↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
フレイムピジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/117

もう一度だけ

もう一度だけ


 休日。


 男は自宅で、特に何をするでもなくスマートフォンを眺めていた。動画を見て、ニュースを見て、少しゲームをする。飽きたら閉じる。そんなことを繰り返していたときだった。


「ん?」


 昔の競技仲間からメッセージが届いた。


『懐かしいの出てきた』


 その下には、一本の動画が添付されている。


「懐かしいの?」


 何となく開いてみる。


 画質はあまり良くない。少し昔の映像だった。陸上競技場のスタートラインに選手たちが並んでいる。


「…………」


 男の指が止まった。


 そこに、自分がいた。


 今より若い。ユニフォーム姿で、身体も細い。それでいて、今よりずっと引き締まっている。


 スタートの合図とともに、選手たちが一斉に飛び出した。


 自分も走る。


「…………」


 速い。


 自分のことなのに、そう思った。


 こんなふうに走っていた。知っているはずなのに、ずいぶん久しぶりに見た気がする。


 映像の向こうから実況が聞こえる。自分の名前が呼ばれ、「期待の若手」「将来の代表候補」といった言葉も聞こえてきた。


 やがてゴールする。


 映像の中の自分は息を切らしていた。それでも笑っている。仲間が駆け寄り、誰かが肩を叩く。周囲からいくつもの声が飛び、カメラまで向けられていた。


 男は動画を止めた。


 画面の中で、昔の自分が笑ったまま止まっている。


 あの頃は、それが当たり前だった。


 走れば誰かが見ていた。


 結果を出せば名前を呼ばれた。


 次はどこまで行くのかと期待された。


 自分自身も、もっと先へ行けると信じていた。


 男はしばらく画面を見つめてから、もう一度、再生ボタンを押した。


     ◇


 気づけば、男は外へ出ていた。


 別に何かをするつもりだったわけではない。ただ、少し身体を動かしたくなった。


 最初はゆっくりと走る。


「ふっ……ふっ……」


 呼吸を整えながら、一定の速度を保つ。


 久しぶりというほどでもない。たまに身体を動かすくらいはしている。


 でも、今日は少し違った。


 頭の中に、さっきの映像が残っている。


 若い自分。


 走っている自分。


 男は少し速度を上げた。腕を振り、脚を前へ出す。


「……まだ」


 もう少しだけ速度を上げる。


 風が顔に当たり、景色が後ろへ流れていく。


 気持ちいい。


 久しぶりだった。


 ただ走っているだけなのに、身体の奥に残っていた何かが少しずつ目を覚ましていく。


 腕の振り。


 呼吸。


 足の運び。


 意識しなくても身体が動く。


 何年経っても、覚えている。


「……まだいける」


 さらに速度を上げた。


 一瞬、本当に昔へ戻ったような気がした。


 男の口元に笑みが浮かぶ。


「まだ……!」


 そのときだった。


「っ!」


 脚に痛みが走った。


 男はすぐに速度を落とし、立ち止まった。息を整えながら脚へ手を当てる。


「…………」


 激痛ではない。倒れるほどでもない。


 それでも、走り続けるべきではないことくらい、自分が一番よく分かっている。


『痛いのに無理して走るのが、一番駄目だ』


 つい先日、子供たちへ言った自分の言葉を思い出した。


「……分かってるよ」


 男は走るのをやめ、歩き始めた。


 その横を、一人の若いランナーが駆け抜けていく。


 速い。


 当然だ。


 自分はもう現役ではない。比べること自体がおかしい。


 頭では分かっている。


 それでも男は、その背中を目で追っていた。


「分かってるって」


 誰に言ったのか。


 自分でも分からなかった。


     ◇


「お兄さん!」


 帰り道。


 聞き覚えのある声に、男が振り返った。


「……またお前か」


 則人が走ってくる。


「何してるの?」


「帰るところ」


「走ってた?」


「ちょっとな」


「じゃあ練習?」


「練習じゃないよ」


 男が歩き出すと、則人もその隣を歩く。


 数歩進んだところで、則人が男の足元を見た。


「ねえ」


「何?」


「足痛い?」


 男が止まった。


「……何で?」


「歩き方変だから」


「…………」


 よく見ている。


 男は隠すのを諦めた。


「ちょっと走りすぎた」


 すると則人が、すぐに言った。


「駄目じゃん」


「え?」


「お兄さん言ってたよ」


 則人は男の真似をするように、少し低い声を出した。


「痛いのに無理して走るのが、一番駄目だ」


「…………」


「言ったでしょ?」


 男は数秒黙ってから、吹き出した。


「言ったな」


「自分で守ってないじゃん」


「面目ない」


「めんもく?」


「ごめんなさいってこと」


「じゃあ休まなきゃ駄目だよ」


「はいはい」


「はいは一回!」


「……はい」


 則人は満足そうにうなずいた。


 男も笑った。


 教えたはずの相手から、自分の言葉をそのまま返されるとは思わなかった。


「お兄さんもちゃんと休むんだよ」


「分かったよ、先生」


「ぼく先生じゃないよ」


「知ってる」


 少しだけ、脚の痛みを忘れた。


     ◇


 しばらく歩いたところで、則人がまた聞いた。


「お兄さん、また速くなりたいの?」


「え?」


「だって走ってたんでしょ?」


「まあ」


「オリンピック行きたい?」


 男は少し笑った。


「もう無理だよ」


「何で?」


「何でって……」


 則人を見る。


 本当に分かっていない顔をしている。


「年齢もあるし。昔みたいには走れないし。それに……」


 自分の脚を見る。


「身体もな」


「じゃあ何で走ったの?」


「…………」


 男は答えようとして、止まった。


 何で自分は今日、走ったのだろう。


 昔の動画を見たから。


 懐かしくなったから。


 まだ走れるか確かめたかったから。


 どれも間違いではない。


 少し考えてから、男は答えた。


「……走りたかったからかな」


「じゃあ走ればいいじゃん」


「簡単に言うなあ」


「何で?」


「走るだけならできるよ。でもな……」


「うん」


 続きを言おうとして、言葉が止まった。


 走るだけならできる。


 誰かに勝たなくてもいい。


 大会へ出なくてもいい。


 代表にならなくてもいい。


 ただ走るだけなら。


 それでも男には、何かが違うように思えた。


 自分が欲しかったのは、本当にただ走ることだけだったのだろうか。


「まあ、大人にはいろいろあるんだよ」


「またそれ」


「また?」


「仕事も簡単に決められないって言ってた」


「……よく覚えてるな」


「うん」


 則人は笑った。


「じゃあね、お兄さん!」


「ああ」


「足、休ませてね!」


「分かったよ」


 則人が走っていく。


 男はその背中を見送りながら、思わず笑った。


「お前は走るのかよ」


     ◇


 その日の夕方。


 男は街を歩いていた。


 足はもう、それほど気にならない。無理をしなければ問題なさそうだった。


 大きなスポーツ用品店の前を通りかかったとき、店頭のモニターから聞こえてきた言葉に足が止まった。


『――次代を担う期待の新星です』


「…………」


 画面に映っていたのは、若い陸上選手だった。


 インタビューが流れている。


『次の目標は?』


『オリンピックです』


 迷いのない声。


 若い選手が笑う。


『絶対に出たいです』


 周囲を歩く人たちからも声が聞こえた。


「この子すごいらしいよ」


「次のオリンピック、楽しみだな」


「…………」


 男はモニターを見つめた。


『期待の新星』


 知っている言葉だった。


 昔、自分もそう書かれた。


『オリンピックを目指します』


 自分も言った。


 言ったどころか、本当に行けると思っていた。


 周りも、そう思っていた。


 画面の中で若い選手が走る。


 速い。


 男の手が、いつの間にか強く握られていた。


「俺だって……」


 声が漏れる。


「俺だって、そうだった」


 誰にも聞こえない。


「俺だって……期待されてたんだ」


 ずっと。


 昔の話だと言ってきた。


 もう終わったことだと、何度も自分に言い聞かせてきた。


 でも。


 画面から目を離せない。


 羨ましかった。


 悔しかった。


 あそこに自分がいるはずだった。


 そう思っている自分が、まだいる。


 男はようやく、それを認めざるを得なかった。


     ◇


 男は再び歩き出した。


 少しして、歩道の端に鳩が一羽降りる。


「…………」


 最近、妙に鳩が目につく。


 鳩が地面を歩いている。


 その向こうには、スポーツ大会の広告があった。


 大きく描かれた炎。


 聖火を思わせる意匠。


 男は鳩を見た。


 そして、炎を見る。


 なぜか。


 二つとも目に残った。


 少しだけ立ち止まったものの、何も言わずにまた歩き出す。


 鳩も、やがて空へ飛んでいった。


     ◇


 男は気づいていなかった。


 少し離れた場所。


 行き交う人々の中に、一人だけ動かずに立っている者がいた。


 黒い服。


 その人物は、男の背中をただ見ていた。


 男の姿が人混みの向こうへ消えても。


 黒服は、しばらくその場に立っていた。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。