↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
ガスねずみ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
55/116

第五章 第二話 わらってるだけじゃない

第五章 第二話 わらってるだけじゃない


「えー、本当に? それ、前にも言ってなかった?」


女が笑うと、向かいに座った男も上機嫌で笑った。


「言ったっけ?」


「言ってたよ。ほら、あの部長さんと飲みに行った時の話」


「ああ、そうそう! あれな!」


もう何度聞いたか分からない話だった。


最初に聞いたのがいつだったかも覚えていない。それでも女は、初めて聞いた時とほとんど変わらない顔で笑う。


相手が何を話したか。何を飲むか。どんな仕事をしているか。家族はいるか。何を言えば喜び、何を言うと機嫌を損ねるか。


できる限り覚えておく。


それも仕事だった。


「やっぱ○○ちゃんはいいよなあ」


「何が?」


「だってさ、こうやって座って男と酒飲んでりゃ金になるんだろ?」


女は、ほんの一瞬だけ黙った。


「そうそう。楽な仕事なの」


すぐに笑顔で答える。


「だろ?」


「じゃあ今度、代わります?」


「俺が?」


「ドレス用意しときますよ」


「似合うかなあ」


「意外といけるかも」


「やめろよ!」


男が大笑いする。


女も一緒に笑いながら、空いたグラスを作り直した。


それからも話を聞き、相槌を打ち、頃合いを見て別の話題へ移す。


しばらくして別の女の子と交代し、客から見えないところまで来たところで、ようやく頬から笑顔が消えた。


「……楽だったらいいんだけどね」


誰にも聞こえない声で呟いた。


◇


休憩に入ると、女は椅子へ腰を下ろして、すぐに靴を脱いだ。


「痛った……」


見た目は華やかでも、一晩中履いていれば足は悲鳴を上げる。


足先を揉んでいると、同僚がやって来た。


「今日、あの人また来てるよ」


「誰?」


名前を聞いた瞬間、すぐに顔が浮かんだ。


「ああ。知ってる」


「指名入るんじゃない?」


「たぶん。娘さん、今月誕生日だから、その話振っといて」


「よく覚えてるね」


「前に三十分くらい娘さんの話してたもん」


「私なら忘れてる」


「忘れたら機嫌悪くなるよ、あの人」


同僚が笑う。


「大変だねえ」


「そっちもでしょ」


「まあね」


客の名前。


仕事。


好きな酒。


前回何を話したか。


家族のこと。


好きなもの。


嫌いなもの。


全部を完璧に覚えられるわけではない。それでも、できる限り覚えておく。


酔った客の機嫌も見る。飲みすぎていれば、それとなくペースを落とす。嫌なことを言われれば、笑って流すのか、話題を変えるのか、少し距離を取るのか、その場で判断する。


ただ座って酒を飲んでいるだけなら、どれほど楽だろう。


「ねえ」


同僚が化粧を直しながら言った。


「何?」


「いつまでやる?」


女の手が止まった。


「何、急に」


「いや、私たちもいつまでも若いわけじゃないじゃん」


「当たり前でしょ」


「ずっと続ける?」


女は少し考えた。


「……ずっとは無理じゃない?」


「だよね」


ほんの軽い会話だった。


けれど、その言葉だけが妙に胸に残った。


◇


仕事を終えて店を出る。


さっきまでの明るい照明も、客たちの笑い声もない。


スマートフォンを見ると、求人サイトから通知が来ていた。


何となく開いてみる。


事務。


販売。


受付。


営業。


いくつもの仕事が並んでいる。


以前にも見た。


一度だけ、本気で履歴書を書こうとしたこともある。


名前。


住所。


学歴。


そこまではよかった。


職歴。


そこで手が止まった。


長く働いてきた。


何もしてこなかったわけではない。


接客ならできる。


人の顔と名前を覚えるのも得意だ。


初対面の相手と話すことにも慣れているし、相手が何を求めているのかを考えることだって、毎日のようにやってきた。


場の空気を読み、相手の機嫌を見ながら会話を続ける。


それも、自分が身につけてきた技術のはずだった。


けれど、履歴書の職歴欄へ書こうとすると、自分がやってきたことが急に小さく見えた。


面接で何と言われるんだろう。


どうして今までこの仕事をしていたのか。


なぜ辞めるのか。


昼の仕事はできるのか。


そんなことを聞かれる自分を想像した。


それだけではない。


今より収入が下がったら。


採用されなかったら。


先に店を辞めて、それから次の仕事が見つからなかったら。


考えれば考えるほど、動けなくなる。


結局、その時は応募しなかった。


今日も求人を眺めるだけで、画面を閉じた。


◇


帰りにコンビニへ寄った。


飲み物と簡単な食事を手に取り、レジへ向かおうとした時、近くにいた二人組の会話が聞こえてきた。


「昨日、付き合いでキャバクラ行ったんだけどさ」


「へえ」


「すげえよな、ああいう仕事。男に酒飲ませて金使わせるだけで、あんな稼げるんだろ?」


「顔がよけりゃ楽なんじゃね?」


笑い声が聞こえた。


女は何も言わなかった。


自分について話しているわけではない。


知らない人たちだ。


だから、そのまま商品を持ってレジへ向かった。


店では、


かわいい。


会いたかった。


また来る。


そう言われる。


けれど一歩外へ出れば、


男に金を使わせているだけ。


楽な仕事。


まともじゃない。


そんなふうに言われる。


同じ自分なのに、見る人と場所が変わるだけで、まるで別のものとして扱われる。


「……勝手だよね」


小さく呟いて、コンビニを出た。


◇


家へ帰ると、女は鏡の前に座った。


メイクを落としていく。


派手な色が少しずつ消え、仕事中の顔から普段の自分へ戻っていく。


髪をほどき、アクセサリーを外した。


そのまま冷蔵庫を開け、缶を一本取り出す。


仕事中にも飲んでいる。


それなのに、家へ帰ってからもまた飲む。


スマートフォンを開いた。


さっき閉じた求人サイトを、もう一度眺める。


「……しっかりしなきゃな」


口にしてみた。


けれど、すぐに疑問が浮かんだ。


何をもって、しっかりなんだろう。


昼の仕事をすればいいのか。


今の仕事を辞めればいいのか。


キャバクラで働いている自分は、しっかりしていないのか。


そんなことはないと思う。


この仕事だって真面目にやってきた。


適当に酒を飲んで笑っていただけではない。


自分なりに覚えたことも、できるようになったこともある。


その全部を否定したくはない。


けれど、このままずっと続けたいかと聞かれれば、それも違う。


「じゃあ、どうすればいいのよ……」


答える人はいない。


缶を開けた。


小さな音が、静かな部屋に響く。


「……飲まなきゃやってらんない」


一口飲んだ。


画面には、たくさんの求人が並んでいる。


そのどれもが、自分とは少し遠い世界のものに見えた。


◇


同じ頃。


別の家では、一人の男が鞄の中を見ていた。


ゴンさんの店の常連客。


昨夜、黒服から差し出されたものを、結局受け取っていた。


男はそれを手に取り、しばらく眺めた。


「……何なんだよ、これ」


当然、答えはない。


知らない人間から渡された、正体も分からないものだ。


気味が悪い。


捨てたところで何の問題もない。


男はゴミ箱へ目を向けた。


手を伸ばしかけ、少し迷う。


そして結局、それを鞄へ戻した。


「馬鹿馬鹿しい」


自分でも、なぜ取っておくのか分からない。


ただ、何となく捨てる気になれなかった。


男は鞄を閉じた。


黒服からそれを受け取ったことも、その後どう扱うのかも、この時の男には何を意味するのか分からなかった。


ただ昨夜、自分があの黒服から何かを受け取った。


それだけは事実だった。


◇


数日後。


女はいつものように仕事を終え、店を出た。


今日も笑った。


今日も飲んだ。


今日も客の話を聞いた。


疲れた。


帰ったら、また求人サイトでも見るか。


どうせ見るだけだろうけど。


そんなことを考えながら歩いていると、一人の男とすれ違った。


黒い服。


女は気に留めなかった。


そのまま歩いていく。


黒服は数歩進んだところで立ち止まった。


ゆっくりと振り返る。


遠ざかっていく女の背中を見る。


何も言わない。


追いかけもしない。


ただ、見ている。


女はその視線に気づかないまま、人混みの中へ消えていった。

本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。

それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。

一つの作品だけでも楽しめる。

けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。

ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。

【人間×生成AIによる合作作品】

企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才

文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)

本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。

本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。