第四章 第二話 みんなに合わせて
第四章 第二話 みんなに合わせて
翌日の昼休み。
美緒は、いつものように友達の輪の中にいた。
「ねえ、今日さ、帰りに駅前寄らない?」
「いいね!」
声をかけられると、美緒はほとんど間を置かずに笑った。
「新しくできた店、見たいんだよね」
「私も気になってた!」
「じゃあ決まり!」
「うん、行こ行こ!」
断る理由はなかった。
みんなと一緒にいるのは楽しい。
新しい店を見るのも好きだし、気になる服や小物を見ながら友達と騒ぐ時間だって嫌いではない。
だから、美緒はいつものように頷いた。
その時だった。
「美緒」
少し離れたところから、別の女子生徒が声をかけてきた。
「ちょっといい?」
「ん? なに?」
美緒が輪を抜けてそちらへ行く。
声をかけてきたのは、普段はあまり大人数で騒がない、比較的静かな子だった。
「昨日言ってた本、今日見に行かない?」
「あ」
美緒の顔が、今度は別の意味で明るくなった。
「行きたい」
「本当?」
「うん。私も気になってたし」
「じゃあ放課後、一緒に行こう」
「うん」
返事をしてから、美緒は一瞬だけ止まった。
今日。
放課後。
さっきも。
「…………」
「どうしたの?」
「ううん。なんでもない」
すぐに笑う。
「行こう」
「よかった」
相手も嬉しそうに笑った。
その顔を見て、美緒もまた笑った。
どちらの約束も楽しみだった。
だから、その時の美緒には、どちらかを断るという考えの方が不自然に思えた。
◇
「で、美緒はどっち行くの?」
昼休みも終わりに近づいた頃。
近くで話を聞いていた咲子が、何気なく尋ねた。
「え?」
「駅前と本屋」
「…………」
美緒は少しだけ目を泳がせる。
「両方?」
「時間かぶってない?」
「まあ……ちょっとだけ」
「ちょっとだけ?」
「先に駅前行って、そのあと本屋行けば間に合うかなって」
「結構忙しくない?」
「大丈夫、大丈夫」
美緒は笑う。
「せっかく誘ってくれたし」
「どっちか断ればいいじゃん」
「…………」
ほんの一瞬だけ。
笑顔が止まった。
「え?」
「いや、時間かぶってるなら。どっちかまた今度でもいいんじゃない?」
「でも、どっちも行きたいし」
「そうなの?」
「うん」
それも嘘ではない。
友達と駅前へ行きたい。
本屋にも行きたい。
どちらかが嫌で、断れないわけではなかった。
本当に、両方とも行きたい。
けれど。
どちらか一方を選んだ時、選ばなかった方がどう思うのか。
そこまで考えると、美緒には途端に答えが出せなくなる。
だったら両方へ行けばいい。
少し忙しくなるだけだ。
「まあ、美緒が大丈夫ならいいけど」
「大丈夫だって」
明るく答えると、そこで話は終わった。
美緒は内心、少しだけほっとした。
◇
その時。
別の友達がやってきた。
「ねえねえ、聞いてよ」
「なに?」
「あの子さ、昨日また――」
声の調子が少し落ちる。
誰かの話らしい。
「あの子、ちょっと苦手なんだよね」
「分かる」
美緒はすぐに頷いた。
「ちょっと距離感近い時あるよね」
「そう! それ!」
「悪い子じゃないんだけどさ」
「そうなんだよ。悪い子じゃないんだけど、たまに疲れるっていうか」
「分かる分かる」
友達は満足そうに笑った。
自分の気持ちを理解してもらえた。
そんな顔だった。
美緒も一緒になって笑う。
少し離れたところで。
咲子は、その会話を何となく聞いていた。
◇
それから少し後。
廊下を歩いていた咲子の目に、また美緒の姿が入った。
今度は。
先ほど話題に上がっていた女子生徒と二人だった。
「美緒って話しやすいよね」
「そう?」
「うん。あの子たちって、ちょっと冷たい時ない?」
「……ああ」
「私、たまに居づらくて」
「そっか」
「別に嫌いってわけじゃないんだけどね」
「うん」
「でも、たまに私だけ浮いてる気がして」
美緒は相手の顔を見た。
その子は少し不安そうだった。
「美緒は分かってくれる?」
「うん。分かるよ」
「だよね」
その子は、ほっとしたように笑った。
美緒も同じように笑う。
「…………」
咲子の中に。
昨日感じたものと似た、小さな引っかかりが残った。
どちらも分かる。
それ自体は、おかしくない。
人間同士の揉め事なんて、片方だけが一方的に悪いとは限らない。
でも。
美緒の「分かる」は。
いつも相手が一番欲しがっているところへ、ぴたりとはまっているように見えた。
◇
「美緒」
「なに?」
その日の放課後。
教室を出る前に、咲子は美緒へ声をかけた。
「ちょっと聞いていい?」
「いいよ」
「さっきさ」
「うん」
「あっちでは、あの子のこと苦手って言ってたじゃん」
「うん」
「でも本人には、あっちの子たちのこと分かるって言ってたよね」
「……うん」
「美緒って、どっちなの?」
責めるつもりではなかった。
ただ。
どうしても気になった。
美緒は少し考える。
けれど、困った顔をするでもなく、いつものように笑った。
「どっちって?」
「いや、だから。どっちの味方なのかなって」
「どっちの言ってることも分かるよ」
「両方?」
「うん」
「でも、言ってること結構逆じゃない?」
「だからって、片方だけが全部間違ってるわけじゃないでしょ」
「まあ……そうだけど」
「あの子が嫌だったことも分かるし、こっちの子が嫌だったことも分かる。私はそれだけだよ」
「…………」
理屈としては間違っていない。
むしろ、そうやって両方の気持ちを考えられるのは、優しいことなのかもしれない。
咲子にも、それ以上何を言えばいいのか分からなかった。
「そっか」
「うん」
美緒は笑う。
その笑顔は、いつもの学校での美緒だった。
ただ。
咲子には、もう一つだけ気になることがあった。
美緒は両方の気持ちを分かっている。
では。
美緒自身は、どう思っているのだろう。
そう聞こうとして。
「さっちゃん」
「ん?」
教室の入り口近くから声がした。
咲子は反射的にそちらを見る。
一般の生徒には見えない小さな妖怪が、扉の陰からひょこりと顔を出していた。
「きょう、こっちこないの?」
「今日は――」
答えかけて。
咲子は止まった。
美緒がこちらを見ている。
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
咲子は小さく咳払いした。
「なんでもない」
美緒は首を傾げる。
「さっちゃん、最近そういうの多いよね」
「そういうの?」
「誰もいないところ見て返事するやつ」
「…………」
「昨日もやってたし」
「まあ……ちょっとね」
「変な子って思われない?」
咲子は少し黙った。
それから、肩をすくめる。
「思われてるかも」
美緒が目を瞬かせた。
そんな返事をされるとは思っていなかったらしい。
「平気なの?」
「平気じゃない時もあるよ」
「じゃあ何で」
「何でって言われても……」
咲子は妖怪の方をちらりと見る。
「見えちゃうものは見えちゃうし」
「…………」
「それに、呼ばれたらつい返事しちゃうし」
「誰に?」
「あ」
「え?」
「なんでもない」
咲子は苦笑した。
「一応、気をつけてはいるんだけどね。人がいる時は喋らないようにするとか」
「じゃあ、やっぱり気になるんじゃん」
「そりゃ気になるよ」
「だったら、もっと隠せばいいのに」
「隠せる時は隠してるって。でも無理な時もあるし」
「…………」
「それに」
咲子は少し考えた。
「私が変だって思う人は、たぶん何やったって思うんじゃない?」
「…………」
「あ、別に開き直ってるわけじゃないよ」
慌てて付け足す。
「恥ずかしい時は恥ずかしいし」
それでも。
美緒には、よく分からなかった。
変だと思われるかもしれない。
誰かから距離を置かれるかもしれない。
それなのに。
どうして全部を隠そうとしないのだろう。
「さっちゃんって、不思議だね」
「よく言われる」
「それも平気?」
「それくらいなら」
咲子は笑った。
「じゃあ私、道場あるから」
「あ、うん」
「また明日」
「またね」
咲子が教室を出ていく。
美緒はその背中を見送った。
「…………」
変な子。
多分。
周りから見れば、少しだけ。
なのに。
咲子は普通に歩いていく。
まるで。
それだけで自分の居場所がなくなるなんて、考えていないみたいに。
◇
放課後。
美緒は駅前にいた。
「これ見て!」
「かわいい!」
「でしょ?」
「こっちも良くない?」
「いいじゃん!」
友達と店を回る。
服を見る。
小物を見る。
友達が試着した帽子を見て笑う。
写真を撮る。
美緒も帽子を被せられて、またみんなで笑った。
楽しい。
本当に楽しい。
「これ、美緒似合うんじゃない?」
「えー、そう?」
「絶対似合うって!」
「じゃあ買っちゃおうかな」
「買っちゃえ!」
笑いながら。
美緒は時計を見る。
もうすぐ、本屋へ向かわなければならない。
「美緒、時間大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫」
「なんか予定ある?」
「ちょっとだけ」
「彼氏?」
「違うって!」
みんなが笑う。
美緒も笑う。
そして。
また時計を見る。
本当なら、もう少しここにいたい。
でも。
本屋で待っている友達もいる。
「ごめん、私ちょっと先に行くね」
「えー、もう?」
「また今度ゆっくり行こ!」
「絶対ね!」
「うん!」
笑顔で手を振って。
美緒は駅前を離れた。
店が見えなくなったところで。
走った。
◇
「ごめん!」
今度は本屋。
「遅れた!」
「大丈夫。私も今来たところ」
「ほんと?」
「うん」
相手が笑う。
美緒も笑った。
まだ少し息が切れている。
それでも。
何事もなかったように呼吸を整える。
「どれ見る?」
「昨日の続き」
「あ、それ私も見たい」
二人で棚へ向かう。
さっきまでの騒がしい話し方は、もう消えていた。
声も落ち着いている。
歩く速度まで少し違う。
本棚の前に立つと。
美緒の表情が自然に緩んだ。
「これ」
「あった?」
「うん。これ読みたかったんだ」
「美緒、こういうの本当に好きだよね」
「うん」
その返事だけは。
誰かに合わせて出たものではなかった。
本当に好きだった。
だから。
自然に口から出た。
けれど、美緒自身は。
そんな違いを意識していなかった。
「こっちも新刊出てるよ」
「ほんと?」
「ほら」
「あ、読みたい」
さっき駅前で笑っていた時とは、また違う笑顔が浮かぶ。
それも。
本物だった。
◇
帰宅すると。
家は静かだった。
美緒は一瞬だけ玄関で足を止めた。
静か。
それだけなのに。
少しほっとした。
「ただいま」
返事はない。
母親は台所にいた。
父親はまだ帰っていないらしい。
「美緒」
「なに?」
母親の声が少し重かった。
「ちょっと座って」
「うん」
美緒は鞄を置き、母親の向かいへ座った。
母親の顔を見た瞬間。
何の話なのか。
何となく分かった。
「お父さんのことなんだけど」
「うん」
やっぱり。
また始まる。
そう思った。
でも。
顔には出さない。
「最近、本当にひどいと思わない?」
「何が?」
「家のこと、何も考えてないし。何を言っても聞かないし」
「……うん」
「美緒だって分かるでしょ?」
母親がこちらを見る。
美緒は、その目を見た。
ここで。
「分からない」
と言ったら。
どんな顔をするだろう。
ほんの一瞬だけ。
そんな考えが浮かぶ。
でも。
「うん。分かるよ」
いつもの答えが出た。
母親の表情が少し緩む。
「やっぱりそうよね」
「うん」
「あなたはちゃんと見てくれてるから」
「…………」
美緒は笑った。
「大丈夫だよ」
何が大丈夫なのか。
自分でも。
よく分からなかった。
◇
少しして。
父親が帰ってきた。
今度は母親が風呂へ入っている時だった。
「美緒」
「なに?」
「ちょっといいか」
「うん」
父親が向かいへ座る。
「母さん、最近何か言ってるか?」
「……別に」
「そうか」
少し間があった。
「お前も大変だろ」
「ううん」
「母さん、すぐ感情的になるからな」
「…………」
「美緒は分かるだろ?」
同じだった。
今度は。
父親が自分を見ている。
美緒は少しだけ考えた。
さっき。
母親に何と言った。
「美緒?」
「……うん」
頷いた。
「お父さんの言ってることも分かるよ」
父親の表情が少し柔らかくなった。
「そうか」
「うん」
「お前はちゃんとしてるな」
「…………」
美緒は笑った。
「そんなことないよ」
父親も少し笑う。
それを見て。
美緒はほっとした。
今日も。
間違えなかった。
そんな気がした。
◇
自室へ戻る。
扉を閉める。
「…………」
ようやく。
一人になった。
美緒はベッドへ腰を下ろした。
身体が妙に重い。
駅前を走ったせいだろうか。
それとも。
別の理由なのか。
スマートフォンが鳴った。
駅前へ行った友達からだった。
『今日はありがと! 楽しかった!』
美緒はすぐに返す。
『私も! また行こ!』
今度は本屋へ行った友達。
『今日付き合ってくれてありがとう』
『こちらこそ。楽しかったよ』
送信する。
どちらも嘘ではない。
どちらも本当に楽しかった。
だから。
何もおかしくない。
美緒はスマートフォンを置いた。
「…………」
その時。
「美緒ー」
母親の声。
「はーい!」
美緒は明るく返事をして、立ち上がろうとした。
すると。
「美緒、ちょっといいか」
今度は父親の声が聞こえた。
足が止まった。
母親。
父親。
美緒は閉じた部屋の扉を見た。
「…………」
どっちに。
先に行けばいい。
ほんの一瞬。
迷った。
どちらかを先に選ぶ。
それだけのことだ。
なのに。
胸が少し苦しくなる。
美緒は無理やり笑顔を作った。
「今行く!」
◇
最初に母親のところへ行った。
「何?」
「さっきの話なんだけど」
「うん」
聞く。
頷く。
「分かるよ」
次に。
父親のところへ行く。
「お父さん、なに?」
「いや、ちょっとな」
「うん」
聞く。
頷く。
「お父さんの言ってることも分かる」
それで。
今日も。
何とかなる。
母親にも。
父親にも。
嫌な顔をされない。
どちらの味方かなんて。
決めなくて済む。
今までだって。
ずっと。
そうしてきた。
◇
夜。
美緒は机の前に座っていた。
スマートフォンには、いくつもの会話が残っている。
駅前へ行った友達。
本屋へ行った友達。
学校の友達。
それぞれ。
少しずつ違う言葉。
少しずつ違う自分。
机の横には、昨日読んでいた本。
階下からは。
また。
父親と母親の声が聞こえていた。
「…………」
美緒は本を手に取った。
開く。
好きな本だ。
今日だって、新しい一冊を見つけた時は嬉しかった。
なのに。
一行読んでも。
二行読んでも。
頭に入ってこない。
閉じる。
視線を上げると。
鏡の中の自分と目が合った。
「…………」
今は誰もいない。
友達も。
父親も。
母親も。
合わせる相手がいない。
なら。
今の自分は。
何を考えればいいんだろう。
美緒は今日一日を思い返した。
駅前。
本屋。
友達。
母親。
父親。
駅前は楽しかった。
本屋も楽しかった。
どちらも本当。
母親の言っていることも分かる。
父親の言っていることも分かる。
それも。
多分、本当。
「…………」
じゃあ。
自分は。
どっちが好きなんだろう。
どっちが正しいと思っているんだろう。
「私って……」
言葉が止まる。
鏡の中の自分は。
何も答えてくれない。
「私って、何が好きなんだっけ」
口にした途端。
胸の奥が少しだけ冷たくなった。
「…………」
美緒はすぐに笑った。
「何言ってんだろ」
疲れているだけ。
今日は少し忙しかったから。
それだけだ。
そう思うことにした。
美緒は鏡から目を逸らした。
それでも。
昨日はほんの小さな引っかかりだったものが。
今日はもう。
胸の奥に残る、はっきりとした違和感へ変わり始めていた。
本作品を含む、凛監修×生成AI合作作品は、同じ世界観の中でつながるシリーズ作品です。
それぞれ単独でもお楽しみいただけますが、同じ出来事が別作品では異なる視点から描かれたり、一方で起きた出来事が、もう一方の物語へつながったりすることがあります。
一つの作品だけでも楽しめる。
けれど、複数の作品を読むことで、初めて見えてくるものもある。
ぜひ、それぞれの物語をあわせてお楽しみください。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




