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着ぐるみモンスター  作者: 内田紀人
アリア編

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閑話 わたしの拳

第三章 閑話 わたしの拳


 その日の夜。


 咲子は、いつもより少し早く布団に入った。


「…………」


 見慣れた天井を、ぼんやりと見つめる。


 あまりにも長い一日だった。


 組手をして。


 負けて。


 泣いて。


 怪人になった。


 道場の天井をぶち抜いて戻り、もう一度組手を申し込んだ。


 そして――今度は勝った。


 ずっと欲しかったはずの勝利。


 それなのに、少しも嬉しくなかった。


 そのあとには、キッド君と出会った。


 狐が見えた。


 ぬらりひょんも見えた。


 天狗まで現れた。


 何もないところから出てきた着ぐるみを前にして、延々とキッド君のお着替えに付き合わされた。


 最後には、ピコピコハンマーで叩かれた。


「…………」


 そこまで思い返して。


 咲子は布団の中で、ふっと笑った。


「なんだったんだろう、今日……」


 自分でも信じられないようなことばかりだ。


 昨日までの自分に話しても、きっと信じてもらえない。


 けれど。


 最後には道場へ戻れた。


 みんなとも話せた。


 そして――。


『一緒に強くなろうか』


『うん!』


 あの小さな男の子と。


 そんな約束までした。


「……強くなろう」


 小さく呟く。


 今度こそ。


 自分の力で。


 咲子はゆっくりと目を閉じた。


 やがて意識は、静かに眠りの底へ沈んでいった。


     ◇


「…………?」


 目を開ける。


 そこは、道場だった。


「あれ……?」


 毎日のように通っている、見慣れた場所。


 咲子自身も道着を着ている。


 髪も、いつものように結んでいた。


 なのに。


 誰もいない。


「…………」


 静かすぎる。


 外から聞こえてくるはずの車の音も。


 人の声も。


 鳥の声さえもない。


「誰か……?」


 返事はなかった。


 そのとき。


「構えて」


「え?」


 声がした。


 いつの間にか。


 目の前に、一人の男子が立っていた。


 顔はよく見えない。


 それでも。


 咲子は、その相手を知っている気がした。


「…………」


 考えるより先に、身体が動く。


 足を開く。


 拳を構える。


「始め!」


 声が響いた。


 咲子が踏み込む。


「やっ!」


 放った拳を、相手が受ける。


 すぐに拳が返ってくる。


 咲子も受ける。


 一歩下がって。


 また踏み込む。


 蹴る。


 かわされる。


 相手の蹴りを、今度は咲子が受ける。


「……っ!」


 楽しい。


 気づけば。


 咲子は笑っていた。


 次はどう攻めよう。


 どこから入ろう。


 どうすれば一本取れる。


 そんなことしか考えていなかった。


「もう一回!」


 また始まる。


「もう一回!」


 何度でも。


 勝ったり。


 負けたり。


 ほとんど互角だった。


 いつ頃だっただろう。


 きっと、中学生くらいまで。


 あの頃の自分は。


 ただ。


 追いつきたい。


 勝ちたい。


 もっと強くなりたい。


 それだけだった。


     ◇


「もう一回!」


 咲子が構える。


 相手も構える。


「始め!」


 踏み込む。


「やっ!」


 真っすぐに突きを放った。


 けれど。


 届かなかった。


「え?」


 その前に。


 相手の拳が届く。


「っ!」


 咲子が下がった。


 おかしい。


 相手を見上げる。


「…………」


 少し。


 大きい。


 さっきまで、自分と同じくらいだったはずなのに。


「もう一回!」


「始め!」


 踏み込む。


 今度は蹴り。


 けれど、こちらが届くより早く。


 相手の足が伸びてきた。


「きゃっ!」


 倒れる。


「…………」


 それでも。


 咲子は起き上がった。


「もう一回!」


 また。


 相手が少し大きくなる。


「もう一回!」


 腕が長くなる。


「もう一回!」


 拳が重くなる。


「……っ!」


 受けた腕が痺れた。


「もう一回!」


 何度でも立つ。


 それでも。


 負ける。


 もう一度。


 負ける。


 また。


 負ける。


「どうして……」


 同じように練習してきた。


 同じ道場で。


 同じ時間を過ごして。


 何度も、何度も拳を交えてきた。


 なのに。


 少しずつ。


 相手が遠くなっていく。


 そのとき。


 どこからともなく声がした。


『仕方ないよ』


「…………」


『相手は男なんだから』


「やめて」


『咲子は女の子なんだから』


「やめてよ」


『女の子にしては強いよ』


「違う……」


 声が増える。


『仕方ない』


『女の子だから』


『体格が違うんだから』


『十分強いじゃない』


『女の子なんだから』


「違う!」


 咲子は叫んだ。


「そんなこと言ってほしいんじゃない!」


『女の子だから』


「やめて!」


 耳を塞ぐ。


 それでも。


 声は消えてくれない。


『女の子だから』


『女の子だから』


『女の子だから――』


「言わないで!!」


     ◇


「…………!」


 顔を上げる。


 道場ではなかった。


「……ここは?」


 咲子は鏡の前に立っていた。


 道着を着ていない。


 かわいい服を着て。


 長い髪も下ろしている。


 鏡台には。


 髪飾り。


 小さなアクセサリー。


 かわいい小物。


「…………」


 好きだった。


 こういうものも。


 空手だけではない。


 かわいい服を着たい。


 髪も綺麗にしたい。


 かわいいものや、綺麗なものに心が躍る。


 それだって。


 間違いなく自分だった。


『そんなものが好きだからじゃない?』


「え?」


 咲子が鏡を見る。


 鏡の中の自分が。


 まっすぐ、こちらを見ていた。


『強くなりたいんでしょう?』


「…………」


『だったら、そんなもの、いらないんじゃない?』


「何を……」


『かわいい服』


『綺麗な髪飾り』


『女の子らしいもの』


『全部、捨てれば?』


「…………」


『強くなりたいんでしょう?』


 咲子は何も言えなかった。


 鏡の中の自分が笑う。


『女の子だから負けるのが嫌なんでしょう?』


「違う……」


『だったら――』


 鏡の中の姿が歪んだ。


「……!」


 顔が変わっていく。


 蟻を思わせる顔。


 両腕には、蜂を思わせる巨大な力。


 背中には蝶の羽。


 あの日。


 咲子自身がなった怪人の姿。


『これでいいじゃない』


 咲子は一歩下がった。


「…………」


『これなら負けないよ』


 怪人の咲子が拳を握る。


『男とか』


『女とか』


『そんなの関係ない』


 巨大な拳。


 圧倒的な身体。


『誰にも負けない』


 その言葉と同時に。


 世界が変わった。


     ◇


 再び。


 道場。


 目の前には、あの男子が立っている。


 そして。


 その正面には。


 怪人姿の咲子。


「始め!」


 男子が踏み込んだ。


 拳を打ち込む。


 だが。


 怪人の咲子は微動だにしない。


 効かない。


 何度攻撃しても。


 届かない。


 通じない。


 そして。


 怪人の咲子が一歩踏み込んだ。


 一瞬だった。


 巨大な拳が。


 男子の顔の直前で止まる。


 寸止め。


 静寂が落ちた。


『ほら』


 怪人の咲子が振り返る。


『勝った』


「…………」


『ずっと欲しかったでしょう?』


「…………」


『勝ちたかったんでしょう?』


 怪人の咲子が近づいてくる。


『もう負けない』


『誰にも』


『女の子だからなんて言わせない』


『これが欲しかったんでしょう?』


「…………」


『何が不満なの?』


 咲子は。


 怪人になった自分を見つめた。


 そして。


 静かに問いかける。


「……嬉しかった?」


『え?』


「勝って」


 一歩。


 近づく。


「嬉しかった?」


『…………』


 怪人の咲子は答えない。


「私は」


 咲子が拳を握る。


「嬉しくなかった」


『…………』


「ずっと勝ちたかった」


 何度負けても。


 何度でも挑んだ。


 追いつきたかった。


「負けるの、嫌だった」


『…………』


「女の子だからって言われるのも嫌だった」


 目の奥が熱くなる。


「悔しかった」


「本当に、悔しかった」


 だから。


 強さが欲しかった。


 追いつける力が欲しかった。


 勝てる力が欲しかった。


「でも……」


 あの日。


 圧倒的な力で。


 簡単に勝った。


「勝てたのに」


 声が震える。


「全然、嬉しくなかった」


『…………』


「あんな勝ち方がしたかったんじゃない」


 怪人の咲子が。


 静かに問い返す。


『じゃあ』


『弱いままでいいの?』


「嫌」


 答えは。


 迷うまでもなかった。


 怪人の咲子が、わずかに目を見開く。


「弱いままなんて嫌」


『…………』


「負けるのも嫌」


「追いつきたい」


「勝ちたい」


『だったら』


 怪人の咲子が。


 巨大な拳を見せる。


『この力を使えばいい』


「それも嫌」


『どうして?』


「それじゃ」


 咲子は自分の拳を見る。


「私が勝ったことにならないから」


     ◇


 気がつくと。


 三人の咲子がいた。


 道着姿の自分。


 かわいい服を着た自分。


 そして。


 怪人姿の自分。


『選んで』


「え?」


 怪人の咲子が言う。


『強くなりたいなら』


 道着姿の咲子を示す。


『これ』


 次に。


 かわいい服を着た咲子を示す。


『女の子でいたいなら』


『これ』


「…………」


『どっち?』


 咲子は二人を見つめた。


 道着。


 空手。


 強くなりたい自分。


 かわいい服。


 綺麗な髪。


 かわいいものが好きな自分。


「…………」


 しばらく考えて。


 咲子は、ふと首を傾げた。


「なんで?」


『え?』


「なんで、一つだけなの?」


 怪人の咲子が止まった。


「私、空手が好き」


 道着姿の自分を見る。


「強くなりたい」


 次に。


 かわいい服の自分を見る。


「かわいいものも好き」


「綺麗なものも好き」


「かわいい服だって着たい」


『…………』


「全部」


 胸に手を当てる。


「私でしょう?」


 静寂。


「男の子と女の子で、身体が同じじゃないことくらい分かってる」


 体格も違う。


 力も違う。


 それは。


 もう分かっている。


「簡単じゃないことも分かってる」


 その違いを。


 なかったことにするつもりもない。


「それでも」


 咲子は拳を握った。


「私がどこまで強くなれるかまで、誰かに決めてほしくない」


『…………』


「女の子だから無理って」


「最初から、自分で決めたくない」


 怪人の咲子が。


 ゆっくりと巨大な拳を差し出した。


『本当に』


『いらない?』


「…………」


 咲子は、その拳を見る。


 強い。


 圧倒的に。


 この力さえあれば。


 きっと簡単に勝てる。


 もう。


 あんな悔しい思いをしなくてもいい。


 誰にも。


『女の子だから』


 なんて言わせないほど。


 強くなれるかもしれない。


「…………」


 少しだけ。


 迷った。


 だからこそ。


 分かった。


 本当は。


 あの力を手放すのが、少し惜しかった。


 それでも。


 咲子は自分の手を見る。


 何の変哲もない手。


 怪人の拳と比べれば。


 小さくて。


 弱い。


 それでも。


 その手を。


 ゆっくりと握った。


「こっちがいい」


『弱いよ?』


「今はね」


 咲子は笑った。


「でも」


 拳を構える。


「強くなる」


 自分の足で立って。


 自分の拳を握って。


「私の力で」


 怪人の咲子は。


 しばらく何も言わなかった。


 やがて。


 ほんの少し。


 笑ったように見えた。


 その姿が。


 ゆっくりと薄れていく。


 道着姿の自分も。


 かわいい服を着た自分も。


 少しずつ消えていく。


「…………」


 最後に残ったのは。


 今の咲子、一人だけだった。


 道着姿で。


 自分の拳を構えている。


 そして。


 正面には。


 あの男子が立っていた。


「…………」


 男子が構える。


 咲子も構えた。


 今度は。


 同じ場所に立っている。


 まだ。


 相手の方が強い。


 その事実を認めても。


 もう。


 苦しくはなかった。


 だから。


 咲子は笑った。


「始め!」


 床を蹴る。


 自分の足で。


 前へ踏み込んだ。


     ◇


「…………」


 咲子は目を開けた。


 見慣れた天井。


 自分の部屋。


「…………夢」


 しばらく。


 ぼんやりと天井を見つめる。


 それから。


 布団の中から片手を出した。


 いつもの手。


 怪人だった頃のような力はない。


「…………」


 握る。


 開く。


 そして。


 もう一度。


 ゆっくり握る。


「……よし」


 咲子は布団から起き上がった。


 部屋には。


 道着がある。


 その近くには。


 お気に入りの髪飾り。


 かわいい小物。


 どちらも。


 自分が好きなもの。


「…………」


 咲子は、それらを見て。


 小さく笑った。


 どちらかを捨てる必要なんてない。


 どちらも。


 自分なのだから。


「今日は……」


 咲子は道着を手に取った。


「何から練習しようかな」


 昨日までと同じ朝。


 けれど。


 昨日までとは少し違う、自分の朝。


 咲子は道着を抱えて立ち上がった。


 新しい一日が。


 始まった。


※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。

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