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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
ミラーカメレオン編

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第四章 第九話 脱がせてください

第四章 第九話 脱がせてください


「……脱ぎたい」


 美緒は、自分の身体を覆っているミラーカメレオンの着ぐるみを見ながら、もう一度そう言った。


 誰かに言わされた言葉ではない。


 咲子に合わせたわけでもない。さとるや則人が喜びそうな答えを探したわけでもない。


 自分で決めた。


 この着ぐるみを、脱ぎたい。


 則人は美緒の顔を見て、こくりと頷いた。


「わかった」


 そして、いつものように準備を始める。


「じゃあ、ぼくも、おきがえする」


「……お着替え?」


 美緒が目を瞬かせた。


 則人は少し姿勢を正す。


「配信開始」


「あ、着替えるんだ」


 さとるには、その言葉に聞き覚えがあった。


 以前にも一度、則人の着替えを最初から最後まで見ている。だから今回も、しばらく待つものだと思っていた。


 美緒の方は、何が始まるのかさえ分からない。


 ところが。


「おまたせ」


「…………え?」


 最初に声を漏らしたのは、美緒だった。


 ほんの一瞬前まで、いつもの則人だったはずなのに。


 もう目の前には、着ぐるみ姿の男の子が立っている。


「今……着替えた?」


「うん」


「いつ?」


「いま」


「いや、そうじゃなくて……!」


 美緒は則人を上から下まで見た。


 一瞬。


 本当に、一瞬だった。


 けれど、美緒をさらに困惑させたのは、その速さだけではなかった。


「……これ?」


「うん?」


「これが……助けてくれる姿?」


「うん」


 則人は当然のように頷いた。


「…………」


 美緒の眉がわずかに寄る。


 もっとこう、何か光ったり、格好いい鎧がついたり。


 少なくとも、美緒が想像する「ヒーロー」というものは、もう少し違う姿をしている。


 なのに、目の前にいるのは。


 着ぐるみを着た男の子だった。


「こっちは本気で困ってるんだけど」


「ぼくも、ほんきだよ」


 則人は、きょとんとしたまま答えた。


「…………」


 その顔があまりにも真剣だったので、美緒もそれ以上は言えなかった。


 一方。


 さとるも別の意味で固まっていた。


「……ちょっと待って」


「なに?」


「もう終わったの?」


「え?」


 今度は則人が不思議そうな顔をする。


「終わったよ?」


「前、もっと時間かかってたよね?」


「?」


 則人は本気で、何を言われているのか分からないらしい。


 咲子が二人を見て、ようやく気づいた。


「ああ。さとる君は、こっちは初めてなんだ」


「こっち?」


「私も最初に見た時は、最初から最後までちゃんと見えてたよ」


「だよね?」


「うん。でも今は、外から見ると一瞬なんだよね」


「……何それ?」


「私にも分かんない」


 咲子とさとるが顔を見合わせる。


 その横では。


「?」


 則人だけが、まったく意味が分からないという顔で首を傾げていた。


 則人にとっては、いつも通りだった。


 いつものように着替えて。


 いつものように途中であれこれやって。


 いつものように着替え終わった。


 ただ、それだけのつもりだった。


「……まあ、今はいいか」


 咲子が美緒を見る。


「うん」


 則人も美緒へ向き直った。


     ◇


「美緒ちゃん」


「うん」


 則人が一歩近づく。


 美緒も、自分から一歩前へ出ようとした。


 その時だった。


 公園の外から、誰かの話し声が聞こえた。


「…………!」


 美緒の顔が揺らぐ。


「やだ……」


 茶色い髪の間から覗く顔に、知らない誰かの輪郭が重なった。


「違う!」


 美緒は両手で頬を押さえる。


「私、逃げたくない!」


 けれど。


 身体が一歩、後ろへ下がった。


「え……?」


 もう一歩。


 自分では前へ進もうとしているのに、着ぐるみが逆らうように身体を後ろへ運んでいく。


「待って!」


「美緒!」


 咲子が呼ぶ。


「逃げたくないのに……!」


 美緒の身体が、公園の木のそばまで下がった。


 着ぐるみの表面が揺らぐ。


 黒と銀色だった身体へ、木の幹や葉の色が流れ込み始めた。


「また……!」


「待ってよ!」


 美緒自身の声だけを残して。


 その輪郭が、周囲の景色へ溶け込んでいった。


     ◇


「美緒ちゃん!」


 則人が駆け出した。


 咲子とさとるも続く。


「ここ!」


 声が聞こえた。


 咲子が振り向く。


「美緒?」


「ここ!」


 今度は、妙に低い声だった。


 さとるが足を止める。


「……今の、美緒さん?」


「私!」


 また違う声。


「たぶん美緒!」


「たぶんじゃなくて私!」


「でも声が違う!」


「私だって好きで変えてない!」


 姿は見えないのに、声だけがあちこちから飛んでくる。


「そこ?」


 則人が指さす。


「違う!」


「こっち?」


「そこでもない!」


「わかんない!」


「私も分かんない!」


 さとるが思わず言った。


「自分なのに?」


「だから困ってるの!」


「……ごめん」


 即座に謝る。


 一瞬だけ沈黙が落ちた。


「こっち!」


 再び声がする。


 咲子は辺りを見回した。


 直接見ても分からない。


 でも。


「……待って」


「さっちゃん?」


「そのまま探さないで」


「なんで?」


 咲子は地面へ目を向けた。


 少し離れたところに、小さな水たまりがある。


 以前、美緒が姿を消した時。


 目では見えなかったのに。


 水面の中には、その姿が残っていた。


「映ったら、分かるかも」


 咲子が水たまりへ近づいた。


 水面に映る。


 自分。


 則人。


 さとる。


 公園の木々。


 そして。


「あ」


 景色の中に、一つだけ不自然な輪郭があった。


「いた!」


 さとるも気づいた。


 直接見れば、ほとんど背景と区別できない。


 けれど水面の中には、鏡片に覆われた太い尻尾の形が、わずかに残っている。


「美緒ちゃん!」


「ここ!」


 則人が、その方向へ走った。


     ◇


「もうちょっと!」


 美緒も、自分から則人へ近づこうとする。


 あと少し。


 そう思った時。


 二人の目が合った。


「あ」


 美緒の顔が変わった。


 則人と同じ顔。


 さらに。


 則人が右へ動く。


 美緒も右へ。


「え?」


 則人が左。


 美緒も左。


「…………」


「…………」


 もう一度、右。


 右。


 左。


 左。


「……ちかづけない」


 則人が呟いた。


「……ちかづけない」


 美緒も、則人の声で同じことを言った。


「そこまで真似しなくていいから!」


 咲子が叫ぶ。


「したくてしてない!」


 則人の顔をした美緒が、則人の声で怒る。


「それ、則人の顔で言われるとすごく変!」


「私だって変な感じだよ!」


 さとるは二人をしばらく見ていた。


 則人が動く。


 美緒も動く。


 それを何度か繰り返してから。


「……ノリちゃん」


「なに?」


「動かなければいいんじゃない?」


「え?」


 則人が止まった。


 美緒も止まる。


「…………」


「…………」


 誰も動かない。


 妙な間が流れた。


「……とまった」


 則人が言う。


「……とまった」


 美緒も同じ声で言った。


「そこまで同じにしなくていいって!」


「勝手に出るの!」


 咲子は額へ手を当てた。


「もう、ややこしい……」


     ◇


 則人は、その場から動かなかった。


「美緒ちゃん」


「なに?」


「ぼく、ここにいる」


「…………」


「もう、うごかないから」


 則人は美緒を見つめた。


「美緒ちゃんが、きて」


「…………」


 咲子も。


 さとるも。


 何も言わない。


 美緒は足元を見た。


 着ぐるみを脱ぎたい。


 それは、自分で決めたことだった。


 だから。


 一歩。


 前へ出る。


 則人は動かない。


 もう一歩。


「…………」


 着ぐるみが後ろへ引こうとする。


「やだ」


 美緒は踏ん張った。


「私は、そっちに行くの」


 もう一歩。


 また一歩。


 顔はまだ則人と同じままだった。


 それでも。


 足を動かしているのは、美緒だった。


 やがて。


 則人のすぐ前まで来る。


「……来たよ」


 声が戻った。


 美緒自身の声だった。


 則人が笑う。


「うん」


     ◇


 その様子を。


 ぬらりひょんは静かに見ていた。


 美緒は、自分の言葉で着ぐるみを脱ぎたいと言った。


 今も。


 身体を引き戻そうとする力に逆らい、自分の足で則人のところまで来た。


 ぬらりひょんは目を細める。


「……よかろう」


 その言葉を受けて。


 天狗が動いた。


「ほれ!」


 ピコピコハンマーが、則人へ向かって放たれる。


 いつものように。


 真っすぐ。


 正確に。


 ――飛んでいた。


 ところが。


 その途中。


 横から風が吹いた。


 ピコピコハンマーの軌道が、ふわりと横へ流れる。


「え?」


 則人が目を丸くする。


「わっ!」


 横へ走る。


 さらに流れる。


「わっ、わっ!」


 追う。


「こっち!?」


 最後は飛びつくように手を伸ばして。


「とった!」


 どうにか受け止めた。


 則人はすぐに振り返る。


「へたくそ!」


「わしのせいではない!」


 天狗が即座に反論した。


「いつもちゃんとくるのに!」


「風じゃ! 風のせいじゃ!」


「ちゃんとなげてよ!」


「ちゃんと投げたわ!」


 咲子が吹き出した。


「ふふっ……!」


 天狗の姿も。


 必死に言い返している顔も。


 咲子には、はっきり見えている。


 一方。


 さとるは。


「…………」


 則人が誰もいないように見える場所へ向かって文句を言っている。


 けれど。


 本当に何もいないとも思えない。


 そこだけ。


 何となく。


 空気が違うような気がした。


「……ノリちゃん、誰と喋ってるの?」


「天狗」


「天狗?」


 さとるが目を凝らす。


 やはり姿までは見えない。


 美緒も、同じ方向へ顔を向けた。


「…………」


 何か。


 いる。


 姿は見えない。


 声も、はっきりとは聞こえない。


 それでも、さとるよりもう少し強く。


 肌の表面が、そこにいる何かを感じ取っていた。


「……そこ、誰かいる?」


「いるよ」


 咲子が普通に答えた。


「天狗」


「……ほんとに?」


「ほんと」


 美緒はもう一度目を凝らした。


「なんか……いる気はする」


「僕も」


 さとるが頷いた。


     ◇


 則人はピコピコハンマーを手に、美緒の前へ戻ってきた。


 美緒は、さっきまでとは違う目で則人を見た。


 見た目だけなら。


 やっぱり、着ぐるみを着た男の子だ。


 少し前までは、本当にこの子が自分を助けるのかと疑っていた。


 けれど。


 則人は、逃げようとする自分を無理やり捕まえなかった。


 自分のところへ来いと言って、ちゃんと待っていた。


 どれだけ着ぐるみが言うことを聞かなくても、急かさなかった。


「……それで?」


 美緒がピコピコハンマーを見る。


「うん」


「本当に脱げるの?」


「うん」


 則人は迷わず答えた。


 そして。


 すぐには振らなかった。


「美緒ちゃん」


「なに?」


「いい?」


「…………」


 美緒は自分の身体へ目を落とす。


 鏡面に覆われた腕。


 大きなカメレオンの眼。


 太い尻尾。


 誰かを見るたび勝手に変わってしまう顔。


 少し前まで。


 誰かになれば楽だと思っていた。


 自分で決めなくて済む。


 間違えなくて済む。


 嫌われなくて済む。


 そう思っていた。


 でも。


 もう。


 そうは思わない。


 自分で選んだ飲み物。


 自分で決めた距離。


 自分で言った「私の顔でいたい」。


 そして。


 自分で決めた「脱ぎたい」。


 美緒は顔を上げた。


「……お願いします」


 自分の声で。


 自分の意思で。


 そう言った。


「うん」


 則人が頷く。


 ピコピコハンマーを構える。


 美緒は少しだけ身体を強張らせた。


 則人の目には、ミラーカメレオンの鏡面の奥にまとわりつく黒く濁ったものが見えていた。


 狙うのは、美緒ではない。


 そこだ。


 ピコッ。


 軽い音がした。


「…………!」


 次の瞬間。


 ミラーカメレオンの着ぐるみ全体が大きく震えた。


 鏡面の奥に潜んでいた黒い濁りが、激しく揺れる。


 胸から。


 腕へ。


 脚へ。


 太い尻尾へ。


 絡みついていたものが、一気に引き剥がされていく。


「……!」


 美緒は思わず目を閉じた。


 着ぐるみの輪郭が崩れ始める。


 鏡面がほどける。


 大きなカメレオンの眼が形を失う。


 太い尻尾が消えていく。


 自分を覆っていたものが。


 一つずつ。


 身体から離れていく。


 そして。


 黒く濁った因子が、美緒から完全に離れた。


     ◇


「美緒!」


 咲子が駆け寄る。


 今度は。


 美緒は逃げなかった。


「さっちゃん……」


 自分自身の声。


 その声を聞いた瞬間。


 咲子の表情が一気にほどけた。


「うん」


 さとるも、美緒の顔をじっと見る。


「戻った……」


 則人も笑った。


「ぬげたね」


「…………うん」


 美緒は自分の頬へ触れた。


 髪へ触れる。


 自分の手を見る。


 誰かの顔には変わらない。


 声も変わらない。


 誰かが笑ったからといって、勝手に自分まで笑うこともない。


 誰かが動いたからといって、自分の身体までついていくこともない。


「…………」


 もう一度。


 自分の頬へ触れる。


 指先に伝わる感触。


 間違いない。


「私だ」


 静かな声だった。


 それでも。


 確かに。


 美緒自身の声だった。


     ◇


 美緒から離れた黒く濁った因子の塊が、黄龍の手元へ収まった。


「…………」


 黄龍は、手の中のそれを静かに見つめる。


     ◇


「……ほんとに」


 美緒は、もう一度自分の顔へ触れた。


 そして。


 着ぐるみ姿の則人を見る。


 少し前に見た時は。


 どう見ても、ごっこ遊びにしか見えなかった。


 一瞬で着替えたことにも驚いた。


 その直後に現れた姿にも驚いた。


 こんな小さな子が。


 こんな着ぐるみ姿で。


 本当に自分を助けられるのか。


 そう思った。


 でも。


 今は。


 ちゃんと分かる。


「……ほんとに助けてくれた」


「うん」


 則人が、いつもの調子で頷く。


「…………」


 美緒は少しだけ笑った。


「ごっこ遊びかと思った」


「ごっこじゃないよ」


 則人がむっとする。


「今は分かってる」


 咲子が吹き出した。


「ふふっ」


 さとるも笑う。


 則人だけが少し不満そうに頬を膨らませた。


 その顔を見て。


 美緒は。


 自分の顔で。


 もう一度、笑った。


※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。

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