第4話 ちゃんと聞く
第4話 ちゃんと聞く
「待っててね!」
そう言い残し、則人が走り去っていく。
セミスピーカー姿のさとるくんは、その背中を追うこともなく、その場に立っていた。
周囲には、まだ何人かが遠巻きに様子を見ている。
一人の男性が、恐る恐る近づいた。
「君、大丈夫か? その音を――」
最後まで言い終わる前に、大音量が響いた。
「――――ッ!」
男性は慌てて耳を塞ぎ、後ろへ下がる。
今度は別の女性が声を掛けた。
「ちょっと、話を聞いて――」
「――――ッ!」
また声が途中でかき消される。
「無理無理! 近づけないって!」
人々は次々と距離を取っていった。
さとるくんは何も答えない。ただ顔を出したまま、セミスピーカーの着ぐるみに包まれている。
しばらくすると、その場からゆっくりと歩き始めた。
則人に「待ってて」と言われた場所へ留まることもなく、どこへ向かうのかも分からないまま、朝の街を歩いていった。
◇
土曜日の朝。
ゴンさんの店では、開店前の仕込みが進んでいた。
「それ、こっちお願い」
「はーい」
美緒が返事をする。頭には、バイト中いつもつけている猫耳。
隣では、さっちゃんも準備を手伝っていた。二人の高校は、今日は休みだ。
ゴンさんと奥さんは、店の奥と厨房を行ったり来たりしている。
そして店の端には、いつからいたのか分からないまま、ぬらりひょんが当然のように座っていた。
ゴンさんには見えている。さっちゃんにも見えている。猫耳をつけている美緒にも、その姿ははっきり見えていた。
ただ一人、奥さんには見えていない。
ゴンさんは、いつものように何も見えていないふりをしていた。
その時、店の扉が勢いよく開く。
「ぬらりひょん!」
ランドセルを背負った則人が飛び込んできた。
「ぬらりひょん、大変!」
「ノリちゃん?」
美緒が驚いて振り返る。
「どうしたの?」
さっちゃんも手を止めた。
「そんなに慌てて」
奥さんだけが、きょとんとしている。
「……ぬらりひょん?」
則人は構わず、店の端へ走った。
「大変なんだよ!」
奥さんが則人の視線の先を見る。
そこには、何も見えない。
「則ちゃん、誰と話してるの?」
「ぬらりひょんだよ!」
「え?」
ゴンさんの手が止まった。
ぬらりひょんは、そんなゴンさんを見ている。
だがゴンさんは見ない。
あくまで、見えていないふりだ。
「朝から妖怪の名前なんか呼んで、どうしたんだ」
「そこにいるよ!」
「……そうなのか?」
「いるよ!」
美緒とさっちゃんまで同じ方向を見ている。
奥さんが眉をひそめた。
「なんでみんな同じところ見てるの?」
ゴンさんの顔が、わずかに引きつる。
「……偶然だろ」
「そんな偶然ある?」
「あるんじゃないか?」
「あなた、何か知ってるでしょ」
「知らん」
即答だった。
則人が再び口を開く。
「だからね、セミスピーカーが――」
「よし!」
突然、ゴンさんが大きな声を出した。
「店の中で騒ぐな!」
則人がびくっとする。
「え?」
「話なら外でしてこい!」
奥さんが首を傾げた。
「誰と?」
ゴンさんが一瞬止まる。
「……この子らでだよ」
「だったら最初からそう言えばいいじゃない」
「そう言っただろ」
「言ってないわよ」
ゴンさんはそれ以上何も答えず、仕込みへ戻った。
◇
店の外へ出たのは、則人、ぬらりひょん、さっちゃん、美緒の四人。
美緒は猫耳をつけたままだ。
ぬらりひょんが則人を見る。
「それで、何があった?」
「セミスピーカーが出た!」
「セミスピーカー?」
美緒が目を丸くする。
則人は大きく頷いた。
「うん。それでね――さとるくんだった!」
「さとるくんが?」
さっちゃんの表情が変わる。
「顔見たから間違いないよ! 昨日まで普通だったんだよ!」
ぬらりひょんは少し考えた。
「昨日、さとると何かあったか?」
「昨日?」
則人は首を傾げる。
「ぼくがキッドの着ぐるみ着て、公園で遊んでたの」
「うん」
美緒が続きを促す。
「そしたらね、ちょっと大きい子たちが笑ってきて。子供っぽいとか、本物のキッドじゃないとか言われた」
少し頬を膨らませていた則人だったが、次の瞬間には表情を明るくした。
「それで、さとるくんが来てくれた!」
「ノリちゃんを?」
「うん! ぼく、何も言えなくなっちゃったんだけど、さとるくんが代わりに言ってくれたんだよ!」
則人は嬉しそうに続ける。
「すっごくかっこよかった! ヒーローみたいだったんだよ!」
「そっか。助けてくれたんだ」
美緒が少し笑う。
「うん!」
さっちゃんも頷いた。
「それは嬉しかったね」
「うん!」
昨日のことを話す則人の顔は、やはり嬉しそうだった。
◇
ぬらりひょんが尋ねる。
「それで、その子らとはどんな話をしておった?」
「えっと……さとるくんがいっぱい言ってくれて、向こうの子も何か言ってた」
「何て?」
美緒に聞かれ、則人は言葉を止めた。
「……分かんない」
「分かんない?」
「うん。ぼく、さとるくんの方ばっかり見てたから」
ぬらりひょんは少し間を置き、さらに尋ねる。
「さとるは、相手の話を最後まで聞いておったか?」
則人は黙った。
昨日の公園でのやり取りが、頭の中に蘇る。
『だから俺が言ってるのは――』
『人が好きでやってること笑う必要ないだろ!』
『まだ話してるって!』
『何回言えば分かるんだよ!』
「……途中で」
則人が小さく言った。
「途中で、さとるくんが喋ってた」
「何回か?」
さっちゃんが聞く。
「うん」
美緒が少し考えてから口を開いた。
「でもさ、好きなもの笑われたら嫌だよね」
「そうだよ!」
則人がすぐに答える。
「私も新しいもの好きだから、ちょっと分かるんだよね。まだみんなが知らないもの持ってたりすると、『何それ』とか言われることあるし」
「でしょ!」
「うん。嫌だと思う」
美緒は一度頷いてから続けた。
「でも、『私はそれ好きじゃない』って言われるのと、『ノリちゃんもやめなよ』って言われるのって、違うよね?」
則人の表情が止まる。
◇
『俺が着たくないって言っただけじゃん!』
昨日の声が蘇る。
そして。
『ノリちゃんは着たいんだよ!』
さとるくんの声。
則人は瞬きをした。
「……あ」
さっちゃんが静かに言った。
「さとるくんがノリちゃんを助けようとしたことと、話し方は別なのかもしれないね」
「別?」
「うん」
さっちゃんは則人の前にしゃがむ。
「ノリちゃんを助けようとしたことまで、ダメだったってことじゃないよ。でも、相手が話してる途中でずっと言葉を被せたら、その子が何を言いたかったのか分からないままになっちゃうよね」
則人は少し考える。
「でも……さとるくん、ぼくのために言ってくれたんだよ」
「うん。それは分かってるよ」
さっちゃんはすぐに頷いた。
「だから、その気持ちと、相手の話を聞けなかったことは分けて考えていいんじゃないかな」
美緒も続ける。
「最初に笑ったのは、よくないと思うよ。でも、そのあと何を言おうとしてたのかは、最後まで聞いてみないと分かんないよね」
則人は黙り込んだ。
しばらくして、ぬらりひょんを見る。
「じゃあ……さとるくんが悪かったの?」
ぬらりひょんは、すぐには答えなかった。
「そう簡単に分けられる話ではないじゃろう」
「?」
「お前を助けようとしたのも、さとるじゃ」
「うん」
「じゃが、自分の思いを伝えることと、相手の話を聞くことは別じゃ」
則人は、その言葉を考えるように俯いた。
◇
その時だった。
遠くから大きな音が響いた。
「――――ッ!」
則人が顔を上げる。
「さとるくん!」
走り出しかけて、足を止めた。
「あれ?」
「どうしたの?」
美緒が聞く。
「さっきと……場所が違う」
則人は耳を澄ませた。
「ぼくが会ったところ、あっちだった」
ぬらりひょんが音のした方を見る。
「動いたようじゃな」
則人の表情が変わる。
「ぼく、行ってくる!」
「ノリちゃん、一人で?」
美緒に聞かれ、則人は一度立ち止まった。
そして、首を振る。
「ううん」
少し考えてから続けた。
「今度は、ちゃんと聞いてみたい」
「さとるくんが、ほんとは何を言いたかったのか」
そして、昨日の男の子たちを思い出す。
「それに……あの子たちが何を言おうとしてたのかも」
さっちゃんが立ち上がった。
「じゃあ、一緒に行こう」
「私も行く」
美緒も並ぶ。
則人は二人を見て、大きく頷いた。
「うん!」
少し離れた場所から、もう一度大音量が響く。
則人たちは、その音のする方向へ歩き出した。
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それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
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企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




