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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
フレイムピジョン編

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昔はすごかった

昔はすごかった


「よーい……ドン!」


 放課後の公園に、子供たちの声が響いた。


 則人たちが一斉に走り出す。


 目標は、公園の端にある大きな木。


 ただそれだけだ。


 誰が言い出したのかも、もう覚えていない。


 学校が終わって、公園に集まって、適当に遊んでいるうちに、


「向こうまで競争しようぜ!」


 となった。


 小学生なんて、だいたいそんなものだ。


「うおおおお!」


 則人も全力で走る。


 速い。


 ――つもりだった。


「遅いぞ、則人!」


「待ってよ!」


 待ってくれるわけがない。


 先頭の子が木へ到着する。


 そのあとに二人。


 少し遅れて則人。


 さらに後ろから、もう一人が走ってきた。


「はあ……はあ……」


 最後に着いた子は、膝に手をついて息を切らしている。


「もう一回!」


「まだやるの?」


「今度は勝つ!」


「さっきも言ってたじゃん」


「今度は本当に勝つ!」


 よほど悔しいらしい。


 全員でもう一度、元の場所へ戻った。


「よーい……ドン!」


 走る。


 また負ける。


「もう一回!」


 三回目。


 また負けた。


「何でだよ!」


 負けた子が悔しそうに地面を蹴った。


「俺、ちゃんと全力で走ってるのに!」


「全力だからじゃない?」


 突然、知らない声がした。


 子供たちが一斉に振り返る。


 少し離れたベンチに、一人の男が座っていた。


 二十代くらいだろうか。


 特別変わった格好をしているわけでもない。


 スポーツウェアでもない。


 公園で少し休んでいただけらしい。


「誰?」


 子供の一人が言った。


「あ、ごめん」


 男は少し困ったように笑った。


「何回も走ってるの見てたから、つい」


「全力じゃ駄目なの?」


 則人が聞いた。


「駄目っていうか……最初から身体中に力を入れすぎると、逆に動きにくくなるんだよ」


「そうなの?」


「あと」


 男は、さっきから負け続けている子を見る。


「腕、横に振ってるだろ」


「腕?」


「そう。走るとき」


 男は立ち上がった。


 でも、子供たちへ近づきすぎることはせず、その場で自分の腕を動かしてみせる。


「こうじゃなくて」


 腕を左右に振る。


「こっち」


 今度は前後に振る。


「前と後ろ」


「それだけ?」


「それだけじゃないけど、一度にいっぱい言っても分からなくなるだろ?」


「うん」


「だから、まずそれだけやってみれば?」


 半信半疑のまま、子供がスタート地点へ戻った。


「じゃあ、もう一回!」


「まだやるのかよ!」


「今度こそ!」


 また全員で並ぶ。


「よーい……ドン!」


 一斉に走った。


「あ!」


 さっきとは違う。


 負け続けていた子が、前を走る二人についていく。


 途中で少し離された。


 結局、勝てなかった。


 それでも。


 さっきまでとは明らかに差が縮まっている。


「速くなった!」


 本人が一番驚いていた。


「本当だ!」


「すげえ!」


 男が少し笑った。


「ちょっとだけな」


「ねえねえ!」


 今度は則人が男の前へ行った。


「ぼくも!」


「え?」


「ぼくも速くして!」


「いや、俺は魔法使いじゃないから」


「でも今、速くなったよ!」


「走り方をちょっと直しただけだよ」


「じゃあ、ぼくも直して!」


「お前、さっき負けてたもんな」


「うるさい!」


 友達に笑われた。


 男も少しだけ笑う。


「じゃあ、一回走ってみて」


「うん!」


 則人が勢いよく走り出す。


 木まで行って。


 折り返して。


 また戻ってくる。


「どう?」


「うーん」


 男が少し考える。


「速くなれる?」


「そこまで簡単じゃない」


「えー!」


「でも、直せるところはあるよ」


「どこ?」


「まず、走るときにちょっと上向きすぎ」


「こう?」


 則人が顎を引く。


「それは下向きすぎ」


「じゃあ、こう?」


「そうそう。それくらい」


「あと?」


「腕」


「これ?」


「もう少し前と後ろ。そう。力入れすぎない」


「難しい」


「難しいこと考えなくていいよ。最初は一個ずつでいい」


「分かった!」


 もう一度走る。


 急に一番になったりはしない。


 そんな魔法みたいなことは起きなかった。


 それでも。


「あれ?」


 則人自身が気づいた。


「さっきより走りやすい!」


「だろ?」


「何で?」


「身体の動きを邪魔しなくなったから」


「じゃあ、もっとやったら速くなる?」


「ちゃんと練習すればな」


「やった!」


「まだ速くなってないぞ」


「これからなる!」


「前向きだなあ」


 男が笑った。


 その顔は。


 さっきベンチに一人で座っていたときとは、少し違って見えた。


 子供たちが次々と聞いてくる。


「俺は?」


「僕も見て!」


「スタートってどうやるの?」


「一人ずつな」


 男は困ったように言いながらも、一人ずつ見ていく。


 誰かが失敗しても笑わない。


 難しい言葉も使わない。


「もう少しこう」


「そう、それ」


「今の方がいい」


 子供に分かるように言葉を選んでいる。


 気づけば、ベンチで休んでいたはずの男の周りに、子供たちが集まっていた。


「お兄さん、先生?」


 則人が聞いた。


「違うよ」


「じゃあコーチ?」


「違う」


「でも詳しいよ?」


 その瞬間。


 男の笑顔が、ほんの少しだけ止まった。


「……昔、ちょっと走ってただけ」


「へえ」


 則人は、それ以上聞かなかった。


 昔走っていた。


 だから走り方を知っている。


 そして、教えるのが上手い。


 則人にとっては、それで十分だった。


     ◇


「おーい!」


 別の声がした。


 男が振り向く。


 公園の外から、一人の大人がこちらへ歩いてきた。


「あれ? やっぱりそうだ!」


「……どうも」


「久しぶりだな!」


 知り合いらしい。


 相手は嬉しそうに男の肩を叩いた。


「何年ぶりだ?」


「さあ……結構経ちますね」


「元気だったか?」


「まあ」


「そうか、そうか」


 知人は本当に嬉しそうだった。


 そこで、男の周りにいる則人たちへ目を向ける。


「何だ? 子供に走り方教えてたのか?」


「ちょっとだけですよ」


「そうかそうか」


 知人は笑った。


 そして、則人たちに向かって言う。


「こいつ、すごかったんだぞ」


「え?」


 則人たちが一斉に男を見る。


「陸上やっててな。オリンピック候補にまでなったんだ」


「オリンピック!?」


 子供たちの目が輝く。


「本当!?」


「出たの!?」


「テレビ出た!?」


「メダル持ってる!?」


「いやいや」


 男は困ったように手を振った。


「候補だっただけ」


「だけって、お前」


 知人は笑う。


「地元じゃ有名だったじゃないか。新聞にも何回載ったんだ?」


「昔の話ですよ」


「いやいや、本当にみんな期待してたんだぞ」


 その言葉に。


 男の表情が、ほんの少しだけ変わった。


 けれど、知人は気づかない。


「あの怪我さえなかったらなあ」


「…………」


「本当に惜しかったよな」


 悪意はない。


 本当に残念だったのだろう。


 だからこそ。


 男も何も言えない。


「で」


 知人が何気なく聞いた。


「今は何やってるんだ?」


 一瞬。


 男が黙った。


 ほんの少しだけ視線を落とす。


「……普通に働いてますよ」


「そうか」


 知人は少し驚いたようだった。


「もったいないなあ」


「…………」


「お前ほどの選手がなあ」


 また。


 悪意はない。


 きっと褒めているつもりなのだ。


 昔の彼が、それだけすごかったと言いたいのだろう。


「まあ、元気そうでよかったよ。またな!」


「はい」


 知人は手を振って去っていった。


 男も軽く手を上げる。


 それだけだった。


 でも。


 さっきまでとは、何かが違った。


「お兄さん!」


 則人が男を見る。


「本当にオリンピック行くところだったの?」


「……行くところだった、だけだよ」


「すごいじゃん!」


「そうかな」


「すごいよ!」


 則人は本気で言っている。


 他の子供たちも、


「すげえ!」


「もっと早く言ってよ!」


 と騒いでいる。


 男は少しだけ笑った。


「ありがとう」


 でも。


 その笑顔は、さっき走り方を教えていたときの笑顔とは違っていた。


「じゃあ、俺は行くよ」


「もう?」


「ああ」


「もっと教えてよ」


「今日はもう十分走っただろ」


「まだ走れる!」


「明日、筋肉痛になっても知らないぞ」


「きんにくつう?」


「明日になったら分かるよ」


 男は少し笑って、歩き出した。


     ◇


 公園の出口近く。


 何羽かの鳩が地面を歩いていた。


 男が、その横を通り過ぎようとする。


「ほら、あっち行け!」


 近くにいた誰かが、鳩を追い払った。


「まったく、また鳩か。こんなところに集まって」


 鳩たちが一斉に羽ばたいた。


 ばさばさと音を立てて、空へ上がっていく。


 男の足が止まった。


 飛んでいく鳩を見る。


 ほんの数秒。


 ただ。


 見ていた。


「お兄さーん!」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 則人が大きく手を振っている。


「また走るの教えて!」


「…………」


 男が少し驚いた顔をする。


「俺が?」


「うん!」


「何で?」


「教えるの上手だったから!」


 男は何も言わなかった。


 さっきまで。


 自分が何者だったのかを聞かれていた。


 オリンピック候補。


 地元の期待の星。


 怪我さえなければ。


 もったいなかった。


 でも。


 この子が言っているのは。


 今日の自分のことだった。


「……また会ったらな」


「うん!」


 則人が大きく手を振る。


 男も、小さく手を上げた。


 そして公園を出ていった。


     ◇


 夜。


 男は一人、部屋にいた。


 仕事から帰り。


 食事を済ませ。


 テレビをつけたまま、しばらくぼんやりしていた。


 特に見たい番組があるわけではない。


 やがてテレビを消す。


 静かになった部屋で。


 ふと。


 今日のことを思い出した。


『お前、昔すごかったよなあ』


 聞き慣れた言葉だった。


 言い方は違っても。


 何度も言われてきた。


 男は立ち上がる。


 棚の奥から、古い箱を出した。


 別に、今日初めて開けるわけではない。


 何度も見ている。


 もう捨てよう。


 そう思ったことも、一度や二度ではない。


 それでも。


 捨てられなかった。


 箱を開ける。


 古い写真。


 競技場。


 ユニフォーム姿の自分。


 メダル。


 大会のプログラム。


 新聞の切り抜き。


『期待の新星』


『次代を担う若きランナー』


『五輪代表候補へ』


 今より少し若い自分が、写真の中で笑っている。


 周りにも人がいる。


 仲間。


 コーチ。


 取材する人たち。


 自分を応援してくれた人たち。


 あの頃は。


 どこへ行っても、


「頑張れ」


「期待してるぞ」


「次は日本代表だな」


 そんなことを言われた。


 自分自身も、そうなると思っていた。


 走れば走るほど。


 もっと先へ行けると思っていた。


 でも。


 行けなかった。


 今日の言葉が蘇る。


『本当にみんな期待してたんだぞ』


『あの怪我さえなかったらなあ』


『本当に惜しかったよな』


『もったいないなあ』


 全部。


 昔の自分に向けられた言葉だ。


 今の自分に向けられたものではない。


 男は新聞を箱へ戻そうとした。


 そのとき。


 別の声も思い出した。


『また走るの教えて!』


 手が止まる。


『教えるの上手だったから!』


「…………」


 今日。


 久しぶりに。


 誰かから褒められた。


 昔の記録でもない。


 昔のタイムでもない。


 オリンピック候補だった自分でもない。


 今日。


 今の自分がやったことで。


 男は少しだけ笑いそうになった。


「教えるのが、上手……か」


 口に出してみる。


 不思議な言葉だった。


 そんなことで褒められた記憶は、ほとんどない。


 自分は走る側だった。


 速く走ることを求められていた。


 誰かに教えるなんて、考えたこともなかった。


 でも。


 あの子たちは喜んでいた。


 自分も。


 少し楽しかった。


「…………」


 視線を落とす。


 そこには、昔の自分がいる。


 日本中から期待されていた自分。


 大勢に名前を呼ばれていた自分。


 未来があると信じていた自分。


 そして。


 今の自分。


 普通に働いて。


 誰にも注目されず。


 今日、たまたま公園で子供たちに走り方を教えた自分。


 男は二つを比べる。


 比べてしまう。


 そして結局。


 手に持っていた新聞の切り抜きへ目を落とした。


「……昔は、か」


 小さく呟く。


 新聞を箱へ戻す。


 蓋を閉じた。


 部屋は静かになった。


 今日、公園で追い払われて。


 空へ飛んでいった鳩の姿が。


 なぜか少しだけ。


 頭に残っていた。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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