第五章 第十三話 また、あした
第五章 第十三話 また、あした
「……あ」
美緒が時計を見た。
もう一度見る。
「やばっ!」
「どうしたの?」
咲子が聞く。
「バイト! そろそろ行かないと!」
美緒が慌てて立ち上がった。
「ノリちゃん、行くよ!」
「うん!」
則人も立ち上がる。
その横で、サトルが言った。
「ぼく、かえる」
「え?」
則人が振り返る。
「サトルくん、ゴンさんのおみせいかないの?」
「いかない」
「なんで?」
「きょうもいったら、おかあさんにおこられる」
「なんでおこられるの?」
「まいにちノリちゃんとごはんたべてたら、うちでごはんたべなさいっていわれる」
「えー」
咲子が頷いた。
「それはそうだと思う」
美緒も笑う。
「毎日ノリちゃんについていったら、サトル君のお母さんも心配するでしょ」
「ぼくも、うちのごはんたべたい」
「じゃあ、しょうがないね」
則人は少し残念そうな顔をした。
けれど、すぐに笑う。
「またあした!」
「うん。またあした」
「バイバーイ!」
「ばいばい」
サトルは自分の家へ。
則人、美緒、咲子はゴンさんの店へ向かった。
さっきまで二人の怪人を追いかけていた子供たちは、それぞれの日常へ戻っていく。
◇
「遅い!」
店へ入った途端、ゴンさんの声が飛んできた。
「すみませーん!」
美緒が頭を下げる。
「何してた!」
「ちょっと怪人を――」
「美緒」
咲子が止めた。
「あ」
美緒は言い直す。
「……ちょっと色々ありまして」
「色々で済ませるな!」
「ちゃんと働きますから!」
「当たり前だ!」
美緒は急いでバイトの準備へ向かった。
則人と咲子も店の中へ入る。
ゴンさんが咲子を見る。
「……お前」
「何ですか?」
「今日、休みじゃなかったか?」
「休みですよ」
「何でいるんだよ」
「来ちゃ駄目なんですか?」
「駄目じゃねえけど」
ゴンさんは少し考えてから言った。
「お前、ほかにやることないんかい」
「ありますよ!」
着替えを終えて戻ってきた美緒が、すぐに口を挟む。
「じゃあ、何で来たの?」
「……」
咲子が黙った。
美緒が笑う。
「ないんじゃん」
「あるって!」
「何?」
「色々!」
ゴンさんが吹き出した。
「お前も色々で済ませるのかよ」
「もう!」
咲子が頬を膨らませる。
事件が終わっても。
店に戻れば、いつもと同じだった。
◇
ゴンさんが三人を見る。
「……ん?」
鼻を動かす。
「お前ら」
「なに?」
「何してきた?」
則人が首を傾げる。
「なにもしてないよ?」
「いや」
ゴンさんがもう一度鼻を動かした。
「何か臭うぞ」
則人の顔が固まる。
「まだ!?」
「まだって何だ」
「やだー!」
則人が自分の服を嗅ぐ。
「……ぼく、くさい?」
ゴンさんも少しだけ顔を近づけた。
「……今日はちょっとな」
「やだー!」
咲子が笑う。
「だいぶ浴びてたからね」
「さっちゃんは?」
「私は離れてたから」
「ずるい!」
「何が?」
美緒も自分の服を嗅いだ。
「私もまだ香水の匂いするかも」
ゴンさんが眉を寄せる。
「加齢臭だの香水だの、お前ら本当に何してきたんだ」
三人は顔を見合わせた。
「……色々」
「今日それで全部押し通す気か?」
◇
少しして。
店の扉が開いた。
「いらっしゃ――」
ゴンさんが途中で止まる。
入ってきたのは、いつもの眼鏡のおじさんだった。
もちろん、もうネズミの着ぐるみは着ていない。
「おじさん!」
則人が手を振る。
おじさんも則人を見つけた。
「お前!」
「なに?」
「さっき俺を置いてっただろ!」
「あ」
則人が思い出す。
「ごめんねー!」
「俺、一人でどれだけ困ったと思ってんだ!」
「でも、もうひとりいたから!」
「それは分かってるよ!」
おじさんは頭を掻いた。
「分かってるけどさ……せめて、このあとどうすりゃいいかくらい教えてから行けよ」
「ごめんなさい」
素直に謝られると、おじさんもそれ以上は言えない。
「……まあ」
少し照れくさそうに鼻を掻く。
「助かったけどな」
則人が笑う。
「うん!」
「そこでお前が『うん』って言うのかよ」
ゴンさんが不思議そうに二人を見る。
「お前ら、いつからそんな仲良くなったんだ?」
「きょう!」
「今日!?」
「色々あったんだよ」
おじさんが答えた。
ゴンさんが眉を寄せる。
「お前も色々か」
「まあな」
「今日の色々、多すぎないか?」
誰も答えなかった。
◇
おじさんがいつもの席に座る。
ゴンさんが聞いた。
「いつものか?」
おじさんは少し考えた。
「……いや」
「ん?」
「今日は一杯だけにしとく」
ゴンさんが少し意外そうな顔をした。
「珍しいな」
「明日、ちょっとやることあんだよ」
則人がすぐに反応する。
「パソコン?」
「お前、声でけえよ!」
美緒が笑う。
咲子も笑った。
ゴンさんは何のことか分からず、
「パソコン?」
「何でもねえよ!」
おじさんは少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「ちょっとな。明日、若い奴に教えてもらおうと思ってる」
「おしえてっていうの?」
「そうだよ」
「いえる?」
「言うよ!」
「ほんと?」
「言うって!」
則人が嬉しそうに笑う。
「そっか!」
「何でお前がそんな嬉しそうなんだよ」
「だって、おじさんやるんでしょ?」
おじさんは少し黙った。
「……まあな」
まだ少し不安は残っている。
それでも、自分から一歩踏み出そうとしていた。
◇
おじさんはスマートフォンを取り出した。
画面を見つめる。
文字を打つ。
消す。
また打つ。
則人が横から覗こうとする。
「なにしてるの?」
「見るな!」
「だれにおくるの?」
「嫁だよ」
「なんて?」
「だから見るなって!」
おじさんはスマートフォンを身体で隠しながら、ようやく文章を打ち終えた。
今度の休み、飯でも行かないか?
短い一文。
それだけ。
指が止まる。
則人が聞いた。
「おさないの?」
「今押そうとしてんだよ」
「じゃあ、おせば?」
「お前は簡単に言うなあ!」
「だって、おくるんでしょ?」
「……そうだけどよ」
おじさんは画面を見る。
そして。
ぽん。
送信した。
「……送っちまった」
則人が笑う。
「よかったね!」
「まだ返事来てねえよ!」
「でも、おくれたよ!」
おじさんはスマートフォンを見る。
それから、小さく笑った。
「……そうだな」
返事はまだ来ない。
それでも昨日までとは違う。
自分から一つ、動くことができた。
◇
翌日。
「……よし」
女性は自宅で、スマートフォンの画面を見つめていた。
何度も見た求人。
何度も途中まで入力した応募画面。
以前なら、ここで閉じていた。
履歴書の自己PR欄を見る。
接客経験。
顧客に合わせた会話。
相手の好みや過去の会話を覚えること。
その場の空気を見ながら対応すること。
これまで自分が、
こんなの、ほかの仕事じゃ何の役にも立たない。
そう思っていたこと。
今は少しだけ違って見えた。
「……応募するだけ」
自分に言い聞かせる。
指を伸ばす。
また止まる。
怖い。
やっぱりやめようか。
そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。
でも。
一つ駄目だったからって、全部駄目なわけじゃない。
「……うん」
指を動かした。
応募する。
画面が切り替わる。
応募が完了しました。
女性は、しばらくその文字を見つめていた。
「……押しちゃった」
採用されるかは分からない。
面接まで進めるかも分からない。
その仕事が自分に合っているかも、まだ分からない。
何も決まっていない。
それでも。
昨日まで押せなかったボタンを、今日は押せた。
女性はスマートフォンを置いた。
そして、少しだけ笑った。
◇
同じ頃。
「……あのさ」
会社で、おじさんが若い部下へ声をかけていた。
「はい?」
部下が振り返る。
目の前にはパソコン。
おじさんは一瞬、言葉に詰まった。
昨日、則人たちには、
言う。
と約束した。
でも、いざ本人を前にすると、やっぱり少し恥ずかしい。
「その……」
「はい」
「それさ」
パソコンを指さす。
「最初から、教えてくれないか?」
言った。
部下が少しだけ目を丸くする。
「これですか?」
「ああ」
「いいですよ」
「……え?」
「どこからやります?」
「いや……」
おじさんの方が拍子抜けした。
「いいの?」
「いいですけど?」
「……そうか」
部下が首を傾げる。
「何かありました?」
「いや」
おじさんは小さく笑った。
「何でもねえ」
部下が画面を指さす。
「じゃあ、まずここをクリックしてください」
「ここ?」
「はい」
おじさんがクリックする。
広告が開いた。
「……」
「それ、広告です」
「お前、ここって言ったじゃねえか!」
「その横です!」
「分かりづれえな!」
「だから教えてるんじゃないですか!」
「そうだった!」
周りの若い社員が笑う。
おじさんも、少し遅れて笑った。
◇
昼休み。
おじさんのスマートフォンが震えた。
画面を見る。
妻からだった。
『いいよ。いつにする?』
それだけ。
おじさんは、しばらく画面を見つめていた。
「……そっか」
小さく呟く。
そして。
少しだけ笑った。
◇
その日の夕方。
ゴンさんの店では、いつものように美緒が働いていた。
「美緒! 三番!」
「はい!」
「ノリちゃん、それまだ食べ終わってないの?」
咲子が聞く。
「たべてるよ!」
「喋ってる方が長いよ」
「ちゃんとたべてる!」
ゴンさんが厨房から声を飛ばす。
「則人! 遊んでないで食え!」
「はーい!」
美緒が料理を運びながら笑う。
「今日はちゃんと帰りなよ」
「わかってるよー!」
「昨日も言ってた」
「きょうはかえる!」
「本当に?」
「ほんと!」
ゴンさんが、ふと咲子を見る。
「……っていうか、お前」
「何ですか?」
「今日も休みだよな?」
「そうですけど」
「二日続けて何でいるんだよ」
「いいじゃないですか!」
「お前、ほんとにほかにやることないのか?」
「あります!」
美緒が笑う。
「だから何?」
「美緒は仕事して!」
「逃げた」
「逃げてない!」
いつもの声が店内に響く。
◇
その時。
店の扉が開いた。
「ただいまー。則人いる?」
仕事帰りの母親だった。
「おかあさん!」
則人が手を振る。
ゴンさんも厨房から顔を出す。
「おう。今日もいつものとこ」
「見れば分かるよ」
母親が笑う。
「毎日ありがとね。ずっと則人見てもらっちゃって」
「今さら何言ってんだ」
ゴンさんも笑った。
「こいつ、児童館終わったら勝手に来るんだから」
「かってじゃないよ!」
則人が頬を膨らませる。
「ちゃんときてるよ!」
「勝手に来るのと何が違うんだよ」
母親も笑った。
昔から変わらないやり取りだった。
仕事が終わるまで。
母親が迎えに来るまで。
則人がここで過ごす。
それは、ずっと前から当たり前になっていた。
母親は店内を見回した。
「……ねえ」
「ん?」
「今日、私もここで夕飯食べちゃおうかな」
「おう、食ってけ」
ゴンさんは即答した。
「今日はもう作るの面倒になっちゃった」
「そういう日もあるだろ」
「やった!」
則人が喜ぶ。
母親が席へ座ろうとした時だった。
則人が何かを思い出したように言う。
「でも、おかあさん!」
「何?」
「おさけものむんでしょ!!」
店内が一瞬静かになった。
母親は、きょとんと則人を見る。
それから笑った。
「飲むわよ」
「やっぱり!」
「いいじゃない」
「いいの?」
「大人にはね」
母親は仕事で凝った肩を軽く回した。
「たまには、飲まなきゃって時もあるのよ」
「そうなの?」
「そうなの」
その言葉を聞いたゴンさんが、ゆっくりカウンターの方を見た。
そこには、今日もおじさんが座っていた。
目が合う。
ゴンさんが、にやりと笑う。
「……だってよ」
おじさんは一瞬、何のことか分からない顔をした。
そして。
昨日までの自分を思い出す。
酒を飲んで。
考えたくないことを後回しにして。
また飲んで。
それでも何も変わらなかった。
「……俺に言うなよ」
そう言いながら、おじさんは少しだけ苦笑した。
ゴンさんも笑う。
美緒も笑う。
咲子も笑う。
則人だけは、よく分からないまま首を傾げていた。
「なんでわらってるの?」
誰も答えなかった。
いつもの店に。
いつもの声が響いていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




