6話「聞いてくれる?」
第6話「聞いてくれる?」
内田紀人 作
「……ほんとに、ぼくの話……聞いてくれるの?」
さとるは、小さな声でもう一度たずねた。
則人はうなずく。
「うん。聞くよ」
「…………」
「だから、話して」
さとるは少し迷った。
本当に?
また途中で「あとで」と言われない?
ほかのことに気を取られたりしない?
けれど。
則人は、逃げずにそこにいる。
さとるは、おそるおそる口を開いた。
「今日ね、学校で図工の時間に作ったやつ、先生にほめられたんだ!」
ブオオン!
「大きくなってる!」
「あっ!」
さとるは慌てて口を押さえた。
お腹のスピーカーを見る。
それから。
則人の顔を見る。
「…………」
もう一度。
今度は気をつけて。
「……今日ね。図工で作ったやつ、先生にほめられたんだ」
声は響かなかった。
則人も耳を塞がない。
「へえ。何作ったの?」
「え?」
さとるが目を丸くした。
「だから、図工。何作ったの?」
「…………聞いてたの?」
「聞くって言ったじゃん」
則人は当たり前のように答えた。
「…………」
さとるは、しばらく何も言わなかった。
それから。
少し嬉しそうに。
続きを話し始めた。
「えっとね――」
◇
学校で作ったものを、先生がほめてくれたこと。
それがすごく嬉しかったこと。
だから。
誰かに話したかったこと。
家に帰って、すぐお母さんに話そうとした。
でも。
きょうだいのことで忙しくて。
「あとでね」
そう言われた。
「それで学校でも話そうとしたんだけど、途中で別の話になっちゃって……」
「そっか」
「だからさ――」
ブオ……!
「あ……」
声が大きくなりかけた。
でも。
今度は則人に言われる前に。
さとる自身が気づいた。
一度、息を吸って。
声を小さくする。
「……だから、誰かに聞いてほしかったんだ」
「うん」
則人は。
ちゃんと、さとるを見ていた。
その時だった。
「おい、小僧」
「え?」
突然。
知らない声がした。
則人が振り向く。
少し離れたところに。
何かがいる。
人間じゃない。
テレビで見る怪人とも違う。
見たことのない。
不思議な姿。
「…………妖怪?」
則人の目が。
一気に輝いた。
「すげえ! 本物!? 本物の妖怪!?」
さっきまでの怖さも忘れて。
一歩。
近づく。
「ねえねえ! 何の妖怪!?」
「おい」
「しゃべった!」
「小僧」
「本当に妖怪だ!」
「人の話を聞け!」
「…………あ」
則人の足が止まった。
妖怪は呆れたように則人を見る。
「人の話を聞くと言ったのは、お前ではなかったのか?」
「…………」
則人の顔が固まる。
その後ろから。
「ほんとに聞いてくれるんじゃなかったの?」
「…………」
ぎぎぎ。
則人は、ゆっくり振り返った。
さとるが。
じーっ。
と、こちらを見ている。
「ご、ごめん」
「…………」
「ほんとにごめん!」
則人は慌てて、さとるの前へ戻った。
「続き、聞く!」
「今度こそ?」
「今度こそ!」
「ほんと?」
「ほんと!」
さとるは、まだ少し疑うような顔をしている。
「…………」
「…………」
しばらく。
二人で見つめ合う。
その時。
則人の頭に。
ふと、一人の顔が浮かんだ。
児童館で会う。
ボランティアのおじいちゃん。
昔話や妖怪の話を、たくさん教えてくれる人。
前に言われたことがある。
人の話は。
ちゃんと最後まで聞くんだ、と。
「……そうだった」
則人は小さく呟いた。
「なに?」
「ううん」
則人は、さとるを見る。
「ごめん。続き、聞く」
「…………」
「今度は最後まで」
さとるは。
少しだけ迷ってから。
「……うん」
話を続けた。
◇
今度の則人は。
途中でよそを見なかった。
妖怪が気になっても。
振り返らなかった。
さとるの話を。
最後まで聞いた。
「――それで、先生が『よくできたね』って言ってくれたんだ」
「それ、嬉しいじゃん」
「うん!」
さとるの顔が。
ぱっと明るくなった。
「ぼく、すっごく嬉しくて! それでね、ほかにも――」
ブオ……!
「あ」
また。
声が大きくなりかける。
けれど。
さとるは、自分で止めた。
「……ほかにも、話したいことあるんだ」
則人は笑った。
「聞こえてるよ」
「…………」
さとるも。
少し笑った。
◇
その時。
二人の間に。
ふっと。
静かな時間が流れた。
「…………」
さっきまで。
町中を揺らしていた大音量が。
今はない。
だからこそ。
聞こえた。
「うっ……うぅ……」
「……え?」
遠くで。
子供が泣いている。
見ると。
小さな子が。
怖そうにこちらを見ていた。
そのそばには。
耳を押さえている人。
建物の陰から。
恐る恐る様子をうかがっている人たち。
「…………」
さとるの笑顔が。
消えた。
「……あれ?」
辺りを見回す。
「みんな……どうしたの?」
則人は。
すぐには答えなかった。
「…………」
さとるの頭の中に。
少しずつ。
さっきまでのことが戻ってくる。
自分が声を出すたび。
みんなが耳を塞いだ。
逃げていった。
それを見て。
聞こえていないんだと思った。
だから。
もっと大きな声で呼んだ。
待って。
ぼくの話を聞いて。
そう叫んだ。
そのたびに。
みんなは。
もっと遠くへ逃げていった。
「…………ぼく?」
さとるは。
お腹のスピーカーを見る。
「ぼくが……やったの?」
則人は少し迷った。
でも。
ごまかさなかった。
「……うん」
「…………」
「でも」
さとるが顔を上げる。
「みんな、さとる君の話が嫌で逃げたんじゃないと思う」
「……え?」
「あんなに大きな音だったら、話を聞く前に逃げちゃうよ」
則人は自分の耳を押さえた。
「ぼくだって、すっごく耳痛かったもん」
「…………」
さとるは何も言わなかった。
もう一度。
泣いている子を見る。
怖そうにしている人たちを見る。
そして。
自分のお腹についた。
大きなスピーカーを見る。
「ぼく……」
声が震えた。
「ぼく、ただ……」
大きな声を出したかったわけじゃない。
誰かを怖がらせたかったわけでもない。
逃げてほしかったわけでもない。
「……話を聞いてほしかっただけなのに」
声を大きくするほど。
みんなは遠くへ行った。
でも。
さっき。
普通の声で話したら。
則人は逃げなかった。
最後まで。
ちゃんと聞いてくれた。
「…………こんなの」
さとるは。
自分を包む着ぐるみを見下ろした。
セミの身体。
大きなスピーカー。
これさえあれば。
みんなが自分の話を聞いてくれる。
そう思ったのに。
「こんなのになりたかったんじゃない」
則人は。
何も言わなかった。
急かさない。
途中で口を挟まない。
ただ。
待った。
今度こそ。
さとるの言葉を。
最後まで聞くために。
「…………」
しばらくして。
さとるは。
小さく息を吸った。
そして。
誰かに言われたからではなく。
自分の言葉で。
はっきりと言った。
「……ぼく、元に戻りたい」
――つづく
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