みんな見てる
みんな見てる
「……何だろ?」
則人は足を止めた。
夕方の空の下、遠くに炎のような光が見える。それだけではない。何人もの人が、同じ方向を見ながら騒いでいた。
さっき別れた男が歩いていったのも、あちらだった。
「ちょっとだけ……」
則人は騒ぎの方へ向かった。
もう帰らなければならない時間だ。本当に少し見るだけ。そう思っていた。
けれど、近づくほど人が増えていく。
「何あれ?」
「鳥?」
「着ぐるみじゃない?」
「でも燃えてるぞ」
あちこちから声が聞こえる。
則人は人の間から向こうを覗こうとした。
「見えない……」
背伸びをしても、人の背中しか見えない。少し横へ移動し、ようやく人だかりの隙間を見つけた。
「あ……」
白い姿が見えた。
鳩のような着ぐるみ。
大きな翼。
身体には枝や葉を思わせる意匠があり、聖火台のような部分では本物らしい炎が燃えている。
「怪人……?」
則人は目を凝らした。
そこで、もう一つ気づく。
着ぐるみの中から、人間の顔が見えている。
「……あれ?」
見覚えがあった。
いや。
ついさっきまで見ていた顔に似ている。
「お兄さん……?」
思わず呟いた。
でも、すぐには信じられなかった。
さっきまで普通に話していた男が、なぜ鳩の着ぐるみを着て、炎まで出しているのか。
それに。
怪人は誰かを襲っているわけでも、物を壊しているわけでもない。
ただ、周りに集まった人たちを見回している。
しかも。
どこか嬉しそうだった。
◇
「何!? 何の騒ぎ!?」
後ろから大きな声が聞こえた。
「ちょっと、見えないんだけど!」
美緒だった。
その隣には悟もいる。
二人とも人だかりの後ろから必死に背伸びしていた。
「美緒ちゃん!」
「あ、則ちゃん!」
美緒が則人を見つける。
「何これ!? 何かいるんでしょ?」
「いるよ」
「何!?」
「鳩みたいな怪人」
「鳩!?」
美緒がさらに背伸びする。
「見えない!」
「こっちから見えるよ」
三人で少し横へ移動する。
ようやく美緒と悟にも白い怪人が見えた。
「うわっ!」
悟が目を丸くする。
「でっか!」
「何あれ!?」
美緒も声を上げた。
「鳩!? 鳩なの!?」
「頭のとこ燃えてる!」
悟が指さす。
「え、あれ本物の火!?」
「本物っぽい!」
「すごっ!」
美緒が怪人を見上げた。
「何かのイベントかな?」
「イベントならもっと近くで見たい!」
悟もすっかり興味を持っている。
「行こうよ!」
「ちょっと待って」
則人だけは怪人の顔を見ていた。
「どうしたの、則ちゃん?」
「あの人……」
「知ってるの?」
「たぶん……」
則人が答えようとした、そのときだった。
怪人が大きく翼を広げた。
「うわあ!」
悟が声を上げる。
「でっか!」
「翼広げた!」
美緒も興奮する。
周囲からも、
「すごい!」
「見て見て!」
と声が上がり、スマートフォンが一斉に怪人へ向けられた。
その声が怪人にも届いた。
「…………」
怪人がこちらを見る。
そして、もう一度。
さっきよりも大きく翼を広げた。
「またやった!」
美緒が笑う。
「飛べるのかな!?」
悟も楽しそうに見上げる。
周囲から歓声が上がった。
その瞬間。
聖火台の炎が、少し大きくなった。
◇
「見てる……」
怪人が呟いた。
「みんな……俺を見てる」
スマートフォン。
視線。
驚く声。
すべてが自分へ向いている。
怪人は少し高い場所へ上がった。
「おお!」
また歓声が上がる。
怪人の胸の奥が熱くなる。
昔。
競技場に立ったとき。
自分の名前が呼ばれた。
走れば、みんなが見ていた。
結果を出せば、もっと見てくれた。
あの感覚が戻ってきた。
「そうだ……」
怪人が翼を広げる。
「もっと見ろ!」
炎が大きくなる。
周囲が沸く。
「うわ、すげえ!」
悟が声を上げる。
「ほんとに燃えてる!」
「もっと近く行ってみようよ!」
美緒が前へ出ようとする。
「美緒ちゃん、ちょっと待って」
則人が止めた。
「何で?」
「何か……変だよ」
「変?」
則人は怪人を見つめる。
人を襲わない。
暴れない。
でも、とにかく周囲を見ている。
誰かが声を上げれば、そちらを見る。
スマートフォンが向けられれば、さらに大きく翼を広げる。
「この人……見てもらいたいのかな」
「え?」
「ううん」
則人はもう一度、怪人の顔を見る。
やっぱり似ている。
あのお兄さんに。
◇
最初は、みんな面白がっていた。
でも、いつまでも見ているわけではない。
「動画撮れたし、もう行こう」
「うん」
一組が人だかりから離れる。
別の人も、
「そろそろ帰らないと」
と歩き出した。
「…………」
怪人が気づいた。
人が減っている。
さっきまで自分へ向いていた視線が、一つ、また一つと離れていく。
「待て」
小さな声。
誰も止まらない。
「待ってくれ」
怪人の炎が揺れる。
「まだ行くな!」
大きく翼を広げた。
炎が一気に強くなる。
「うわっ!」
人々が驚いて振り返った。
「…………!」
怪人の表情が明るくなる。
また。
見ている。
「そうだ」
翼をさらに広げる。
「もっと見ろ!」
炎が強くなる。
怪人は高い場所へ飛び乗った。
「見ろ!」
空へ向かって炎が上がる。
人々が再びスマートフォンを向けた。
また視線が集まる。
また声が上がる。
怪人は、それが嬉しくてたまらなかった。
だから。
もっと。
もっと大きく。
もっと派手に。
自分を見てもらおうとした。
◇
「うわ、すげ……」
悟が言いかけて、途中で止まった。
「……熱っ!」
炎がさっきより明らかに大きい。
熱気が三人のいるところまで届いた。
「ちょっと待って!」
美緒も一歩下がる。
「これ、本当にイベント!?」
「知らないよ!」
悟も慌てて下がった。
「これマジで危なくない!?」
「うん、危ない!」
近くの旗が大きく揺れ、炎の熱を受けている。
周囲の空気も変わった。
「危ないぞ!」
「離れろ!」
「下がって!」
さっきまで、
「すごい」
「面白い」
と言っていた人たちが、今は怪人から離れようとしている。
「…………」
怪人がそれを見る。
「待て」
人々は下がる。
「待ってくれ!」
さらに炎が大きくなる。
「俺は……!」
怪人自身も焦っていた。
違う。
怖がらせたいわけではない。
逃げてほしいわけでもない。
「行かないでくれ!」
でも、炎は感情に合わせるように強くなる。
人々はさらに逃げる。
「違う!」
怪人が叫ぶ。
「俺は、そんなつもりじゃ……!」
そのとき。
「うわっ!」
一人の子供が転んだ。
「危ない!」
則人が走る。
「大丈夫?」
「う、うん……」
膝を少し擦っただけだった。
近くの大人が駆け寄ってくる。
「ありがとうございます!」
則人は子供をその人に任せた。
「則ちゃん!」
美緒が叫ぶ。
「危ないよ!」
「早くこっち来いよ!」
悟も大声で呼んでいる。
でも。
則人は怪人を見ていた。
怪人も、転んだ子供を見ている。
さっきまでの嬉しそうな表情が消えていた。
「違う……」
怪人が呟く。
「俺は、傷つけたいんじゃない……」
則人には、その顔がはっきり見えた。
やっぱり。
間違いない気がする。
◇
「待ってくれ!」
怪人が、離れていく人々へ叫んだ。
「行かないでくれ!」
そして。
「俺を見てくれ!」
「……!」
則人の表情が変わった。
顔。
そして、この声。
もう間違えようがなかった。
「やっぱり……お兄さんだ!」
怪人が止まった。
炎が揺れる。
「お兄さん!」
怪人が則人を見る。
「……何で」
「え?」
「何で分かった?」
「最初、顔見て似てるなって思った」
則人が答える。
「でも、こんな格好してるから分かんなくて」
「…………」
「でも声聞いたら分かった。やっぱりお兄さんだ」
「……そうか」
「何でそんな格好してるの?」
「俺だって……分からない」
怪人が自分の身体を見る。
白い身体。
大きな翼。
身体を飾る枝や葉。
燃え上がる炎。
「気づいたら……こうなってた」
「…………」
「でも」
怪人が顔を上げる。
まだ残っている人たちを見る。
「これなら……みんな俺を見る」
「…………」
「昔の俺じゃない」
怪人の声が強くなる。
「今の俺を見てる!」
炎が揺れた。
◇
則人は怪人を見る。
「見てもらって、どうするの?」
「……え?」
「みんな見てるよ」
「…………」
「それで、お兄さん何したいの?」
怪人が黙る。
「何って……」
答えが出ない。
「俺は……」
そのとき。
また何人かが、その場から離れていく。
「……!」
怪人がそちらを見る。
「待て!」
則人との会話よりも、離れていく人たちへ意識が向く。
「まだ行くな!」
炎が一気に強くなった。
「お兄さん!」
則人が叫ぶ。
熱気が押し寄せる。
「熱っ!」
思わず一歩下がった。
「則ちゃん!」
美緒の声が飛んでくる。
「もう戻ってきて!」
「危ないって!」
悟も叫んでいる。
「うん……」
則人は返事をした。
でも。
怪人から目を離さない。
炎が怪人の周囲で大きく揺れている。
則人は足を止めた。
怖い。
熱い。
あそこにいるのが、さっきまで話していたお兄さんだということは分かった。
人を傷つけたいわけではないことも分かっている。
だからこそ。
もっと話したかった。
どうしてそんなに見てもらいたいのか。
見てもらった先に何があるのか。
本人だって分かっていないように見えた。
でも。
炎は怖い。
近づけない。
「お兄さん……」
則人は拳を握った。
話したい。
もっと話せば、何か分かる気がする。
でも。
一歩が出ない。
「俺を見てくれ!」
怪人の叫びとともに、炎が夕方の空へ高く上がった。
則人は、その炎を見上げる。
そして。
自分の震える足を見た。
「……怖い」
小さく、正直に呟いた。
怖くないふりをしても。
怖いものは怖い。
それでも。
もう一度、炎の向こうにいる男を見る。
「でも……話さなきゃ」
則人は、ぎゅっと拳を握った。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




