第四章 第十一話 九十二点!
第四章 第十一話 九十二点!
美緒は、何度目か分からないほど自分の頬に触れていた。
触れても、顔は変わらない。
声も変わらない。
誰かが笑ったからといって、自分まで勝手に笑うこともない。誰かが動いたからといって、自分の身体まで同じように動くこともない。
「……ほんとに戻ったんだ」
美緒が小さく呟く。
「うん」
則人が答えた。
その姿は、まだ着ぐるみのままだ。
美緒は、あらためて則人を上から下まで見た。
「……やっぱり、見た目はちょっとごっこ遊びっぽいけど」
「ごっこじゃないよ!」
「分かってるって」
美緒は笑った。
少し前まで、本当にこの姿で助けられるのかと疑っていた。
今はもう違う。
見た目がどうであっても、則人が自分を助けてくれたことは分かっている。
その時だった。
ゴンッ!
「いったぁぁぁぁ!」
何の前触れもなく、則人の頭にタライが直撃した。
「ええっ!?」
美緒が飛び上がる。
則人はそのまま大きくのけぞり、足をもつれさせた。
「わっ、わっ……!」
身体がくるりと半回転する。
最後は派手に地面へ転がった。
「則人くん!?」
美緒が慌てて駆け寄る。
「大丈夫!?」
「いたたたた……」
則人は頭を押さえながら起き上がった。
「またあたったぁ……!」
「また!?」
美緒は思わず空を見上げた。
何もない。
木の枝もない。
誰かがタライを落とせそうな場所も見当たらない。
ついさっきまで何もなかった空間から、本当に突然タライが落ちてきたようにしか見えなかった。
「何、今の!?」
「来たんだ」
咲子が言う。
「何が?」
「タライ小僧」
「…………誰?」
美緒は咲子を見る。
さとるも周囲を見回していた。
「……また妖怪?」
「うん」
咲子が頷く。
美緒が固まった。
「ちょっと待って」
咲子を見る。
次に則人を見る。
「二人には見えてるの?」
「見えてるよ」
「うん」
「声も聞こえる?」
「聞こえる」
「…………」
美緒は、もう一度何もない空間を見る。
姿は見えない。
声も聞こえない。
けれど。
何もいないとは思えなかった。
「私、なんとなくそこに何かいる感じはするんだけど」
美緒が少し場所をずらして指さした。
「この辺?」
「惜しい」
咲子が答える。
「もうちょっと右」
「えっ、本当にいるの!?」
美緒は必死に目を凝らす。
やはり何も見えない。
さとるも同じように目を細めていた。
「僕も、なんかいる感じだけはする」
「それだけ?」
「それだけ」
「……ずるくない?」
「何が?」
咲子が聞く。
「二人だけ見えて、二人だけ聞こえるの」
「私に言われても」
「私も見たい」
美緒は即答した。
「どうしたら見えるの?」
◇
「その前に」
則人が、何もないように見える場所へ顔を向けた。
「なんてん?」
「何点?」
美緒が聞き返す。
咲子が説明した。
「タライ小僧、則人のこと採点するんだよ」
「採点?」
「うん」
「何を?」
「ヒーローとして」
「…………」
美緒は則人を見る。
「ヒーローって採点されるの?」
「されるよ」
則人は普通に答えた。
「されるんだ……」
美緒は、この一日で何度目か分からない困惑した顔になった。
ヒーローが着ぐるみ姿で。
妖怪がいて。
しかも、その妖怪が採点までしてくる。
今日だけで、自分の常識がどれだけ壊されたのか分からない。
その時。
則人の表情がぱっと明るくなった。
「92てん!」
「え?」
「きゅうじゅうにてんだって!」
「高いの?」
「100てんまで!」
「じゃあ高いじゃん」
「やったー!」
則人が跳び上がった。
さっきまで頭を押さえていたことなど、もう忘れているようだった。
咲子も笑う。
「かなり高いね」
さとるも頷いた。
「すごいじゃん、ノリちゃん」
美緒は、まだ納得していない。
「何をどう採点したの?」
則人がタライ小僧の方を見る。
美緒とさとるには、当然その声は聞こえない。
咲子が横で話を聞きながら、内容を伝える。
「美緒が自分で決めるまで待ったこと」
「…………」
「着ぐるみを脱ぎたいって言うまで、無理に進めなかったこと」
美緒が少しだけ目を伏せた。
「逃げた時も、無理やり捕まえなかったこと」
美緒が顔を上げる。
「そんなところまで見てたの?」
「見てたみたい」
則人もタライ小僧へ聞く。
「ちゃんとまてたから?」
少し間がある。
「うんだって」
美緒は則人を見る。
「でも、それって……」
「なに?」
「普通にしてたんじゃないの?」
「うん」
則人は不思議そうに首を傾げた。
「だって、美緒ちゃんがぬぎたいっていわないと、だめでしょ?」
「…………」
美緒は何も言えなかった。
則人にとっては。
それが特別なことではない。
褒められるためにやったわけでもない。
自分が迷っている間、答えを急かさなかったことも。
自分から近づくまで待っていたことも。
則人にとっては、ただ当たり前のことだった。
「……そっか」
美緒は小さく呟いた。
「でも」
咲子が言う。
「まだ続きがあるみたい」
「え?」
則人の笑顔が止まる。
「減点」
「なんで!?」
咲子が吹き出しそうになりながらタライ小僧の話を聞く。
そして。
「追いかけてる途中で、壁にぶつかったからだって」
「それ!?」
則人が叫んだ。
「それ、ヒーローのてんすうにかんけいあるの!?」
咲子がタライ小僧を見る。
「あるって」
「なんで!」
さとるが思い出したように言った。
「でも、結構いい音してたよ」
「さとるくん!」
「ゴンって」
「いわなくていい!」
美緒が口元を押さえる。
「……見たかったかも」
「みなくていい!」
とうとう美緒も笑い出した。
少し前まで、自分が何を言えばいいのかさえ分からなくなっていた。
そんな自分が。
今は。
誰かの失敗を見て、素直に笑っている。
◇
「でも九十二点なんでしょ?」
美緒が言う。
「100てんがいい!」
「欲張りだね」
「つぎは100てん!」
則人がタライ小僧のいる方を見る。
少し間があった。
則人の顔がむっとする。
「なんで!」
「何て?」
美緒が聞く。
咲子が笑った。
「『それはどうかな』だって」
「なんでー!」
美緒とさとるが笑う。
その時。
美緒がふと真顔へ戻った。
「……で」
「なに?」
「どうしたら見えるの?」
咲子が目を瞬かせる。
「まだそれ気にしてたの?」
「気にするよ!」
美緒は、タライ小僧がいるはずの方向を見る。
「何かいるのは分かるのに、私だけ見えないんだよ?」
「さとる君も見えてないよ」
「僕はもう、そんなものかなって」
さとるが言った。
「なんで諦めるの!?」
「諦めたっていうか……慣れた」
「私は慣れない!」
美緒は腕を組む。
「見たい」
「聞きたい」
「話したい」
「欲張るね」
咲子が苦笑した。
「だって、本当にいるんでしょ?」
「いるよ」
「だったら余計に見たいじゃん!」
◇
「やれやれ」
その声が、美緒とさとるには聞こえなかった。
けれど。
咲子と則人が同時に、少し離れた場所へ顔を向ける。
美緒も反射的にそちらを見た。
「……また何か来た?」
「うん」
則人が答える。
「ぬらりひょん」
「ぬらりひょん?」
美緒の声が少し上ずった。
「いるの!?」
「いるよ」
「どこ!?」
「そこ」
「見えない!」
美緒には、そこにも何もないようにしか見えなかった。
それでも。
先ほどまでより、少しだけはっきりと。
そこに誰かがいるような感覚がある。
ぬらりひょんは、美緒とさとるを眺めていた。
「少々、反則ではあるがのう」
咲子がその言葉を聞き、美緒を見る。
「何て?」
「ちょっとだけ、見えるようにしてくれるって」
「本当!?」
美緒の顔が一気に明るくなった。
さとるも驚く。
「僕も?」
「二人ともだって」
「ただし」
咲子が続ける。
「ぬらりひょんがいる間だけ」
「えー!」
「十分じゃない?」
「ずっとがいい!」
咲子が苦笑する。
「欲張りすぎ」
◇
次の瞬間。
美緒の視界が、ほんの少しだけ変わった。
「…………え?」
何もなかった場所に。
ぼんやりと。
何かの輪郭が浮かぶ。
最初は、ただ景色が揺らいだだけのように見えた。
けれど。
その輪郭は、少しずつ濃くなっていく。
姿になる。
形になる。
「……いる」
美緒の目が大きくなる。
「本当にいる!」
さとるも驚いたように周囲を見回した。
「……見える」
「ほんとに!?」
「うん」
美緒はタライ小僧を見る。
さっきまで。
自分にはただタライだけが空から落ちてきたように見えていた。
その近くに。
本当に妖怪がいる。
そして。
さらに別の妖怪。
ぬらりひょん。
今まで気配しか感じられなかったものが。
本当にそこに立っている。
「すごい……!」
美緒は思わず一歩近づいた。
「何これ!」
「妖怪」
則人が答える。
「それは分かる!」
美緒は、先ほどまでとは別の意味で完全に興奮していた。
咲子が呆れたように言う。
「さっきまで悩んでた人とは思えないんだけど」
「それとこれとは別!」
「朱雀みたいなこと言ってる……」
「誰?」
「今度ね」
美緒はもう聞いていなかった。
「ねえ、話せるの?」
「話せるよ」
「触れる?」
「たぶん」
「すごい!」
ぬらりひょんが苦笑した。
「元気になったようで何よりじゃ」
美緒がぬらりひょんを見る。
今度は。
声も聞こえた。
「あなたがぬらりひょん?」
「そうじゃ」
「本当に喋った!」
「妖怪だからの」
「すごい……!」
さとるは、美緒ほど大騒ぎはしなかった。
それでも。
今まで気配しか感じられなかった存在を、初めて自分の目で見ている。
「本当にいたんだ」
さとるは、それだけ言って少し笑った。
◇
「でも」
ぬらりひょんが言った。
「これができるのは、わしがおる間だけじゃぞ」
「え?」
美緒が止まる。
「いなくなったら?」
「元に戻る」
「そんなぁ……」
「特別扱いはここまでじゃ」
美緒は明らかに残念そうな顔をした。
せっかく今まで見えなかった世界が見えたのに。
すぐに終わってしまうらしい。
「じゃあ、次いつ会えるの?」
「それは知らん」
「えー!」
「妖怪に予定を聞くでない」
「だって、また見たいんだけど」
美緒が困ったように考える。
その横から。
「ぼく」
則人が手を上げた。
「わりとあうよ」
「え?」
美緒が則人を見る。
「ぬらりひょんに?」
「うん」
「よく会うの?」
「わりと」
「…………」
美緒は少し考えた。
そして。
「じゃあ、則人くんについてればいいんだ」
「いいよ」
則人は即答した。
「ちょっと待って」
咲子が口を挟む。
「決めるの早くない?」
「だって」
美緒は則人を見る。
「さっき助けてもらったばっかりだし」
今度はぬらりひょんを見る。
「則人くんと一緒にいれば、また会えるかもしれないんでしょ?」
「まあ、その可能性はあるのう」
「じゃあ決まり」
「軽い!」
咲子が突っ込んだ。
美緒は笑う。
「いいじゃん」
「よくないとは言ってないけど……」
美緒にとっては。
難しく考える必要もなかった。
則人についていれば。
また妖怪に会えるかもしれない。
しかも。
則人は、ついさっき自分を助けてくれたばかりだ。
それなら。
一緒にいてもいい。
そう思った。
◇
帰り道。
四人は並んで歩いていた。
ぬらりひょんが離れたあと。
美緒とさとるには、もう妖怪の姿も声も分からなくなっていた。
「……ほんとに見えなくなった」
美緒が残念そうに言う。
「また会えるよ」
則人が答える。
「じゃあ期待しとく」
しばらく歩いたところで。
道が二つに分かれた。
咲子が何気なく聞く。
「美緒、どっちから帰る?」
「…………」
美緒が立ち止まった。
二つの道を見る。
以前なら。
さっちゃんは?
どっちがいい?
そう聞き返していたかもしれない。
相手が選んだ方へ行けば。
自分で間違えることもない。
でも今回は。
美緒は二つの道を見比べた。
少しだけ考える。
それから。
片方を指さした。
「今日は、こっちから帰りたい」
「うん」
咲子は、それだけ答えた。
「じゃあ、こっち」
自分で決められたね。
そんなことは言わない。
誰も褒めない。
誰も特別扱いしない。
ただ。
美緒が選んだ道を、一緒に歩く。
それでよかった。
◇
数歩進んだところで。
「あ」
美緒が声を上げた。
「なに?」
「そうだ」
少し楽しそうな顔になる。
「途中で寄りたいところあるんだけど」
「どこ?」
「ちょっと面白そうなお店見つけたの」
「…………」
咲子が嫌そうな顔をした。
「何?」
「なんか嫌な予感する」
「失礼じゃない?」
「だって、その顔」
「どんな顔よ!」
則人がすぐに手を上げる。
「ぼくもいく!」
「いいよ」
「僕も?」
さとるが聞く。
「もちろん」
「ちょっと待って」
咲子が口を挟んだ。
「私まだ行くって言ってないんだけど」
美緒が当然のように答える。
「さっちゃんも行くでしょ?」
「……そういうところ、全然変わってないじゃん」
美緒が一瞬だけ止まった。
少し前なら。
その言葉に不安になったかもしれない。
変わっていない。
それは悪いことなのか。
また何か間違えたのか。
そんなふうに考えたかもしれない。
けれど。
今は。
咲子が笑っているのが分かる。
美緒も笑った。
「こっちも私だから」
「…………」
咲子も笑う。
「それ、自分で言う?」
「言う」
「で、何のお店なの?」
「着いてからのお楽しみ」
「絶対なんかあるでしょ」
「ないって」
「その言い方が怪しい!」
則人は楽しそうに先を歩き。
さとるは少し不安そうについていく。
咲子は呆れながら。
美緒は笑いながら。
四人は。
美緒が自分で選んだ道を、歩いていった。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




