↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
セミスピーカー編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/30

第7話「もどりたい!」

第7話「もどりたい!」


内田紀人 作


「……ぼく、元に戻りたい」


 さとるは、自分のお腹についた大きなスピーカーを見ながら、もう一度そう言った。


 さっきまで。


 これがあれば、みんなに話を聞いてもらえると思っていた。


 大きな声なら。


 誰にも「あとで」と言われないと思っていた。


 でも。


 違った。


 声を大きくすればするほど。


 みんなは、遠くへ逃げていった。


「…………」


 少し離れたところにいた妖怪が、じっとさとるを見る。


「本当に、そう思っているのか?」


 さとるは顔を上げた。


「…………うん」


 今度は。


 迷わなかった。


「もう、こんな大きな音でみんなを怖がらせたくない」


 周りには、まだこちらを怖そうに見ている人たちがいる。


 さとるは、その人たちを見て。


 小さな声で続けた。


「ぼくはただ、話を聞いてほしかっただけだから……」


 一度、息を吸う。


「普通に話して、普通に聞いてもらいたい」


 妖怪は、しばらく黙っていた。


 やがて。


 小さくうなずく。


「そうか」


 その瞬間だった。


 ヒュオオオオッ!


「うわっ!」


 突然。


 強い風が吹き抜けた。


 則人が腕で顔をかばう。


「なんだ!?」


 風がやんだ。


 おそるおそる顔を上げる。


 すると。


「…………え?」


 電柱の上に。


 何かが立っていた。


 赤い顔。


 大きな鼻。


 背中には羽。


「…………!」


 則人の目が輝いた。


「て、天狗!?」


 さらに目を見開く。


「本物の天狗!?」


 思わず駆け寄りそうになって――。


「…………あ」


 止まった。


 さとるを見る。


 さっき。


 自分は何を言われた?


 人の話を聞くと言ったのは、お前ではなかったのか。


「…………」


 則人は。


 ぐっと我慢した。


「……あとで見る!」


「何が!?」


 さとるが思わず突っ込んだ。


 妖怪は、少しだけ感心したように鼻を鳴らす。


「少しは分かったようだな」


「うん!」


 則人は答えたものの。


 視線だけは。


 ちらっ。


 ちらっ。


 と、天狗へ向いている。


「……全然集中してないじゃん」


「してるよ!」


「天狗ばっかり見てる!」


「だって本物だよ!?」


「ぼくだって今、怪人なんだけど!」


「あ」


「忘れてたの!?」


「忘れてないよ!」


「今の『あ』は絶対忘れてた!」


 そんな二人を見下ろしながら。


 天狗が懐へ手を入れた。


「ほれっ!」


「え?」


 何かを投げた。


「うわぁっ!?」


 則人は慌てて両手を伸ばす。


 ぽすっ。


「…………」


 なんとか受け止めた。


 手の中を見る。


 赤くて。


 大きな頭。


 握りやすそうな柄。


 どう見ても。


 子供のおもちゃだ。


「…………なにこれ?」


 さとるも横からのぞき込む。


「…………なにそれ?」


 二人そろって。


 首をかしげた。


 天狗が答える。


「ピコピコハンマーだ」


「ピコピコ……?」


 則人は持ち上げた。


 ぴこ。


 軽い。


「これで、どうするの?」


 さっきまでテレビの怪人と戦おうとしていた少年の手に。


 今度は。


 どう見ても戦えそうにない武器が握られている。


「そいつで」


 天狗が言った。


「その小僧を軽く叩け」


「…………え?」


 則人が固まった。


「…………え?」


 さとるも固まった。


 そして。


「えええええっ!?」


 二人の声が重なった。


「ちょっと待って!」


 さとるは慌てて一歩下がった。


「ぼくを叩くの!?」


「ぼくも今初めて聞いたよ!」


「痛くないの!?」


「知らないよ!」


「知らないのに叩くの!?」


「ぼくに言わないでよ!」


 二人がそろって天狗を見る。


 天狗は呆れたように腕を組んだ。


「思い切り叩けとは言っとらん。軽くでいい」


「軽くでも叩くじゃん!」


 さとるは両手で頭を守った。


 さっきまで。


 町中を震わせていた怪人とは思えない。


 本気で警戒している。


 則人も。


 ピコピコハンマーと。


 さとるの顔を。


 交互に見る。


「……ほんとに、これで戻れるの?」


 天狗ではなく。


 先ほどから二人を見守っていた妖怪が答えた。


「大丈夫だ」


「…………」


「そいつは、戻ると決めた者を元の姿へ戻すためのものだ」


 則人は、もう一度さとるを見る。


 さとるも。


 自分の着ぐるみを見下ろした。


 大きなお腹のスピーカー。


 セミの身体。


 さっきまで。


 これが欲しかった。


 この声なら。


 みんなに届くと思っていた。


 でも。


 もう違う。


 さとるは。


 少し離れたところにいる人たちを見る。


 そして。


 則人を見る。


「……やる」


「え?」


「やって」


 それでも。


 ちょっと怖い。


「でも……ほんとに軽くだよ?」


「うん」


「痛くしないでよ?」


「分かってるよ」


「絶対?」


「絶対!」


「…………」


「…………」


 則人は。


 ピコピコハンマーを両手で握った。


 さとるは。


 ぎゅっと目を閉じる。


 肩に力が入る。


「…………」


「…………」


「…………まだ?」


「今やろうとしてるんだよ!」


「早くしてよ! 待ってる方が怖いよ!」


「分かったよ!」


 則人は。


 大きく振りかぶって――。


「あ」


 止まった。


「軽くだった」


「危ないな!」


「ご、ごめん!」


 則人は慌ててハンマーを下ろした。


 今度は。


 本当に小さく。


「さとる君」


「なに?」


「……いい?」


 さとるは。


 目を閉じたまま。


 一度だけ。


 うなずいた。


「……うん」


 則人は。


 そっと。


 ピコピコハンマーを下ろした。


 ポコン。


「…………」


「…………」


「…………」


 何も起きない。


 さとるが。


 片目だけ開けた。


「……終わり?」


「たぶん」


「戻ってないじゃん!」


「ぼくに言わないでよ!」


 その時。


 ブ……ン……。


「え?」


 二人が同時に。


 スピーカーを見る。


 ブ……。


 ブ……ン……。


 今まで。


 大音量を出し続けていたスピーカーが。


 力を失うように。


 小さく震えている。


「……なんか変」


 さとるが呟いた。


 そして。


 すうっ――。


「…………!」


 着ぐるみの縫い目から。


 何かが浮かび上がった。


 光の粒のようにも見える。


 影の欠片のようにも見える。


 一つ。


 また一つ。


 ゆっくりと。


 さとるの身体から離れていく。


「な、なにこれ……」


 さとるは怖そうに自分の腕を見る。


 そこからも。


 細かな何かが。


 少しずつ抜けていく。


「身体が……変な感じする」


「痛い?」


「痛くはないけど……」


 さとるは胸に手を当てた。


「なんか……軽くなってる」


 ブ……ン……。


 最後に。


 お腹のスピーカーが。


 小さく震えた。


 そして。


 音が消えた。


「……止まった」


 それでも。


 身体から浮かび上がるものは止まらない。


 一つ。


 また一つ。


 抜けていくたび。


 さとるを包んでいた不思議な気配が。


 少しずつ。


 弱くなっていく。


「…………」


 さとるの顔に。


 不安が浮かんだ。


「ほんとに……戻れる?」


 則人にも。


 本当に戻れるのかは分からない。


 ピコピコハンマーだって。


 ついさっき初めて見たばかりだ。


 でも。


 則人は。


 さとるを見て言った。


「戻れるよ」


「…………ほんと?」


「うん」


 根拠なんてない。


 それでも。


 今だけは。


 そう言わなければいけない気がした。


 だって。


 今の自分は。


 KIDなのだから。


「だって、さとる君が戻りたいって言ったんだから」


「…………」


 さとるの肩から。


 少しだけ力が抜けた。


 すると。


 ふわっ。


 胸の辺りから。


 それまでよりも大きな塊が浮かび上がった。


「うわっ……!」


 同時に。


 さとるを包んでいた着ぐるみが。


 大きく揺らいだ。


「さとる君!」


 則人は思わず目を細めた。


 ほんの一瞬。


 さとるの姿が見えなくなる。


 そして。


 則人が。


 もう一度、目を開けると――。


「…………」


 そこに立っていたのは。


 セミスピーカではなかった。


 いつもの。


 小学生のさとるだった。


「…………」


 さとるは。


 自分の手を見る。


 腕を見る。


 お腹を触る。


「……戻った?」


 恐る恐る。


 声を出す。


「……あ」


 普通の声だった。


 町中には響かない。


 窓も震えない。


 ただ。


 目の前にいる則人へ。


 ちゃんと届く。


 則人は笑った。


「聞こえてるよ」


「…………」


 さとるは。


 しばらく自分の喉を押さえていた。


 そして。


 ほっと。


 小さく息を吐く。


「……ほんとだ」


 何がどうなって。


 どうして人間の姿へ戻れたのか。


 則人には。


 まだ、よく分からなかった。


 ただ。


「……あれ?」


 則人が空を見上げる。


 さっきまで。


 さとるの身体から抜けていた。


 光とも。


 影ともつかないもの。


 それらが。


 頭上で。


 ゆっくりと一つに集まり始めていた。


「……あれ、なんだ?」


 さとるも見上げる。


 妖怪も。


 天狗も。


 何も言わない。


 ただ。


 その小さな塊を見つめている。


 セミスピーカは消えた。


 さとるも。


 元の姿へ戻った。


 けれど。


 それで。


 全部が終わったわけではなかった。


 ――つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。