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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
ガスねずみ編

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第七話 ちゃんと、やってる

第五章 第七話 ちゃんと、やってる


「何が分かるんだよ!」


「わかんないよ!」


則人は、すぐに言い返した。


ドブネズミの着ぐるみに包まれた男が、思わず言葉を失う。


「……は?」


「わかんないから、ききにきたんだよ」


則人は鼻を押さえながら、それでも男から離れなかった。隣ではサトルも同じように鼻を押さえている。


男は二人を見比べた。


「……何を聞くんだよ」


「おじさん、なににこまってるの?」


「別に困ってねえよ」


「でも」


サトルが男の顔を見る。


「こまってないっていってるかおじゃないよ」


「……」


男は思わず自分の顔を触った。


「お前ら、容赦ねえな……」


ほんの少し笑う。


その拍子に肩が動いた。


ぶしゅっ。


「くさっ!」


「サトルくん!」


「今のは俺も悪くないだろ!」


男が思わず叫んだ。


「勝手に出たんだぞ!」


「わかってるよ!」


「じゃあ俺よりそいつを怒れよ!」


「だってサトルくん、すぐくさいっていうから!」


「くさいものはくさいよ!」


「お前らなあ……」


男は頭を抱えた。


けれど、その顔はさっきまでより少しだけ柔らかくなっていた。


◇


「聞いたって、どうしようもないよ」


白いガスネズミの女は、美緒と咲子から少し離れたところに腰を下ろしていた。


動くと香水が噴き出す。


そのため、できるだけじっとしている。


美緒と咲子も、無理に近づこうとはしなかった。


「どうにかできるかは、分かりません」


美緒が言った。


女が顔を上げる。


「じゃあ、何で聞くの?」


「聞くことはできます」


「……高校生でしょ?」


「はい」


「私の仕事のことなんて分かる?」


「分かりません」


即答だった。


女が目を丸くする。


「……そこ、普通は分かるって言わない?」


「だって、やったことないですから」


咲子も頷いた。


「私も分かりません」


「二人して正直ね」


「分かったふりしてもしょうがないですし」


咲子がそう言って、女を見る。


「だから、聞かせてもらえませんか?」


女はしばらく二人を見ていた。


美緒の頭には猫耳。


その隣には、妙に落ち着いた咲子。


少し離れた場所には天女も立っているが、当然、女には見えていない。


「……変な子たち」


「よく言われます」


「私は言われない」


咲子がすぐに訂正する。


「さっちゃん!」


「一緒にしないで」


女が少しだけ笑った。


◇


「俺はな、仕事が嫌いなわけじゃねえんだよ」


男は道路脇に腰を下ろした。


則人とサトルも、少し離れたところに座る。


「むしろ好きだったよ。若い頃なんか、仕事覚えるのが面白くてな」


「いまは?」


則人が聞く。


「今だって嫌いじゃねえよ」


「じゃあ、なんでこまってるの?」


「だから困ってねえって」


サトルが男の顔を見る。


「そのかお」


「分かったよ! 困ってるよ!」


男がとうとう降参した。


「まったく……」


少し黙ってから、男は続ける。


「昔はな、俺が教える側だったんだよ。分からない奴がいたら、こうやるんだって教えてやった。失敗したら、何で失敗したのか一緒に考えて、次はこうしろってな」


「うん」


「でも今は、パソコンだの新しいシステムだの、どんどん変わるだろ」


男は着ぐるみに覆われた自分の手を見る。


「何をやってるかは分かるんだよ。でも、じゃあ俺がやってみろって言われたらできねえ」


「じゃあ、おしえてもらえばいいんじゃない?」


則人が言った。


男は即答した。


「そうなんだよ」


「?」


「それができりゃ苦労しねえんだよ」


則人とサトルがそろって首を傾げる。


「なんで?」


「お前らには分かんねえだろうなあ……」


男は頭を掻いた。


「昨日まで教えてたような若い奴にだぞ? 今度は俺が『分からないから教えてください』って言うんだぞ」


則人は少し考えた。


「はずかしいの?」


男が黙る。


「……まあ」


少し間を置いてから、


「そんな感じだ」


と答えた。


口にしてみると、思っていたより単純な話だった。


だからこそ、余計に情けなく感じた。


◇


「今の仕事が嫌いなわけじゃないんだよね」


女は言った。


「嫌な客もいるよ。さっきみたいに、座って酒飲んでるだけだろって言う人もいるし」


「はい」


「でも、いい人だっている。私に会いに来てくれる人もいるし、話して楽しかったって帰ってくれたら、そりゃ嬉しいよ」


美緒は黙って聞いている。


「だから、全部嫌いなわけじゃない」


「じゃあ、なんで辞めたいんですか?」


「……ずっとはできないから」


女は自分の着ぐるみを見る。


白い毛並み。


華やかな装飾。


動くたびに香水を撒き散らす散布器。


「いつまでできるんだろって、ずっと思ってる」


「それで、ほかのお仕事を?」


咲子が聞いた。


「求人は見てる」


「応募したんですか?」


「してない」


「どうして?」


「怖いから」


言ってから、女自身が少し驚いたような顔をした。


美緒が聞く。


「怖い?」


「今の仕事ならできるの」


女は自分の手を見る。


「客と話すのも、相手が何を求めてるか考えるのも、もう慣れてる。嫌なこと言われた時の流し方だって分かる」


「はい」


「でも次に行ったら?」


声が少し小さくなる。


「パソコンだってそんなに使えない。昼の仕事だってほとんど知らない。知らない人たちの中で、今までの私が何にも通用しなかったら?」


咲子は静かに女を見た。


「できない自分になるのが、怖いんですね」


「……」


しばらく沈黙が続く。


やがて女は、小さく頷いた。


「うん。怖いよ」


◇


「家だって、別に嫌いじゃねえんだ」


男は続けた。


「嫁とも、別に仲悪いわけじゃねえし」


「うん」


「子供だって反抗期なだけだ。俺だって親父に似たような態度取ってたんだろうし」


「おじさんも?」


「たぶんな」


「おぼえてないの?」


「都合の悪いことは忘れるんだよ、大人は」


「だめじゃん」


「うるせえ」


サトルが笑う。


男も少し笑った。


「嫁には悪いと思ってるよ。ずっと仕事優先だったからな」


「じゃあ、いっしょにいればいいじゃん」


則人が言う。


「やったよ」


「どうだった?」


「日曜にどっか行こうって誘った」


「いったの?」


「嫁は友達と約束。子供も友達と約束」


サトルがすぐに言った。


「じゃあ、べつのひ」


男は両手で頭を抱えた。


「お前ら二人とも正論しか言わねえな!」


「だって、べつのひにいけばいいじゃん」


「分かってんだよ!」


男は顔を上げる。


「分かってんだ。別の日にすりゃいい。少しずつ話せばいい。新しい仕事だって、若い奴に教えてもらえばいい」


「じゃあ――」


「でもな」


男は則人を見る。


「一回うまくいかないと、やっぱ駄目かって思っちまうんだよ」


則人は黙った。


「また駄目だったらどうしようってな。そう思うと、次に行くのが面倒になって……結局、酒飲んで忘れようとする」


そこまで話してから、男は小さく息を吐いた。


「……俺、何やってんだろうな」


◇


「お姉さん」


美緒が声をかけた。


「何?」


「今のお仕事で覚えたことって、次のお仕事じゃ使えないんですか?」


女が少し考える。


「……どうだろ」


「人と話すの、得意なんですよね?」


「まあ、仕事だから」


「相手が何を考えてるか見るのも?」


「それも仕事だからね」


「人の顔とか、前に話したこととかも覚えるんですよね?」


「覚えてないと怒る人いるから」


「それって」


美緒は首を傾げた。


「全部、お仕事でできるようになったことじゃないんですか?」


女の表情が止まった。


咲子も何も言わない。


女はしばらく考えていた。


「そんなの……」


言いかけて、止まる。


もう一度考える。


「……そうなのかな」


その時だった。


美緒の猫耳に、ぬらりひょんの声が届いた。


『少しは話せたようじゃな』


「うわっ!」


美緒が突然声を上げる。


「どうしたの?」


咲子が聞いた。


「ぬらりひょんさん!」


女が眉を寄せる。


「何?」


「今、ぬらりひょんさんから返事が来て」


「……私には何も聞こえなかったけど」


「猫耳つけてる私にしか聞こえないんです」


女は美緒の頭を見る。


「……その猫耳、思ってたより重要なのね」


「そうなんです!」


咲子がぼそりと言う。


「本人が一番忘れてたけど」


「忘れてない!」


猫耳から、また声が届く。


『忘れておったじゃろう』


「忘れてません!」


女が不思議そうに美緒を見る。


「誰と喋ってるの?」


「ぬらりひょんさんです!」


「……もう何でもいいや」


女は頭を抱えた。


天女が隣で楽しそうに笑っていた。


◇


ぶしゅっ。


「くさっ!」


サトルが鼻を押さえた。


「また言った!」


男が振り返る。


「だって、また出た」


「俺が好きで出してるんじゃねえよ!」


「でもくさい」


「それはもう分かったよ!」


「サトルくん、いいすぎだよ!」


則人が止める。


「ノリちゃんもさっき、はなおさえてた」


「それはいわないで!」


「お前ら、本当に容赦ねえな!」


男がとうとう吹き出した。


則人も笑う。


サトルも笑った。


しばらく笑ってから、男は息を吐く。


その顔を見て、則人が言った。


「おじさん」


「何だよ」


「いま、いつものおじさんだった」


男の笑顔が止まる。


「……そうか?」


「うん」


男は少しだけ照れたように顔を逸らした。


◇


「俺、ちゃんとやってるつもりだったんだけどな」


男がぽつりと言った。


別の場所。


白いガスネズミの女も、自分の膝を見ながら呟く。


「私だって、ちゃんとやってきたんだけどね」


似たような言葉。


けれど、少し前とは違っていた。


怒りをぶつけるための言葉ではない。


初めて、自分自身へ向けた言葉だった。


則人が男へ聞く。


「おじさん」


「ん?」


「おじさんの『ちゃんと』って、なに?」


「……え?」


男が止まった。


一方。


美緒も女へ問いかける。


「お姉さんは、どうなったら『ちゃんとした』って思えるんですか?」


「……」


女も答えられない。


男は考える。


女も考える。


ずっと、


ちゃんとしなきゃ。


しっかりしなきゃ。


そう思ってきた。


けれど、自分が本当はどうなりたいのか。


何をすれば「ちゃんとした」と思えるのか。


その答えを、二人ともまだ持っていなかった。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

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