閑話二 普通ってむずかしい 後編
閑話二 普通ってむずかしい 後編
「じゃあ、これは?」
咲子が次の品を受け取り、美緒へ差し出した。
「…………」
美緒は両手で受け取る。
今度は髪飾りだった。
細かな装飾が幾重にも重なり、見る角度によって淡い輝きが変わっていく。
「……エモい」
「これは?」
次に出てきたのは、小さな布小物。
「これもエモい」
「じゃあ、こっちは?」
「待って」
美緒の目が輝いた。
「これ私欲しい」
「…………」
咲子が美緒を見る。
「何?」
「美緒、これ買える?」
「え?」
「一応、売る物を決めるために見てもらってるんだけど」
「あ」
美緒は手の中の髪飾りを見る。
「……いくら?」
「聞いてみる」
咲子が隣にいる老成した羊飼い風の配下へ尋ねた。
美緒には、その姿も声も分からない。
ただ、咲子が誰もいないように見える場所へ顔を向け、何度か言葉を交わしている。
「…………」
やがて、咲子が困った顔で美緒へ向き直った。
「何?」
「値段をつけるのが難しいって」
「なんで?」
「そもそも、こっちに同じ素材がないし、作り方も違うから、比べられる物がないって」
「…………」
美緒がもう一度、髪飾りを見る。
たしかに、少し前に触った生地は天女の羽衣と同じものだった。
空を飛ぶために使われているような生地。
そんな物を、近所の店で売っている布と比べられるはずもない。
「じゃあ、もし無理やり値段つけたら?」
「聞いてみる」
咲子が再び尋ねる。
老成した配下も、すぐには答えなかった。
しばらく考え、天女とも何かを話し、ようやく咲子へ返す。
「…………」
「どうだった?」
「たぶん」
「うん」
「美緒には買えない」
「…………」
美緒は髪飾りを静かに戻した。
「じゃあ、欲しいって言ったの取り消す」
「早っ!」
「だって買えないんでしょ!」
「そうだけど!」
「欲しいままだと悔しいじゃん!」
「そういう問題?」
◇
それでも天女は、次の品を差し出した。
咲子が受け取る。
「じゃあ、これは?」
「…………」
美緒が見る。
小さな飾りだった。
「これもいい」
「美緒」
「何?」
「さっきから全部いいって言ってるよね」
「だって、いいんだもん」
「そうじゃなくて」
咲子が指を一本立てた。
「欲しいかどうかを聞いてるんじゃないの」
「じゃあ何?」
「普通の人が、普通のバザーで買えるかどうか」
「…………」
美緒が品物を見る。
今度は少し真面目に考える。
「……無理じゃない?」
「やっと分かった!」
「でも、売ってたら欲しいよ?」
「そこから離れて!」
美緒が不満そうに口を尖らせる。
咲子は天女へ、美緒の意見を伝えた。
天女は困った顔をしている。
「何て?」
「美緒には好評なのに、どうして売れないんでしょう、だって」
「いや、高いからでしょ」
「それ、本人に言ってあげて」
「見えないし聞こえないんだけど!」
「あ、そうだった」
「通訳しっかりしてよ!」
咲子が笑いながら天女へ伝える。
天女も、ようやく少し分かってきたようだった。
品物そのものが悪いわけではない。
むしろ、美緒の反応を見る限り、魅力は十分すぎるほどある。
問題は、バザーで気軽に売り買いするには、あまりにも規格が違いすぎることだった。
◇
「やはり、素材から考え直す必要がありそうですな」
老成した配下が言った。
咲子がその言葉を美緒へ伝える。
「素材から?」
「うん。こっちにある普通の物を使った方がいいんじゃないかって」
「それはそうかも」
美緒も、さっきの羽衣と同じ生地を思い出して頷いた。
「あれを普通のバザーで売るのは……なんか違うよね」
「でしょ?」
「でも、もったいないなあ」
「何が?」
「あんな面白い素材なのに」
美緒は、まだ名残惜しそうだった。
咲子が天女へ説明する。
天女は少し考えたあと、頷いた。
「普通の素材……」
その言葉を、ゆっくり口にする。
「それで、普通の人が買えるものを作る」
咲子が続ける。
天女は真剣な顔になった。
「普通……」
老成した配下が、嫌な予感を覚えた。
◇
「では、刺繍を半分にしてみましょう」
天女が言った。
咲子が首を横へ振る。
「まだ多いと思う」
「では、金糸を使わず、銀糸に」
「金糸とか銀糸から離れよう」
「それでは……宝石を三つから一つに」
「宝石もなし!」
天女が驚いた。
「一つもですか?」
「普通のバザーなら、その方がいいと思う」
横で話を聞いていた美緒が口を挟む。
「でも、一個くらいならエモ――」
「美緒も乗らない!」
「えー」
「美緒が全部褒めるから話が進まないの!」
「だって、いいものはいいじゃん」
「今日は『いいものを決める会』じゃないから!」
「じゃあ何の会?」
「普通のバザーで売れるものを決める会!」
「普通って難しいね」
「今それを言う!?」
咲子が額へ手を当てた。
天女には美緒の声が聞こえている。
美緒には天女の声が聞こえない。
その間で、咲子だけがだんだん忙しくなっていた。
老成した配下が同情するように咲子を見る。
「ご苦労をおかけしますな」
「ほんとですよ……」
「何て?」
美緒が聞く。
「なんでもない!」
◇
話し合った結果、ようやく候補が絞られた。
ハンカチ。
小さな巾着。
髪飾り。
布を使った小物。
このくらいなら、バザーに並んでいても不自然ではない。
「これなら大丈夫そう」
咲子が言う。
天女も頷いた。
「では、試しに作ってみます」
そして、しばらくして。
「できました」
天女が最初の試作品を差し出した。
小さな巾着だった。
大きさは普通。
形も普通。
少なくとも、そこまでは普通だった。
「…………」
咲子が黙る。
「どうしたの?」
美緒が聞く。
「いや……」
咲子から渡された巾着を見る。
「…………」
今度は美緒も黙った。
細かい。
とにかく刺繍が細かい。
小さな巾着の表面いっぱいに、繊細な模様が広がっている。
少し角度を変えるだけで、模様の見え方まで変わった。
紐にまで細かな装飾が施されている。
「どうでしょう?」
天女が期待するように聞いた。
美緒には聞こえない。
しかし。
巾着を見つめたまま、美緒が呟く。
「……めちゃくちゃエモい」
「美緒は一回黙ってて」
「なんで!」
咲子は天女を見る。
「もうちょっと普通にできる?」
「普通……」
天女は、自分の作った巾着を見た。
「これでも、かなり簡素にしたのですが……」
「これで!?」
思わず咲子が声を上げる。
「何て?」
美緒が聞く。
「これでもかなり簡素にしたって」
「…………」
美緒も巾着を見る。
「天女の普通、怖いね」
「私も今そう思った」
老成した配下が深いため息をつく。
「天女殿」
「はい」
「どうやら我々には、豪華なものを作るより、普通のものを作る方が難しいようですな」
「……そうみたいです」
◇
美緒は、その巾着をもう一度手に取った。
今度は。
「欲しい」
とは言わなかった。
刺繍を見る。
縫い目を見る。
生地を見る。
裏返す。
また表へ戻す。
「…………」
「どうしたの?」
咲子が聞いた。
「いや」
美緒は巾着から目を離さない。
「こういうのって、どうやって考えてるんだろって」
「どういうの?」
「形とか」
指先で巾着の輪郭をなぞる。
「模様とか」
刺繍を見る。
「色とか」
それから。
さっき見せてもらった、羽衣と同じ生地を思い出す。
「素材とか」
咲子が美緒を見る。
「気になる?」
「うん」
美緒は素直に頷いた。
「だってさ」
「こんなの、今まで見たことないし」
巾着を持ち上げる。
「天女って、こういうの全部自分で考えてるの?」
「聞いてみる」
咲子が天女へ尋ねる。
天女は少し照れたようにしながら答えた。
「自分で考えてるって」
「へえ……」
「作るのも好きなんだって」
「……そっか」
美緒は巾着を見る。
今までなら。
かわいい。
欲しい。
それだけで終わっていたかもしれない。
でも。
今は少し違った。
「自分でこういうの作れたら、ちょっと面白そう」
ぽつりと出た言葉だった。
「やってみれば?」
咲子が言う。
「私が?」
「興味あるんでしょ?」
「…………」
美緒は少し考える。
誰かが興味を持っているからではない。
咲子が好きだからでもない。
先生に勧められたわけでもない。
自分が、もっと知りたいと思った。
「……ちょっと」
美緒は笑った。
「勉強してみてもいいかも」
その言葉が。
ずっと先の何かにつながっていることを。
この時の美緒は、まだ知らなかった。
◇
帰る時間になった。
「これ」
咲子が小さな袋を差し出す。
天女が受け取った。
「何でしょう?」
美緒には、その声は聞こえない。
「お土産だって」
咲子が美緒へ伝える。
「うん」
袋の中には、下界のお菓子がいくつか入っていた。
咲子と美緒で選んだものだ。
「朱雀にも持って帰って」
天女の表情がぱっと明るくなる。
美緒には、その顔も見えない。
「すごく喜んでるよ」
「ほんと?」
「うん」
「じゃあ、朱雀と食べて」
咲子が天女へ伝える。
天女は何度も頷いた。
「感想も聞いといて」
「分かった」
美緒が少し考えて。
「あと」
「なに?」
「天女に、またああいうの見せてって言っといて」
「生地とか?」
「うん」
「他のも見てみたい」
咲子が天女へ伝える。
天女は嬉しそうに答えた。
「今度、別のものも持ってくるって」
「ほんと?」
「うん」
美緒の顔が明るくなる。
「楽しみ」
老成した配下は。
そんな二人を見ながら、少しだけ嫌な予感を覚えていた。
◇
「おお!」
朱雀の目が輝いた。
天女が持ち帰った袋を開く。
「これが今日の土産か!」
「はい。咲子さんと美緒さんが選んでくださいました」
「ほう!」
朱雀が一つ取る。
口へ運ぶ。
「うまい!」
天女も別のお菓子を食べる。
「こちらも美味しいです!」
「こっちも食べてみよ」
「では、私はこちらを」
老成した配下が、少し離れたところから二人を見ていた。
「…………」
予想通りだった。
「これも欲しいのう」
「私もです」
「次は、もっと持って帰れぬのか?」
「それには、お金が……」
「そうじゃった!」
朱雀が立ち上がった。
「ならば、やはりバザーを成功させねばならぬ!」
「はい!」
天女も拳を握る。
老成した配下が頭を抱えた。
「また欲しい物が増えましたな……」
「なら、なおさら稼がねばならぬではないか」
「そういう問題では……」
「そういえば」
天女が思い出したように言った。
「美緒さんが、私の作ったものにとても興味を持ってくださいました」
「美緒?」
「はい」
「どのような娘じゃ?」
「生地をお見せしたら、どうやって作ったのか、何の素材なのかと、たくさん聞いてくださいました」
「ほう」
「髪飾りも、巾着も、全部『エモい』と」
「…………」
朱雀が止まった。
「えもい?」
「下界の言葉のようです」
「どういう意味じゃ?」
「美緒さんの使い方を見る限り……とても良い、ということではないでしょうか」
「ほう……」
朱雀が少し考える。
「わらわのところの物を見て、全部よいと言ったのか?」
「はい」
「羽衣の生地にも興味津々でした」
「ほう」
朱雀の口元が、少しずつ上がっていく。
老成した配下が、その顔に気づいた。
「朱雀様」
「なんじゃ?」
「何か妙なことをお考えではありませんな?」
「何も考えておらぬ」
「その顔で言われても説得力がありませんぞ」
朱雀は気にせず、天女を見る。
「その美緒という娘」
「はい?」
「面白そうじゃな」
「そうですね。とても楽しい方でした」
「…………」
朱雀は少し考えて。
楽しそうに笑った。
「わらわも、一度会ってみたいのう」
「…………」
老成した配下の顔が固まった。
「朱雀様」
「なんじゃ」
「まさかとは思いますが」
「まだ何も言っておらぬぞ?」
「だからこそ嫌な予感がするのです」
「心配性じゃな」
朱雀はそう言って。
もう一つ、下界のお菓子へ手を伸ばした。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




