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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
ミラーカメレオン編

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第四章 第八話 わたしでいたい

第四章 第八話 わたしでいたい


 美緒の姿が消えたあとも、咲子たちはしばらくその場から動けずにいた。


 ついさっきまで、確かに目の前にいた。


 声も聞こえた。表情も見えた。


 それなのに今は、壁にも、ガラスにも、道の向こうにも、それらしい姿は見当たらない。


「……どこ行ったんだろ」


 咲子が小さく呟いた。


 則人は周囲をきょろきょろと見回してから、隣にいる妖怪へ顔を向けた。


「わかる?」


「うーん……」


 妖怪は目を閉じ、何かを探るように首を傾げる。


「ぐちゃぐちゃすぎる」


「それ、さっきも言ってたよ」


「でも、ほんとにぐちゃぐちゃ!」


「じゃあ、役に立たないじゃん!」


「ひどい!」


 思わず咲子が突っ込む。


 いつもなら、もう少し笑えるやり取りだったかもしれない。


 けれど今は、その声にもほとんど勢いがなかった。


 その横で、さとるは美緒が消えた方向をじっと見つめていた。


「……人がいないところに行ったんじゃない?」


 咲子が振り返る。


「え?」


「さっき、もう誰も見たくないって言ってたから」


「…………」


 咲子は少し考えた。


 則人も頷く。


「ひとをみたら、かおかわっちゃうもんね」


「そうか……」


 誰かを見れば、その人の顔になる。


 声を聞けば、その声を真似る。


 本人が望んでいなくても、身体まで相手の仕草をなぞってしまう。


 そんな状態なら、人の多いところへは行きたくないはずだ。


 駅前は人が多い。


 商店街も無理だろう。


 大通りも、美緒が落ち着ける場所ではない。


 咲子は頭の中で、学校の近くにある場所をいくつか思い浮かべた。


 住宅街の外れ。


 学校の裏手。


 そして、夕方になるとほとんど人の来なくなる小さな公園。


「……こっち」


 咲子が走り出した。


「美緒が本当に一人になりたいなら、たぶん人が少ないところにいる」


「さっちゃん、わかるの?」


「心当たりはある!」


 則人も走り出す。


 さとるも、その後を追った。


     ◇


 美緒は、一人だった。


 小さな公園。


 遊具は少なく、夕方を過ぎればほとんど人が来ない。


 美緒はベンチの前に立ったまま、しばらく動けずにいた。


 着ぐるみの表面には、まだところどころ周囲の景色が映り込んでいる。


 けれど。


 顔だけは。


 今のところ、美緒自身のものだった。


「…………」


 誰もいない。


 だから。


 コピーする相手もいない。


 最初は、それが怖かった。


 誰かがいれば、その人を見ればいい。


 その人が歩けば、自分も歩く。


 笑えば笑う。


 止まれば止まる。


 そうしていれば、自分で何をすればいいのか考えなくて済む。


 でも。


 今は。


 誰もいない。


「…………」


 美緒は目の前のベンチを見た。


 座る。


 立ったままでいる。


 帰る。


 どこかへ行く。


 そんな些細なことまで、いくつもの選択肢になって頭の中へ浮かんでくる。


「どうしよう……」


 小さな声が漏れた。


 その時。


 自分の脚が重いことに気づいた。


 ずっと走っていた。


 足も痛い。


 身体も疲れている。


「…………」


 美緒は、ゆっくりとベンチへ腰を下ろした。


 身体の力が抜け、少しだけ楽になる。


「……あ」


 誰かが座ったからではない。


 誰かに座れと言われたわけでもない。


 ただ。


 自分が疲れていたから。


 座りたいと思ったから。


 自分で座った。


「……座りたかったから、座った」


 口にしてから、美緒は自分でも少し驚いた。


 そんなこと。


 本当なら、考える必要もないくらい当たり前のことだったはずなのに。


 今の自分には、その小さな行動がひどく大きなことのように思えた。


     ◇


 しばらく座っていると、今度は喉の渇きが気になった。


 公園の外には、自動販売機がある。


 美緒は立ち上がり、ゆっくりとそこへ向かった。


 目の前には、何種類もの飲み物が並んでいる。


「…………」


 手が止まる。


 もし誰かと一緒なら。


 その相手が選んだものを見て、


「私もそれ好き」


 そう言えばよかった。


 相手が甘いものを選べば、自分も甘いもの。


 お茶なら、お茶。


 それで会話も続くし、相手も嫌な顔をしない。


 でも今は。


 一人だった。


 甘いもの。


 お茶。


 炭酸。


 水。


 どれを選べばいい。


 どれが正しい。


「…………」


 また胸が苦しくなりかける。


 美緒は、ぎゅっと指を握った。


「違う……」


 小さく首を振る。


 正解を探す必要はない。


 誰かが喜ぶものを選ぶ必要もない。


 今。


 自分が飲みたいもの。


 それだけでいい。


 美緒は並んだボタンを一つずつ見た。


 長い時間をかけて。


 ようやく、一つのボタンへ指を伸ばす。


「……こっち」


 押した。


 ガタン、と音がする。


 美緒は落ちてきた飲み物を取り出した。


「…………」


 自分で選んだ。


 たったそれだけ。


 誰かに褒められるようなことでもない。


 大きな決断でもない。


 それなのに。


 胸の奥が、少しだけ軽くなった。


     ◇


 一方。


 咲子たちは、公園へ向かっていた。


「さっきの人……美緒さんって」


 さとるが口を開いた。


「うん」


 咲子が答える。


「僕より、もっと大変なのかもしれないけど」


 少しだけ迷ってから、さとるは続けた。


「僕も前に、家でみんなの顔見て、我慢してたことあったから」


 咲子がさとるを見る。


 則人は黙って聞いている。


「自分が欲しいって言ったら困るかな、とか。やりたいって言ったら嫌な顔されるかな、とか」


「…………」


「それで、別にいいって言ったり。僕は平気って言ったりしてた」


 咲子は何も聞き返さなかった。


 さとるが自分から話している。


 だから、そのまま聞いた。


「我慢してれば、誰も困らないと思ってたんだ」


 さとるは少しだけ苦笑した。


「でも、ずっとそうしてると、自分が何欲しかったのか分かんなくなる時がある」


 咲子の頭に、美緒の声が蘇った。


 分かんない。


 私だけ分かんない。


「だから」


 さとるは続けた。


「美緒さんに、自分の意見言えばいいじゃんって言うのは……なんか違う気がする」


「……うん」


 咲子も頷く。


「私も、そう思う」


 則人が二人を見た。


「じゃあ、なにいえばいい?」


 咲子は少し考えた。


 すぐには答えが出なかった。


「……まだ分かんない」


 則人は、ただ頷いた。


「そっか」


 それだけだった。


 誰も、今すぐ正しい答えを出そうとはしなかった。


 美緒が答えを出せなくて苦しんでいるのなら。


 助けようとしている自分たちまで、急いで正解を作る必要はないのかもしれない。


     ◇


「あ!」


 妖怪が突然声を上げた。


「いた!」


「どこ!?」


「あっち!」


 咲子が走り出す。


 公園の奥。


 ベンチのそば。


 美緒がいた。


 今は擬態していない。


 黒と銀色のミラーカメレオンの着ぐるみ。


 その中から、美緒自身の顔が覗いている。


「美緒!」


 咲子が反射的に一歩踏み出した。


「そこで止まって」


 美緒が言った。


 咲子は、すぐに止まった。


 則人も。


 さとるも。


 三人とも、その場で足を止める。


「…………」


 美緒が、少しだけ驚いたような顔をした。


 自分が言ったことを。


 誰も否定しなかった。


「そこにいて」


 もう一度言う。


「うん」


 咲子が答えた。


「行かない」


 則人も頷く。


「ここにいる」


 さとるも。


「分かった」


 美緒は三人を見る。


 誰も近づいてこない。


 誰も、もっとこっちへ来いとも。


 ちゃんと話せとも。


 説明しろとも言わない。


 今いる距離を決めたのは。


 美緒だった。


     ◇


「ごめん」


 最初に口を開いたのは、咲子だった。


 美緒が少し眉を動かす。


「何が?」


「私、美緒に自分の意見言ってほしいって思ってた」


「…………」


「合わせなくていいよって言ったけど」


 咲子は少しだけ視線を落とした。


「それも、私が美緒にしてほしいことだった」


 美緒は黙って聞いている。


「だから」


 咲子は顔を上げた。


「今は、美緒が言いたくなったことだけ聞く」


「…………」


「何も言いたくなかったら、それでもいい」


 美緒は何も返さなかった。


 咲子も、待った。


 沈黙が続く。


 以前なら。


 美緒は、その沈黙に耐えられなかったかもしれない。


 何か言わなきゃ。


 気まずくならないように。


 相手を困らせないように。


 何か。


 相手が安心する言葉を探しただろう。


 けれど今は。


 誰も急かさない。


 美緒が何も言わなくても。


 三人は、その場にいた。


     ◇


「僕」


 今度は、さとるが口を開いた。


 美緒がそちらを見る。


「美緒さんのこと、全然知らないけど」


「…………」


「さっき、僕と同じ顔になった時」


 さとるは少し困ったように笑った。


「ちょっと嫌だった」


「…………」


 美緒が視線を落とす。


「ごめん」


「うん」


 さとるは、それ以上責めなかった。


「でも」


 美緒が顔を上げる。


「困ってるのは分かった」


「…………」


「僕も、人の顔見て我慢してたことあるから」


 美緒の目が、少しだけ動いた。


「だから」


 さとるは少し考えてから言った。


「ちょっとだけ分かる」


 全部ではない。


 美緒と同じ経験をしたわけでもない。


 美緒の気持ちを、全部分かったつもりにもならない。


 それでも。


 少しだけ。


「…………」


 美緒はしばらく何も言わなかった。


 そして。


「……そっか」


 小さく答えた。


 さとるが、ほんの少しだけ笑った。


 それは少し前。


 さとるが美緒へ返したのと同じ言葉だった。


     ◇


 最後に。


 則人が、美緒を見上げた。


「美緒ちゃん」


「なに?」


「さっき、ぼくになったよね」


「……うん」


「さっちゃんにもなった」


「うん」


「ほかのひとにも、いっぱいなった」


「…………うん」


 則人は少し考えるように首を傾げた。


「でも、それだけじゃないよね?」


「え?」


 美緒が顔を上げる。


 則人は、隣にいる咲子を見た。


「さっちゃん、美緒ちゃんって、いつもこんなかんじなの?」


「……ううん」


 咲子は首を振った。


 そして、美緒を見る。


「学校では、みんなと一緒に騒いでることもあるよね」


「…………」


「でも、一人で静かに本を読んでる時もあった」


 美緒の目が、わずかに動いた。


「私、最初は学校にいる美緒と全然違うなって思った」


 咲子は、あの時のことを思い出しながら少しだけ笑った。


「でも、美緒、自分で言ったじゃん」


「…………」


「『こっちも私だよ』って」


 美緒の表情が止まった。


 その言葉は。


 確かに。


 自分で言った。


 誰かに合わせたわけでもなく。


 言わされたわけでもない。


 あの時の自分は、一人で本を読むことを好きだと思っていた。


 それは本当だった。


「じゃあ」


 さとるが静かに口を開いた。


「本当にどっちも美緒さんなんじゃない?」


「え……?」


「みんなといる時に楽しかったなら、それも嘘じゃないんでしょ?」


「…………」


「一人で本を読んでる時も、本当に好きだったんでしょ?」


 美緒はしばらく黙っていた。


 いつものように。


 誰かが喜ぶ答えを探そうとしかけた。


 けれど。


 少し前。


 自分で飲み物を選んだ時のことを思い出す。


 自分がどう感じていたのか。


 それだけを考える。


「……うん」


 小さく。


 でも。


 美緒自身の声で答えた。


「どっちも……好きだった」


 友達と笑っている時間は、本当に楽しかった。


 一人で本を読む時間も、本当に好きだった。


 片方が本物で。


 片方が偽物だったわけではない。


 咲子が黙って頷く。


 則人は二人の話を聞いてから、美緒を見る。


「じゃあ」


 不思議そうに首を傾げた。


「どっちも美緒ちゃんなんだ」


「…………」


「それじゃ、だめなの?」


 美緒は何も言えなかった。


 明るい自分。


 静かな自分。


 友達に合わせていた自分。


 父親に頷いた自分。


 母親に頷いた自分。


 どれが本物。


 どれが偽物。


 ずっと、そう考えていた。


 たった一つの本当の自分を見つけなければいけないような気がしていた。


 でも。


 全部。


 自分だったとしたら。


「全部……」


 美緒が、自分の手を見る。


「私……?」


「うん」


 則人が答えた。


 美緒は黙った。


 すぐに全部を受け入れられたわけではない。


 誰かに合わせてしまう自分を、急に好きになれたわけでもない。


 それでも。


 どれか一つだけを選んで、それ以外を偽物にしなくてもいい。


 そんな考え方があることを。


 初めて知った。


     ◇


「じゃあ」


 則人が言った。


「いまは?」


「え?」


「いま、美緒ちゃんはどうしたい?」


「…………」


 美緒の身体が強張った。


 また。


 その質問。


 どうしたい。


 何度も。


 何度も。


 美緒を苦しめてきた言葉。


 父親と母親。


 友達。


 咲子。


 誰かからそう聞かれるたび。


 答えを出さなければならないと思った。


 正しいことを言わなければならないと思った。


 咲子が則人を見る。


 さとるも。


 けれど。


 則人は急かさなかった。


「わかんなかったら」


 少し間を置く。


「わかんないでもいいよ」


「…………」


 美緒は三人を見る。


 咲子。


 さとる。


 則人。


 誰も、答えを待ち構えているような顔をしていない。


 どんな答えなら満足するのか。


 どんな返事をすれば嫌われないのか。


 そこから考える必要がない。


 長い沈黙のあと。


「分かんない」


 美緒が言った。


 誰も否定しなかった。


 困った顔もしない。


 咲子も。


 さとるも。


 則人も。


 ただ待っている。


 それだけで。


 次の言葉が少しだけ出しやすくなった。


「……でも」


 美緒が、自分の頬へ触れる。


 今ここにある。


 誰のものでもない。


 自分の顔。


「この顔でいたい」


 咲子の表情が変わった。


「今は……」


 美緒は。


 一つ一つ、言葉を確かめるように続けた。


「私の顔でいたい」


「うん」


 則人が答える。


「うん」


 咲子も。


「そっか」


 さとるも。


 それだけだった。


 誰も。


 その先を求めなかった。


     ◇


 遠くから。


 誰かの声が聞こえた。


「…………!」


 美緒の顔が揺らぐ。


 知らない誰かの輪郭が、自分の顔へ重なりかけた。


「やだ!」


 美緒は両手で頬を押さえた。


「戻って!」


 一瞬。


 自分へ戻る。


 けれど。


 また揺れる。


「戻ってよ……!」


 必死に自分の顔を思い浮かべる。


 さっき。


 自分で選んだ。


 この顔でいたい。


 そう思った。


 なのに。


 顔だけではない。


 着ぐるみの鏡面まで、不安定に波打ち始めた。


「美緒!」


 咲子が思わず一歩出ようとする。


「待って」


 美緒が言った。


 咲子は止まる。


「……ごめん」


 美緒は荒くなった息を整えようとした。


「私……戻りたいのに」


 顔がまた別の誰かへ変わる。


 すぐに美緒自身へ戻る。


 また変わる。


「戻らない……」


 その言葉を聞いて。


 則人の表情が変わった。


 さっきまでとは違う。


 美緒はもう。


 誰かになりたいわけではない。


 自分へ戻りたいと思っている。


 それなのに。


 着ぐるみは。


 もう、美緒自身の意思だけでは止まらなくなっていた。


     ◇


「美緒ちゃん」


 則人が呼んだ。


「なに?」


「その着ぐるみ」


 則人は、美緒をまっすぐ見る。


「脱ぎたい?」


「…………」


 美緒は、自分の身体を見た。


 鏡のように光る胸。


 大きなカメレオンの眼。


 太く長い尻尾。


 自分では止められなくなったコピー。


 誰かを見るたび。


 その人の顔になる。


 声になる。


 仕草まで変わる。


 少し前までは。


 誰かになっていれば楽だと思った。


 自分で決めなくていいから。


 誰かと同じにしていれば。


 間違えなくて済むと思った。


 でも。


 今は。


 自分で選んだ。


 この顔でいたい。


 自分でいたい。


 その気持ちまで。


 この着ぐるみは邪魔をする。


「……脱ぎたい」


 美緒自身の声だった。


 誰かに言われたからではない。


 咲子に合わせたわけでもない。


 さとるの真似でも。


 則人が望みそうな答えを選んだわけでもない。


 美緒が。


 自分で選んだ答えだった。


 則人が頷く。


「わかった」


 咲子が則人を見る。


 さとるも。


 則人は、自分の着替え袋へ手をかけた。


 そして。


「じゃあ」


 美緒を見上げる。


「ぼくも、おきがえする」


※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。

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