平和の象徴
平和の象徴
昼休み。
男は弁当を持って、職場近くの公園へ来ていた。
天気がいい日に外で食べること自体は珍しくない。ただ、今日は少しだけ理由が違った。
『昔、オリンピック候補だったって本当なんですか?』
『すごいじゃないですか!』
『何で今ここにいるんです?』
最近、職場でそんなことを聞かれるようになった。
悪意がないことは分かっている。むしろ褒めてくれているのだろう。昔の自分を知って驚き、純粋にすごいと思ってくれている。
だから、怒ることもできない。
ただ。
何度も同じことを聞かれていると、少し疲れる。
「……今日は静かに食べたいな」
男は空いているベンチへ座り、弁当を開いた。
少し離れたところには何羽かの鳩がいる。
「またいるな」
最近、妙に目につく。
別に珍しい鳥でもない。街中にも公園にもいる。それなのに、このところ何度も鳩を見ている気がした。
男が弁当を食べ始めても、鳩は近づいてこない。地面を歩きながら、それぞれ何かを探している。
男も特に気にせず食べ続けた。
そのときだった。
「あ」
箸から小さなおかずが、ぽとっと足元へ落ちた。
男が拾おうとする。
その前に、一羽の鳩がやってきた。
「あっ」
鳩は落ちたおかずをついばみ、あっという間に食べてしまった。
「早いな、お前」
男は思わず笑った。
すると、それを見ていたらしい別の鳩まで近づいてくる。一羽、もう一羽。何かもらえると思ったのか、男の足元をうろうろし始めた。
「いや、もうないよ」
男が手を振る。
もちろん鳩には通じない。
「ないって」
男が笑っていた、そのときだった。
「すみません」
「はい?」
「鳩に餌をあげないでください」
「え?」
男は鳩と、声をかけてきた相手を交互に見る。
「いや、あげてないです。弁当のおかずを落としちゃって、それを勝手に食べただけで」
「あ、そうだったんですか。すみません」
相手も男を責めるつもりはなかったらしい。
「最近、餌をあげる人が多いものですから」
「そうなんですか」
「増えると周りにも迷惑がかかるので。ここ、餌やり禁止なんです」
そう言って、近くを指さす。
男もそちらを見た。
『ハトにエサを与えないでください』
看板には、糞害などで周辺の迷惑になるという説明も書かれている。
「……ああ」
「失礼しました」
「いえ」
相手が去っていく。
男はしばらく看板を見てから、自分の足元にいる鳩へ視線を戻した。
「お前ら、餌もらっちゃ駄目なんだってさ。俺はあげてないけどな」
一羽が首を傾けたように見えた。
「そんな顔してもないよ」
男は弁当に戻った。
けれど、何となく看板の文字が気になった。
◇
子供の頃。
公園や寺で、鳩に餌をやっている人をよく見た。
餌を撒けば、たくさんの鳩が集まってくる。子供たちは喜び、手の上から食べさせようとする子もいた。
鳩に囲まれて笑っている人がいて、それを見ている大人たちも笑っていた。
動物に優しくする。
生き物をかわいがる。
少なくとも男の記憶の中では、鳩に餌をやることは、むしろ良いこととして見られていた。
「……昔はさ」
男は弁当を食べながら、近くの鳩へ話しかけた。
「お前らに餌やるのって、いいことだったよな。動物に優しくしましょう、とかさ」
鳩は何も知らず、地面をついばんでいる。
「平和の象徴なんて言われて……大事にされてたのにな」
男はもう一度、看板を見る。
『ハトにエサを与えないでください』
『周辺の迷惑になります』
男の笑みが消えた。
「それが今じゃ……害鳥か」
鳩を見る。
「空飛ぶネズミ、なんて呼ばれてるんだもんな」
目の前の鳩は何も答えない。
昔と違う鳩になったわけでもない。
ただ地面を歩き、餌になるものを探しているだけだ。
「すごい落ち方だな。昔は平和の象徴。今は害鳥」
言葉にすると、思っていた以上に真逆だった。
「……勝手なもんだな」
誰が。
何が。
とは言わなかった。
男は黙って鳩を見る。
その頭の中に、なぜかいくつもの言葉が浮かんだ。
『期待の新星』
『地元の星』
『将来の代表候補』
昔。
自分へ向けられていた言葉。
そして今。
『本当に惜しかったよな』
『もったいないなあ』
『何で今ここにいるんです?』
「…………」
男は弁当へ視線を戻した。
何も言わず、箸を動かす。
けれど、さっきまでより少しだけ、味が分からなくなっていた。
◇
食べ終わる頃、公園の向こうから子供たちの声が聞こえた。
「よーい、ドン!」
男が顔を上げる。
何人かの子供が走っている。
則人たちではない。ただ遊んでいるだけだろう。
一人が走る。
身体が大きく左右に揺れている。
「もう少し腕を……」
男は小さく言いかけて、止めた。
別の子が転ぶ。
「痛っ!」
友達が集まる。
転んだ子は膝を確認すると、
「もう一回!」
すぐに立ち上がり、また走り始めた。
男はその姿を見ていた。
『コーチになればいいじゃん!』
『教えるの上手いし』
則人の声を思い出す。
男は少しだけ笑った。
子供たちに走り方を教えた時間は、確かに楽しかった。
少し教えただけで走りやすくなったと喜ぶ。
もう一度教えてほしいと言われる。
自分にも、まだ誰かの役に立てることがあるのかもしれない。
そう思えた。
でも、その直後。
昨日見た若い選手の姿が浮かんだ。
『オリンピックです』
『絶対に出たいです』
男の笑みが消える。
自分がいたかったのは、教える側ではなかった。
走る側だった。
誰かの夢を支える側ではなく。
自分が夢を追う側だった。
子供たちへ教えることが嫌なわけではない。むしろ楽しかった。自分にもできることがあるのかもしれないとも思った。
それでも。
まだ、その気持ちだけでは過去を手放せなかった。
◇
昼休みも、そろそろ終わる。
男は弁当箱を片づけ、ベンチから立ち上がった。
鳩が数羽、まだ近くを歩いている。
「じゃあな、平和の象徴」
男は少し皮肉っぽく言った。
数歩進んでから、振り返る。
「……元、か」
鳩たちは、そんなことなど知らないというように地面を歩いていた。
男はそのまま公園の出口へ向かう。
そこで、足が止まった。
「…………?」
一人の人物が立っていた。
黒い服。
昨日、自分が遠くから見られていたことを男は知らない。当然、その人物にも見覚えはなかった。
男は少し怪訝に思いながら、その横を通り過ぎようとする。
そのとき。
黒服が手を差し出した。
「……何ですか?」
返事はない。
手には、何かがある。
男はそれを見る。
「これ……?」
黒服は差し出したまま動かない。
男は周囲を見た。
自分以外の誰かに渡そうとしている様子でもない。
「俺に?」
返事はない。
男はもう一度、差し出されたものを見る。
何なのか。
なぜ自分に渡そうとしているのか。
何も分からない。
そして。
黒服が口を開いた。
「どうぞ」
「…………」
それだけだった。
男は戸惑いながら、ゆっくりと手を伸ばした。
受け取る。
手の中にあるものを見つめる。
「何なんだ、これ……」
顔を上げる。
公園では、さっきまで地面を歩いていた鳩たちが一斉に羽ばたいた。
白い羽が重なり合い、空へ舞い上がっていく。
男はしばらく。
その姿を見上げていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




