閑話四 看板娘、はじめました
閑話四 看板娘、はじめました
夕方。ゴンさんの店は、今日も常連客を中心に賑わっていた。
「ゴンさん、これってどんな酒?」
客がメニューを指さすと、ゴンさんは待ってましたとばかりに酒瓶を手に取った。
「これはな、まず米が――。この辺りは水もいいんだが、それだけじゃなくて仕込みがな。それで香りは――」
「あなた」
「冷やしてもいいんだが、俺は少し温度を上げた方が――」
「あなた!」
ようやくゴンさんが振り返る。
「なんだよ」
料理を両手に持った奥さんが、呆れた顔をしていた。
「まだ一杯も注ぎ終わってないの?」
「今、大事なところなんだよ」
「仕事の方が大事!」
常連たちが笑う。
「いつもの始まったな」
「まだ日本酒だからいい方だよ」
別の客が、店内に並んだ光の巨人のフィギュアを指さした。
「ゴンさん、そういやこの光の巨人――」
「おっ、分かるか!」
ゴンさんの顔が一気に輝く。
「それは初期の――」
「仕事!」
また奥さんの声が飛んだ。
「分かったよ!」
「分かってないから言ってるの!」
店は元々常連が多い。それに加えて最近は客も増えている。ただ、奥さんには、忙しい理由を客の数だけのせいにはできない気がしていた。
「……やっぱり、人を入れましょう」
「何の話だ?」
「アルバイト」
「まだ言ってんのか?」
「あんたが日本酒と光の巨人の話をしてる時間を減らせば、もう少し考えるけど」
「仕事はしてるだろ」
「してから言って」
「…………」
「募集するからね」
ゴンさんは返事をしなかった。奥さんは、それを了承と受け取った。
数日後。
「さっちゃん」
則人に呼ばれ、咲子が振り返った。
「ゴンさんのおみせ、ひとたりないんだって」
「そうなの?」
「うん。おてつだいしたら、おかねもらえるって」
「アルバイト?」
「それ!」
咲子は少し考えた。ゴンさんの店なら知っているし、則人から紹介された店でもある。そして頭に浮かぶのは、最近すっかり仲良くなった天女だった。
『咲子さん、こちらのお菓子も気になります』 『今度、あちらのお店にも行ってみたいです』
また言う。きっと言う。
「……少し貯めておいた方がいいかも」
「なにを?」
「なんでもない」
咲子は苦笑した。
「教えてくれてありがとう。ちょっと聞いてみる」
「うん!」
その話を美緒にすると、思った以上に早く食いついた。
「ゴンさんのところでバイト?」
「うん」
「私もやろうかな」
「決めるの早くない?」
「バイト探そうかなって思ってたし」
「それだけ?」
「……それだけじゃないけど」
美緒の頭には、天女の羽衣と同じ生地や、不思議なアクセサリーが浮かんでいた。そして、ついこの間勝手に下界へ遊びに来た朱雀も。
「天女たちともっと仲良くなったら、また面白いもの見せてもらえるかもしれないし」
「それ、バイトする理由?」
「半分くらい」
「半分もあるんだ……」
「朱雀ともまた話したいし」
「それは完全に関係ないから」
「どこかでつながるかもしれないじゃん」
「つながらないと思う」
「やってみないと分かんないでしょ」
「まあ、美緒がやりたいならいいけど。採用するか決めるのはゴンさんだからね」
「あ」
「そこからだから」
二人が働きたいと店へ来ると、奥さんはすぐに乗り気になった。
「いいじゃない」
しかしゴンさんは腕を組む。
「いや、でもなあ。うちは居酒屋だぞ。二人とも酒飲めねえだろ」
「飲まないよ」
「そういう意味じゃなくてな。うちは日本酒にもかなりこだわってんだ。客に聞かれても説明できねえだろ」
奥さんが即座に返した。
「そこはあんたが説明すればいいじゃない」
「でもよ」
「説明したくて仕方ないんでしょ?」
「まあ……」
「じゃあ問題ないじゃない」
さらに奥さんは二人を見る。咲子は市松人形を思わせる端正な和風美少女。美緒は咲子とは違うが、人当たりがよく愛嬌がある。
「それに、こんな看板娘が二人も来てくれるのよ?」
「看板娘だって」
美緒が嬉しそうに咲子を見る。
「そこに反応しない」
「いいじゃん」
「咲子ちゃんは綺麗だし、美緒ちゃんは愛嬌あるし。接客なんて覚えればいいの」
「いや、だからな……」
「それとも、これからもあんたが日本酒と光の巨人の話をしてる間、私一人で全部回せっていうの?」
「…………」
「どうなの?」
ゴンさんは黙った。
「……分かった。とりあえず、やってみろ」
「やった!」
「ありがとうございます」
奥さんは満足そうに頷く。
「決まりね」
「お前が店主みたいだな」
「実際、誰が店を回してると思ってるの?」
ゴンさんは何も言い返せなかった。
初仕事は、思ったより順調だった。特に咲子は覚えるのが早い。
「咲子ちゃん、これ三番にお願い。帰りに五番のお皿も下げてくれる?」
「はい」
料理を運び、そのまま空いた皿を回収して戻ってくる。動きに無駄がない。
「さっちゃん、速くない?」
「普通でしょ」
「それ絶対普通じゃないって」
「空手と比べたらこれくらい」
「比較対象がおかしいの!」
一方、美緒は客との会話にすぐ馴染んだ。
「美緒ちゃん、おすすめどれ?」
「え?」
常連に聞かれ、一瞬だけ迷う。けれどメニューを見て、
「私はこれ好きです」
と答えた。
「じゃあ、それにしようかな」
「はい!」
それだけだった。相手が求める正解ではなく、自分が好きなものを自分で言う。美緒はそのまま注文を奥さんへ伝えに行った。
そして人手が増えた。
これで店は楽になる――はずだった。
「ゴンさん、この酒なんだけど」
「おっ、それはな」
始まった。
「美緒ちゃん、こっちお願い!」
「はい!」
しばらくすると別の客が、
「ゴンさん、この光の巨人って――」
「おお! そこに気づいたか!」
「ゴンさん、注文入ってるよ」
咲子が声をかける。
「あ」
「あ、じゃないでしょ」
奥さんが呆れる。
「人が増えたからって、前より喋ってない?」
「気のせいだ」
「気のせいじゃない」
常連たちは笑っていた。
しばらくすると、店にはもう一つ変化が起き始めた。
「今日、咲子ちゃんいる?」 「美緒ちゃん、今日も入ってる?」
二人目当ての客まで現れるようになった。
「ほら、言ったでしょ。看板娘」
奥さんは得意げだが、ゴンさんは複雑そうだった。
「美緒ちゃん、今日何時まで?」
若い客が美緒へ尋ねる。
「今日は――」
「おい」
ゴンさんの声が飛んだ。
「何?」
「見張ってるからな」
「何を?」
「口説くなよ」
「まだ何も言ってないよ!」
「ゴンさん、怖いって」
美緒が笑う。
別の客が咲子へ注文しているだけでも、
「見張ってるからな。口説くなよ」
「注文してるだけだって!」
「また言ってる」
常連が笑い、奥さんが、
「そんなこと言ってないで仕事!」
とゴンさんを追い立てる。
ある夕方、店の扉が開いた。
「ただいま!」
「おう、おかえり」
「おかえり、ノリちゃん」
ゴンさんと奥さんが当たり前のように返す。則人にとって、この店は母親が迎えに来るまで過ごす、いつもの場所だった。
ただ今日は一人ではない。
「ん? 今日はさとるも一緒か」
「つれてきた!」
「お邪魔します」
「いいのよ。さとる君も一緒に食べる?」
「腹減ってるなら食ってけ」
さとるは少し迷ってから、
「じゃあ……いただきます」
と頭を下げた。
「さっちゃん!」
「おかえり、則人」
「美緒ちゃんも!」
「おかえり」
美緒も笑って手を振る。
「……前より賑やかになったね」
さとるが店内を見回す。
「俺もそう思う」
ゴンさんが答えた。
その時、則人が店の端を見た。
「あ」
「どうしたの?」
「やっぱり、おちゃのんでる」
「え?」
さとるにははっきり見えない。ただ、店の隅に誰かがいるような気配だけは感じる。
そこでは、いつ来たのか、ぬらりひょんが当たり前のように茶を飲んでいた。
「いつ来たんだよ」
ゴンさんが言う。
「さっきからおるぞ」
「声くらいかけろよ」
「忙しそうだったからの」
「誰のせいで忙しいと思ってんだ」
「わしではなかろう」
「……それはそうだけどよ」
別の場所には天女もいた。ゴンさんはそちらへちらりと目を向ける。
「……あいつにも後で何か差し入れてやらねえとな」
一般の客には見えていない。こっそり何か出してやるつもりだった。
「……いるの?」
美緒が咲子へ小声で聞いた。
「誰が?」
「ぬらりひょん」
「いるよ」
「どこ?」
「あそこ」
咲子が場所を示す。美緒には姿までは見えないが、何となくそこに何かがいる感覚はある。
「よし」
「何が、よし、なの?」
美緒はそちらへ歩いていく。
「ぬらりひょん!」
「見えてるの?」
さとるが驚く。
「見えてない」
「なのに行くんだ……」
「お願い! 天女見えるようにして!」
「またか」
姿のない場所から声だけが返る。
「お願い!」
「仕方ないのう」
次の瞬間、美緒の目が大きくなった。
「あ!」
ぬらりひょんがいる。そして、その向こうには天女も。
「天女!」
「美緒さん!」
美緒はすぐに天女のところへ向かった。
「この前の続き! また何か持ってきた?」
「今日は――」
二人は楽しそうに話し始める。美緒は仕事中だということを完全に忘れていた。
「おい、美緒!」
ゴンさんが反射的に叫ぶ。
「バイト中に妖怪と遊ぶな!」
店内が一瞬だけ静かになった。
「…………」
ゴンさんが固まる。奥さんも咲子もゴンさんを見る。一般客が首を傾げた。
「……妖怪?」
「…………いや」
ゴンさんは数秒考えた。
「妖怪みたいに仕事の邪魔するなって意味だ」
「どういう意味?」
「細かいことは気にすんな」
奥さんが小声で、
「自分で言っといて何よ」
と呆れる。
美緒は笑っている。天女も笑っている。
「笑ってないで働け!」
「はーい!」
やがて忙しい時間も落ち着いた。
「疲れた……」
美緒が椅子へ座り込む。
「美緒、体力なさすぎ」
「さっちゃんと比べないで」
奥さんは二人を見て笑った。
「でも、助かったわ」
ゴンさんも腕を組む。
「まあ……思ったよりやるな」
「もっと褒めていいよ」
「調子乗るな」
少し離れたところでは、則人とさとるが食事をしている。店の端では、ぬらりひょんがまだ茶を飲んでいる。天女の前には、いつの間にかゴンさんがこっそり置いた小さな差し入れがあった。
人間。妖怪。妖怪が見える者。姿までは見えなくても、何となく感じる者。
いつの間にか、いろいろな者が同じ店に集まっていた。
「賑やかになったわね」
奥さんが言う。
「……なりすぎじゃねえか?」
ゴンさんが苦笑した。
その時、若い常連が美緒へ声をかけようとした。
「美緒ちゃん――」
「おい」
「まだ何も言ってないよ!」
「見張ってるからな。口説くなよ」
「だからまだ何も言ってないって!」
「あなたは仕事!」
奥さんの声が飛ぶ。
店内に笑い声が広がった。
ゴンさんの店は、少しずつ。
ただの居酒屋ではなくなり始めていた。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




