勇気を着る
勇気を着る
「……怖い」
則人は、小さく呟いた。
目の前では炎が大きく揺れている。その向こうにいるのは、さっきまで公園で一緒に話していた男だ。
走り方を教えてくれた。
痛いときは無理をするなと教えてくれた。
子供が転んだときには、誰よりも心配そうな顔をしていた。
悪い人じゃない。
人を傷つけたいわけでもない。
それは分かっている。
でも。
怖いものは怖い。
「則ちゃん!」
少し離れたところから、美緒が叫んだ。
「もう戻ってきなよ!」
「熱いって! 危ないよ!」
悟も声を上げている。
「うん……」
則人は返事をした。
でも、戻らなかった。
炎の向こうを見る。
「お兄さん……」
もっと話したい。
さっき聞いた。
『見てもらって、どうするの?』
男は答えられなかった。
きっと、まだ話せる。
話せば何か分かる。
でも、足が動かない。
「…………」
則人は自分の足を見る。
少し震えている。
「勇気……足りないのかな」
ぽつりと呟く。
そして。
「あ」
顔を上げた。
「じゃあ、入れればいいんだ」
「え?」
美緒が遠くから首を傾げる。
「則ちゃん、何言ってるの?」
則人は怪人を見る。
「お兄さん!」
「……何だ」
「ちょっと待ってね」
「……は?」
男が炎の向こうで固まった。
◇
今日のお着替えも内田則人君。
お着替え上手かな~♪
――一瞬。
「お待たせ」
「…………」
男は何も言えなかった。
美緒も。
悟も。
数秒、黙っていた。
「早っ!」
最初に声を上げたのは美緒だった。
「何で今着替えたの!?」
悟も目を丸くしている。
則人は自分の服を見る。
「勇気入れた」
「どこに!?」
「ここ」
則人が服を指さす。
「服に!?」
「うん」
美緒が則人を見る。
「それ、火に強い服なの?」
「ううん」
「違うの!?」
悟まで声を上げた。
「じゃあ何で着替えたんだよ!」
「怖いから」
「…………」
美緒と悟が黙る。
則人は炎を見る。
「怖いけど、お兄さんと話したいから」
そして、自分の服をもう一度見る。
「だから勇気入れた」
美緒はしばらく則人を見ていた。
「……よく分かんない」
「ぼくも!」
「自分でも分かんないの!?」
「でも、さっきより行けそう」
「それでいいの!?」
「うん!」
則人は大きくうなずいた。
着替えたからといって、炎が消えるわけではない。
熱くなくなるわけでもない。
怖くなくなるわけでもない。
それでも。
自分で「行く」と決めるために。
今の則人には、それで十分だった。
◇
炎へ向き直る。
「よし」
一歩。
熱い。
「…………」
足が止まりそうになる。
やっぱり怖い。
でも。
則人は自分の服を見る。
「勇気、入れたもん」
もう一歩。
「来るな!」
男が叫んだ。
則人が止まる。
「危ないぞ!」
怒っている声ではなかった。
本気で心配している。
「熱いんだぞ! 来るな!」
「知ってる!」
「だったら戻れ!」
「やだ!」
「何でだよ!」
「話したいから!」
則人はまた一歩進む。
「俺はお前を傷つけたいわけじゃない!」
「知ってるよ!」
「だったら――」
「だから話すの!」
「…………!」
男が黙った。
「お兄さん、ぼくのこと心配してるんでしょ?」
「当たり前だろ!」
「じゃあ悪い人じゃないじゃん」
「そういう話じゃ――」
「ぼくにはそういう話なの!」
則人はゆっくり進む。
まだ熱い。
まだ怖い。
それでも。
さっきより少しだけ、男の顔が近くなった。
◇
「お兄さん」
「……何だよ」
「みんなに見てもらいたいの?」
「…………」
「さっき、そう言ってたよね」
男は周囲を見る。
もう多くの人が離れている。
遠くからこちらを見ている人。
スマートフォンを向けている人。
逃げてしまった人。
「……みんな行っちまう」
男が呟いた。
「ぼくはいるよ」
「…………」
男が則人を見る。
「ぼく、お兄さん見てるよ」
一瞬。
男の表情が変わった。
嬉しそうに。
でも、すぐに首を振る。
「一人じゃ足りない」
「何で?」
「昔は……もっといた」
男の声が震える。
「もっと大勢が俺を見てた」
「…………」
「競技場に行けば名前を呼ばれた。新聞にも載った。カメラも向けられた」
男は炎の向こうで拳を握る。
「みんな、俺が次に何をするか見てたんだ」
「うん」
「日本代表になるって」
「うん」
「オリンピックに行くって」
「うん」
「みんな期待してた!」
「うん」
則人は否定しない。
男が少し戸惑う。
「……何だよ」
「何が?」
「お前……何で否定しないんだよ」
「何を?」
「昔のことばっかり言うな、とか……忘れろ、とか」
「何で?」
則人は首を傾げた。
「だって、すごかったんでしょ?」
「…………」
「動画も見たよ。すっごく速かった」
「…………」
「オリンピック行きそうだったんでしょ?」
「……ああ」
「じゃあ、すごいじゃん」
男が黙る。
則人は、昔の男を否定しなかった。
忘れろとも言わない。
大したことじゃないとも言わない。
あの頃の男が頑張ったことも、期待されたことも。
全部、その男自身のものだ。
「でもさ」
則人が続ける。
「それ、昔のお兄さんだよね」
「……何?」
「ぼくが知ってるお兄さん、走るの教えてくれるお兄さんだよ」
「…………」
「腕はこうやって振るって教えてくれた」
則人が腕を前後に振る。
「力入れすぎるなって」
「…………」
「痛かったら休めって」
男が則人を見る。
「ちょっと教えてもらったら、ぼく走りやすくなったよ」
「そんなの……」
「うん?」
「そんなの、オリンピックと比べたら……!」
「何で比べるの?」
「……え?」
男の言葉が止まった。
「何で?」
則人は本当に分かっていない。
「昔速かったのと、今ぼくに教えてくれるのって、違うことでしょ?」
「…………」
「何で比べるの?」
「それは……」
男は答えられない。
ずっと比べてきた。
昔の自分と。
今の自分を。
誰かに言われたからだけではない。
自分自身が、一番比べていた。
「昔速かったのもお兄さんでしょ?」
「ああ」
「今、走るの教えてくれるのもお兄さんでしょ?」
「…………」
「じゃあ、どっちもお兄さんじゃん」
「…………」
炎が揺れた。
ほんの少し。
小さくなる。
◇
「あ」
遠くで悟が気づいた。
「美緒ちゃん」
「何?」
「火、ちょっと小さくなってない?」
「え?」
二人が炎を見る。
「……ほんとだ」
美緒が呟く。
「則ちゃん……」
今度は、大声を出さなかった。
二人とも。
炎の向こうへ進んでいく則人を、黙って見つめていた。
◇
則人は、また一歩進んだ。
さっきより、少しだけ熱くない。
「お兄さん」
「…………」
「昔のお兄さんがすごかったのは分かったよ」
「…………」
「でも」
則人は男を見る。
「今のお兄さんは、何したいの?」
「…………」
「みんなに見てもらって」
男は何も言わない。
「それで何したいの?」
男は答えようとする。
「俺は……」
見てほしい。
それは分かっている。
もう一度。
昔のように。
大勢から。
でも。
見てもらったあと。
自分は何をしたい?
「俺は……」
言葉が出ない。
みんなに見られれば、昔に戻れると思っていた。
すごいと言われれば、失ったものが戻ってくるような気がしていた。
でも。
実際に大勢から見られて。
スマートフォンを向けられて。
声を上げられて。
それでも。
何かが満たされたわけではなかった。
むしろ。
人が離れ始めた途端、怖くなった。
もっと見てほしくなった。
炎を大きくして。
さらに人を怖がらせた。
「…………」
則人は待った。
急かさない。
男も黙っている。
炎だけが、ゆらゆらと揺れていた。
やがて。
「……分からない」
男が言った。
小さな声だった。
「分からないんだ」
炎が、また少し小さくなった。
「俺……何したかったんだろうな」
則人は男を見る。
そして。
「じゃあ」
少し笑った。
「一緒に考えようよ」
「…………」
男が顔を上げる。
炎の向こうで。
則人はまだ立っていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




