やったって飛べないよ」
「分かってるよ」
則人が返すと、悟の肩が揺れた。二人とも今度は口を閉じたまま笑い、青年もつられるように目を細める。
机の上に置いた手は、いつもの手のままだった。それでも写真の翼を見た時、さっきまでは気づかなかった長い指の形が、もう見つけられた。
◇
「お兄さんって、大学でこういうの勉強してるの?」
則人が尋ねると、青年は一度、自分の問題集へ目を向けた。
「いや。まだ大学には入ってないんだ」
「これから?」
「うん。高校は出たんだけど、もう一度受験するために勉強してる」
則人は、机に重ねられた参考書を見た。
開いているページには、学校の教科書よりずっと細かな文字が並んでいる。ノートにも式や数字が書き込まれ、ところどころに赤い印がついていた。
「どこの大学に行くの?」
「行きたいのは、T大」
「名前、聞いたことある」
悟が言うと、青年は軽く頷いた。
「そこで、生き物のことを勉強するの?」
「そう。理学部で、生物学を勉強したいんだ」
「生き物が好きなの?」
今度は、青年の目は問題集へ戻らなかった。
「うん。調べると、思ってたのと違うことが分かるだろう。さっきのコウモリみたいに」
「鳥だと思ってたら、違ったとか?」
「そう。それで、どうして違うんだろうって調べると、また面白いことが見つかる」
青年の指が、図鑑の端へそっと触れた。則人も同じページを見つめる。
写真そのものは何も変わっていない。けれど今は、翼の中に指が見えるし、毛が生えている場所も分かる。赤ちゃんの育ち方を知りたければ、どこを読めばいいかも分かった。
「名前を覚えるだけじゃないんだね」
悟が言った。
「名前も、調べる時には役に立つよ。でも、それで終わりじゃないからね」
「じゃあ、いっぱいあるね。調べること」
「あるね。分かったと思ったら、また分からないことが出てくるし」
「終わんないじゃん」
則人が言うと、青年は小さく笑った。
「そうだね」
その顔は、困っているようには見えなかった。分からないことが増えるのも、この人には楽しいことらしい。
則人は別の写真へ目を移した。そこにも聞いてみたいことを見つけ、指を伸ばす。青年もその先を覗き込もうとしたが、途中で壁の時計が視界に入ったらしく、動きを止めた。
「……そろそろ、僕も勉強に戻るね」
「あ、ごめんなさい。いっぱい聞いちゃった」
「ううん。続きは、二人で読んでみて」
図鑑から青年の手が離れる。則人と悟は姿勢を戻し、揃って頭を下げた。
「ありがとう」
「分かりやすかった」
「それなら、よかった」
青年は頷いてから、人差し指を口元へ近づけた。
「続きは、小さい声でね」
二人も声を出さずに頷いた。
青年が問題集へ向き直ると、机の向こうで再び鉛筆の音が聞こえ始める。則人も図鑑へ戻り、さっき聞こうとしたことが説明に書かれていないか探した。
少しして顔を上げると、青年の鉛筆は止まっていた。
ノートの端と壁の時計を見比べ、眼鏡の位置を直している。先ほどまで緩んでいた口元が結ばれ、問題集が体の近くへ引き寄せられた。
小さなため息が聞こえた気がした。
則人には、青年のノートに何が書いてあるのかまでは分からない。ただ、今はもう、声を掛けない方がよさそうだった。
図鑑を悟の方へ少し寄せる。
「こっち、読んでみよう」
悟が頷き、二人で同じ行を目で追った。
◇
それからもしばらく、二人は図鑑を読んでいた。
写真だけを見て次のページへ行きそうになると、どちらかが説明を指さす。知らない言葉が出てくれば、さっきのページにも書いていなかったか探してみた。
すぐに分かることばかりではなかった。それでも、則人が見つけたところを悟が読み、悟が気づいたところを則人が覗き込んでいると、ページをめくる手はなかなか進まなかった。
やがて悟が時計を見て、則人の袖を軽く引いた。
「そろそろ、行こう」
則人も頷いて図鑑を閉じた。
本を片づけ、机に忘れ物がないか確かめる。椅子を戻す時には、床をこすって音を立てないよう、少しだけ持ち上げた。
青年はまだノートに向かっていたので、二人は大きな声で呼ばなかった。近くを通る際にそっと頭を下げると、人の動きに気づいた青年が顔を上げた。
則人が手を小さく振る。
青年も、二人を見て頷いてくれた。
図書館の入口を抜けたところで、悟が大きく息を吐いた。則人もランドセルを背負い直し、肩ひもを握って隣を歩き始める。
「詳しかったね、さっきのお兄さん」
「うん。指が翼になるんだって」
悟が片手を広げてみせたので、則人は笑った。
「それ、やったって飛べないよ」
「分かってるって」
図書館の中と同じやり取りだったけれど、今度は二人とも声を出して笑えた。
則人は一度、建物を振り返った。
注意された時には、目を合わせるのも気まずかった。けれど今は、また会えたら、今日の続きを少し聞いてみたいと思う。その時には、先に自分たちで図鑑を読んでおいた方が、もっといろいろ話せるかもしれない。
「ゴンさんにも教えようかな」
「コウモリのこと?」
「うん。それと、映画の空を飛ぶやつ」
「翼竜だろ」
「そう。恐竜とは違うんだって」
「ゴンさん、知ってるかもしれないよ」
則人は少し考えた。
「じゃあ、知ってるか聞いてみる」
「問題にするんだ」
「教えてもらったからね」
二人は並んで歩き出した。
ゴンさんに話したいのは、コウモリのことだけではなかった。声が大きくなって注意されたことも、そのあと眼鏡のお兄さんが一緒に図鑑を見てくれたことも、聞いてもらいたい。
注意されたところを抜かして話したら、きっと悟に言われる。則人がそんなことを考えていると、隣から先に声が掛かった。
「ゴンさんにも、騒ぐなって言われたりして」
「図書館じゃないから、大丈夫でしょ」
「声、大きくなってたもんな」
「悟もね」
互いに相手を指さしかけて、また笑った。
店に着いたら、何から話そう。翼の中に指があることか、飛ぶものが全部鳥ではないことか。
迷った末、則人は、やっぱり最初から話すことにした。
「今日ね、図書館でさ」
まだ隣には悟しかいないのに、話し出す時の言葉が口からこぼれる。
「うん。ぼくもいた」
「ゴンさんに話す時のだよ」
則人は笑って、前へ向き直った。
早く着かないかな、と思った。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




