第5話「ぼくだってKID!」 内田紀人 作
第5話「ぼくだってKID!」
内田紀人 作
則人は、大きな袋を抱えて走った。
逃げるためじゃない。
セミスピーカのところへ戻るために。
ブオオオオオオン!
「うわっ!」
大音量に肩をすくめる。
耳が痛い。
足だって、まだ少し震えている。
それでも。
則人は止まらなかった。
「セミスピーカ!」
「なんだよ!」
則人は、セミスピーカの目の前まで来ると。
大きな袋を。
どん!
と地面に置いた。
「ちょっと待って!」
「……は?」
則人は袋を開けた。
中に入っているのは。
お母さんが作ってくれたKIDの着ぐるみ。
そして。
ゴンさんからもらった変身ベルト。
則人は胸を張った。
「配信開始!!」
パチーン!
指を鳴らした。
その瞬間。
どこからともなく。
明るい歌声が聞こえてきた。
♪ 今日の変身は、内田則人くん。
お、き、が、え、上手かな~♪
「…………」
則人が固まる。
「…………」
セミスピーカも固まった。
歌だけが。
元気いっぱいに流れ続けている。
「……なに、これ?」
「ぼくが聞きたいよ!」
則人は辺りを見回した。
誰もいない。
歌っている人もいない。
なのに。
♪ お、き、が、え、上手かな~♪
「なんでぼくの名前知ってるんだよ!」
「そこから!?」
「……って、今はそんな場合じゃない!」
則人は着ぐるみを取り出した。
「お、おい……」
セミスピーカが、少し引いた。
「まさか、ここで着替えるの?」
「うん!」
「怪人の目の前だよ!?」
「ヒーローは怪人の前でやるんだよ!」
「何を!?」
「変身!」
「それ着替えじゃん!」
「変身だよ!」
則人は大真面目だった。
着ぐるみに足を入れる。
♪ お、き、が、え、上手かな~♪
「だから、その歌なんなんだよ!」
「ぼくだって知らないよ!」
「知らない曲で着替えてるの!?」
「こっちは真剣なんだよ!」
「真剣に何してるんだよ!」
「KIDになるんだよ!」
「それ、変身ごっこじゃん!」
「ごっこじゃない!」
則人が勢いよく腕を通す。
「あれ?」
手が出ない。
「…………」
「…………」
セミスピーカが。
じーっ。
と見ている。
「ちょ、ちょっと待って!」
「さっきから待ってるよ!」
則人は腕を戻す。
もう一度。
ぐいっ。
ぽん!
今度は手が出た。
「よし!」
♪ お、き、が、え、上手かな~♪
「上手じゃないだろ!」
「うるさいな!」
「ぼく、怪人なんだけど!?」
「知ってるよ!」
ようやく着ぐるみを着終える。
最後に。
変身ベルトを腰へ巻いた。
「…………」
則人の顔から。
さっきまでの慌ただしさが消えた。
着ぐるみを着ても。
強くなったわけじゃない。
怖くなくなったわけでもない。
だけど。
これは。
お母さんが一生懸命作ってくれたKIDだ。
則人は。
セミスピーカを真っ直ぐ見た。
「よし」
則ちゃんKID。
初めて。
本物の怪人の前に立つ。
「……ほんとにやるの?」
「やるよ」
則人は一歩前へ出た。
「怪人がいるんだから」
「…………」
「ぼくはKIDだ!」
「いや、着替えただけじゃん!」
「うるさい!」
「ぼくの方が怪人なんだけど!」
ブオオオオオオン!
「うわぁっ!」
則人は両手で耳を塞いだ。
「だからうるさいって!」
「なんだよ!」
「耳痛いんだよ!」
それでも。
逃げない。
耳を押さえながら。
一歩。
また一歩。
近づいていく。
テレビで見たセミスピーカ。
KIDがどう戦ったのかも、覚えている。
最初は。
テレビと同じように戦えばいいと思っていた。
だけど。
近くまで来た時。
「…………あれ?」
則人の足が止まった。
着ぐるみの中。
そこから見えている顔。
知っている。
「……さとる君?」
「え?」
隣のクラスにいる。
よくしゃべる。
ちょっと目立つ子。
「……なんで、さとる君が入ってるの?」
「そんなの知らないよ!」
ブオオオオオン!
「うわぁっ!」
また耳を塞ぐ。
「ぼくはただ、みんなに話を聞いてほしいだけなんだ!」
ブオオオオオオン!
「だから、うるさいって!」
「なんだよ!」
「そんな大きな声じゃ、聞けないよ!」
「小さい声じゃ誰も聞いてくれなかったんだよ!」
さとるが叫んだ。
「家でも学校でも、『あとで』って言われたり、途中で終わったり……!」
声が。
また大きくなる。
「だから!」
ブオオオオオン!
「大きな声なら、みんな聞いてくれると思ったんだ!」
「…………」
則人は耳を押さえながら。
さとるを見た。
怒っている。
でも。
それだけじゃない。
則人は。
少しだけ考えた。
そして。
言った。
「じゃあ、ぼくが聞くよ」
「……え?」
音が。
止まった。
「ぼくが聞く」
「……ほんと?」
「うん」
則人はうなずいた。
「だから、話してよ」
「…………」
さとるは。
しばらく則人を見つめていた。
そして。
ほんの少しだけ。
顔が明るくなる。
「じゃあ聞いて!」
「うん!」
「今日ね、学校で――!」
ブオオオオオオン!
「うわぁぁっ!」
則人は飛び上がった。
「まだ大きい!」
「え?」
「それじゃ聞けないって!」
さとるがお腹のスピーカーを見る。
「じゃあ……」
少し声を落とす。
「今日ね、学校で――!」
ブオオオオン!
「まだ大きい!」
「まだ!?」
「もうちょっと!」
「これでも大きいの!?」
「大きいよ!」
さとるは困った顔をした。
「むずかしいなぁ……」
今までなら。
聞こえないと言われれば。
もっと大きな声を出していた。
でも。
今は。
則人を見る。
耳を塞いでいる手を見る。
そして。
もう一度。
「……今日ね、学校で……」
ブオン……。
音が。
ぐっと小さくなった。
則人は。
そっと耳から手を離す。
「……まだちょっと大きい」
「ええっ!?」
「もうちょっとだけ」
「ほんとに?」
「うん!」
「…………」
さとるは口を尖らせた。
そして。
さらに声を落とす。
「……今日、学校でね……」
今度は。
普通の話し声に近かった。
則人は。
耳を塞がない。
逃げもしない。
ちゃんと。
さとるを見ている。
「……うん」
「…………」
「それなら聞こえるよ」
「…………」
さとるは目を丸くした。
声を小さくしたのに。
則人は。
逃げなかった。
ちゃんと。
自分を見ている。
大きな声を出さなくても。
聞いてくれる人がいる。
「…………ねえ」
さとるが。
小さな声で聞いた。
「……ほんとに、ぼくの話……聞いてくれるの?」
――つづく
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本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




