第五章 第一話 まだ、やれる
第五章 第一話 まだ、やれる
「じゃあ、この部分は新しいシステムに移しておきます。今のままだと、あとでデータをまとめ直す方が面倒なんで」
若い社員がそう言いながら、会議室の大型モニターに画面を映した。
いくつもの表や数字が並び、その横では別の社員がノートパソコンを操作している。話している内容そのものは分かる。何をしようとしているのかも、なぜその方が効率がいいのかも理解できる。
ただ、実際にその画面を目の前にして、自分で同じことができるかと言われれば話は別だった。
「こっちのデータは自動で連携できるんだっけ?」
「はい。設定だけ最初にやれば、あとは勝手に入ります」
「なるほどな」
男は頷いた。
部下が続ける。
「課長、この部分どうします? 一応、前と同じやり方でもできるんですけど」
「ああ……」
画面を見る。
昔なら、ここで自分が一番先に答えていた。
こうした方が早い。ここは先に片づけた方がいい。それは違う。
そうやって部下に仕事を教えてきた。
けれど今は、その先の言葉が出てこない。
「……その辺は、お前たちの方が詳しいだろ。やりやすい方法でやってくれ」
「分かりました」
部下は素直に頷き、すぐに作業へ戻った。
誰も嫌な顔はしない。むしろ、任せてもらえたと思っているのかもしれない。
男もいつものように笑ってみせた。
けれど、心の中には別の言葉が残っていた。
任せたんじゃない。
分からなかっただけだ。
◇
会議が終わると、男は自分の席へ戻った。
年齢相応の役職はある。部下もいる。給料だって、若い頃よりはずっといい。
会社から辞めろと言われているわけでもなければ、誰かに邪魔者扱いされているわけでもない。
それでも最近、自分だけが少しずつ仕事場の流れから外れていくような感覚があった。
「課長、ちょっといいですか?」
顔を上げると、先ほどとは別の若い社員が立っていた。
「どうした?」
「例の取引先なんですけど、担当の人とちょっと揉めちゃって……。こっちはちゃんと説明したつもりなんですけど、向こうが怒っちゃって」
「どんな言い方した?」
事情を聞き、しばらく話したあと、男は椅子にもたれた。
「たぶん、内容じゃないな。向こうは自分が後回しにされたと思ったんだろ。正しいことを言えば伝わるってもんでもないからな。明日、最初に一回電話してみろ。説明より先に、待たせたことだけ謝っとけ」
「でも、こっちに落ち度は……」
「あるかどうかじゃなくて、そう感じさせたって話だよ。そのあと本題を話せばいい」
若い社員は少し考えてから頷いた。
「分かりました。やってみます」
「駄目だったら俺に回せ」
「ありがとうございます」
社員が戻っていく。
こういうことなら分かる。
何年も働いてきた。失敗もしたし、怒られたこともある。そういう経験なら、若い連中に渡せるものもある。
それでも男は、机の上のパソコンを見た。
「……俺だって、まだ現場でやれるんだけどな」
管理だけしていればいい。
それが今の役割だと言われれば、その通りなのだろう。
けれど、自分の中ではまだ何かが納得していなかった。
◇
家へ帰った頃には、もう夜だった。
「おかえり」
妻の声が台所から聞こえる。
「ただいま」
「ご飯、温める?」
「ああ、頼む」
上着を脱ぎながらリビングへ入ると、妻が電子レンジへ料理を入れた。
昔は、もっといろいろ話していた気がする。
今日何があった。会社でこんなことがあった。子供がこんなことをした。
いつからだろう。
お互いに必要なことだけ話すのが普通になったのは。
「今日ね――」
妻が何か言いかけたところで、男のスマートフォンが鳴った。
反射的に画面を見る。
会社からだった。
「悪い」
そのままメッセージを開く。
大した用ではなかった。明日でもいい。それでも一度見てしまうと気になって、返事まで打ってしまった。
顔を上げると、妻はもう皿を並べている。
「何だった?」
「いや、大したことじゃない」
「そう」
それだけだった。
責められてはいない。
だから余計に、何とも言えない気分になった。
こういうことを、ずっとやってきたんだろうな。
仕事が忙しい。
今は仕方ない。
また今度。
そうやっているうちに、何年も経った。
「なあ」
子供がリビングを通ったので声をかける。
「学校どうだ?」
「普通」
「最近、部活は?」
「普通」
「……そっか」
子供はそのまま自分の部屋へ行こうとする。
「おい」
「何?」
振り返る顔が、少し面倒そうだった。
「いや……何でもない」
「じゃあ行くね」
扉が閉まる。
男はしばらく、その方向を見ていた。
「反抗期ね」
妻が言う。
「分かってるよ」
「あなたにもあったでしょう?」
「あったんだろうけどさ」
男は苦笑した。
「俺、あんなだったか?」
「もっとひどかったんじゃない?」
「お前、俺の学生時代知らないだろ」
「何となく」
二人で少し笑った。
笑える。
だから、家庭が壊れているわけではない。
それでも男は、どこか寂しかった。
もう少し妻と話したい。
子供とも話したい。
そう思っているのに、いざとなると何を話せばいいのか分からない。
仕事と同じだった。
どうしたいかは、何となく分かる。
そこへ行く方法が分からない。
◇
翌日の夜。
男はゴンさんの店にいた。
「おい。また飲んでんのか」
「いいだろ。金払ってんだから」
「そういう問題じゃねえよ」
ゴンさんが呆れた顔でグラスを置く。
男は笑いながらそれを受け取った。
「ここくらい好きに飲ませろよ」
「好きに飲むのと、無茶して飲むのは違う」
「細けえなあ」
「店やってりゃ客の飲み方くらい見るんだよ」
いつものやり取りだった。
ここへ来ると少し楽になる。
会社の上司でもない。
家の父親でも夫でもない。
ただの常連客でいられる。
「おじさん、またいる」
声がして振り向く。
則人とサトルがいた。
「何だよ、その言い方。俺がいちゃ悪いのか?」
「わるいとはいってないよ」
則人が笑う。
サトルも隣から言った。
「でも、よくいるよね」
「常連ってのはそういうもんだ」
「じょうれんって、いっぱいくるひと?」
「そうだ。覚えとけ」
「いっぱいのむひと?」
「それは違う」
ゴンさんが即座に割り込んだ。
「お前が変なこと教えるな」
「教えてねえよ」
店の中に笑いが起きた。
男も笑った。
それから、またグラスへ手を伸ばす。
しばらくして、ゴンさんがその手を止めた。
「今日はもうやめとけ」
「まだいいだろ」
「最近ペース速えぞ」
「今日は飲ませろって」
「この前も聞いたぞ、それ」
男は一瞬黙ったあと、笑った。
「大人にはな、飲まなきゃやってられない時があんだよ」
則人が首を傾げた。
「おじさん、なんかあったの?」
「何にもねえよ」
「でも、いつもよりいっぱいのんでる」
「気のせいだ」
するとサトルが何気なく聞いた。
「きょうだけ?」
男の手が止まった。
最近、確かにずっとこんな感じだった。
「……子供はそんなこと気にしなくていいんだよ」
そう言って、サトルの頭を軽く撫でる。
「子供扱いするなよ」
「子供だろ」
「おじさんよりは子供だけど」
「何だそれ」
また笑う。
けれど、帰る頃になると、ゴンさんだけは少し心配そうな顔で男を見ていた。
◇
店を出る。
夜風に当たると、酔いが少しだけ醒めた。
男は歩きながらスマートフォンを見た。
妻から、
『帰り何時くらい?』
と来ている。
返事を打とうとして、指が止まる。
仕事も辞めたいわけじゃない。
むしろ、まだやりたい。
若い連中に負けたくないというより、まだ自分にもできることがあると思いたい。
妻とも別れたいわけじゃない。
子供に嫌われたいわけでもない。
もっと話したい。
昔みたいに、とまではいかなくても、もう少し。
「……しっかりしねえとな」
自分で言ってみる。
そのあとが続かなかった。
何をすれば、しっかりしたことになるんだ。
新しい仕事を覚える?
若い部下に頭を下げて教えてもらう?
家に早く帰る?
妻と話す?
子供に声をかける?
どれも間違ってはいない気がする。
でも、どこから始めればいい。
「俺、まだやれると思ってんだけどな……」
誰に言ったわけでもない。
ただ、口から出た。
仕事も。
家庭も。
まだ終わったつもりはない。
なのに、どちらも自分だけ少しずつ置いていかれているような気がする。
男は立ち止まった。
「……何からやりゃいいんだよ」
その時だった。
目の前に誰かが立っていた。
黒い服。
いつからそこにいたのか分からない。
男が顔を上げる。
「……何だ?」
黒服は答えない。
ただ、一つの物を男の前へ差し出した。
「どうぞ」
「……は?」
それだけだった。
説明もない。
男は差し出された物と、黒服の顔を交互に見る。
「何なんだよ、これ」
返事はない。
黒服はただ、差し出したまま動かなかった。
男は戸惑いながら、その物へ手を伸ばす。
指先が触れる。
その直前、ふと頭の中に浮かんだ。
これで何か変わるのだろうか。
そんなはずはない。
分かっている。
分かっているのに、男の手は止まらなかった。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
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ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




