第六話 おきがえじょうずかな?
第三章 第六話 おきがえじょうずかな?
「これ……本当に、私の力なのかな……」
咲子は、自分の拳を見つめたまま呟いた。
ついさっきまで、ずっと勝ちたかった相手と組手をしていた。
そして、勝った。
相手の攻撃は、ほとんど当たらなかった。
力比べをしても負けなかった。
何年も追い続けてきた相手が、最後には自分へ向かって、
『参った』
と言った。
ずっと聞きたかったはずの言葉だった。
なのに。
少しも嬉しくなかった。
「おねえちゃん」
則人が咲子を見上げる。
「……なに?」
「そのちから」
則人は、咲子の巨大な両腕と背中の羽を見た。
「もう、いらない?」
「…………」
咲子は答えず、改めて自分の身体を見る。
蜂を思わせる大きな腕。
蝶の羽。
以前とは比べものにならないほどの力と速さ。
ずっと欲しかったものばかりだった。
この身体なら、もう「女だから」と言われなくて済むのかもしれない。
誰にも力負けしない。
今まで勝てなかった相手にも勝てる。
実際に、勝った。
それでも。
「……うん」
咲子は小さく頷いた。
「いらない」
則人が瞬きをする。
「ほんと?」
「うん」
咲子は、先ほどまで組手をしていた男子へ目を向けた。
「私、もう一回ちゃんと練習する」
「…………」
「次は、この力じゃなくて」
怪人となった自分の腕を見つめる。
「自分の空手で勝ちたい」
男子は少し驚いたような顔をした。
それから、静かに頷く。
「……待ってる」
咲子の口元に、ほんの少し笑みが戻った。
「うん」
それを聞いた則人が胸を張る。
「じゃあ、ぼくがもどしてあげる!」
「…………」
咲子は則人を見下ろした。
「キッド君が?」
「うん!」
「どうやって?」
「へんしんする!」
「変身?」
「うん!」
咲子は首をかしげた。
先ほどから、この小さな男の子は妙に自信満々だ。
「……変身したら、私を元に戻せるの?」
「できるよ!」
「本当に?」
「ほんと!」
「…………」
信じていないわけではない。
ただ。
今のところ目の前にいるのは、どう見ても普通の小さな男の子だった。
「おねえちゃん、そといこう」
「外?」
「ここじゃ、へんしんできないから」
「どうして?」
則人は、道場に残っている人たちを見回した。
「ゴンさんに、ひとのまえでへんしんしちゃだめっていわれてるの」
「……ゴンさん?」
「うん」
「誰?」
「ゴンさん!」
「それは分かったけど……」
咲子は、それ以上聞くのをやめた。
今日は、分からないことばかり増えていく。
「とにかく、人がいないところへ行けばいいのね?」
「うん!」
咲子は道場の面々を振り返った。
「少し行ってきます」
「……大丈夫なのか?」
男子が心配そうに尋ねる。
咲子は、自分の怪人姿を見下ろした。
「たぶん……」
そして、則人を見る。
「キッド君が元に戻してくれるそうなので」
道場にいた何人かが、一斉に則人へ視線を向けた。
「この子が?」
「うん!」
則人だけは、迷いなく頷いた。
◇
道場の裏手。
人目につきにくい場所まで来ると、則人は辺りをきょろきょろと見回した。
「だれもいない」
「そうね」
「じゃあ、おねえちゃん」
「なに?」
「これからすること、だれにもいっちゃだめだよ」
咲子は少し表情を引き締めた。
「……分かった」
「ほんとだよ?」
「言わないわよ」
「ぜったい?」
「絶対」
「じゃあ」
則人が一歩前へ出る。
咲子も思わず姿勢を正した。
いよいよ。
この子の言う「変身」が始まる。
何が起こるのだろう。
咲子は固唾を呑んで見守った。
則人が胸を張る。
そして、大きな声で言った。
「配信開始!」
「…………!」
咲子が身構える。
何かが起きる。
光に包まれるのか。
一瞬で姿が変わるのか。
それとも、また何か不思議なものが現れるのか。
しかし。
「ちょっと待ってね」
「……え?」
則人が、その場で何やらごそごそし始めた。
咲子には、何をしているのか分からない。
「…………?」
次の瞬間。
何もなかったはずの場所から、着ぐるみが現れた。
「…………」
咲子は目を見開く。
「ちょっと待って!」
「なに?」
「その着ぐるみ!」
「うん」
「どこから出てきたの!?」
「ふくろから」
「…………」
咲子が周囲を見る。
則人の足元。
手元。
その周り。
どこを見ても。
「……袋?」
「うん」
「どこにあるの、その袋!?」
「ここ」
則人は当然のように、何もない場所を指した。
「…………」
「みえないの?」
「見えないわよ!」
「そっか」
「『そっか』で終わらせないで!」
咲子が思わず声を上げた。
しかし、則人は慣れた様子で着ぐるみを手にする。
そのときだった。
どこからともなく、声が流れ始める。
『今日のお着替えも、内田則人くん――』
「…………え?」
『お着替え上手かな~』
咲子が固まった。
則人は大きくため息をつく。
「またこれかあ……」
「ちょっと待って」
「なに?」
「今の誰?」
「しらない」
「知らないの!?」
「いつもながれるの」
「いつも!?」
咲子は慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
スピーカーらしきものも見当たらない。
「どこから流れてるの?」
「ぼくもしらない」
「……キッド君」
「なに?」
「私、本当に元に戻れるのかしら?」
「もどれるよ!」
則人だけは、自信満々だった。
『それではじょうずに――』
「わかってるよ!」
「え?」
「いまやろうとしたの!」
則人が、どこからともなく聞こえる声へ本気で言い返す。
咲子はしばらく、その姿を見つめた。
「……曲と喧嘩してるの?」
「だって、うるさいんだもん」
「そう……」
もう。
何から聞けばいいのか分からない。
◇
則人のお着替えが始まった。
咲子は怪人の姿のまま、その様子をじっと見ていた。
「…………」
普通だ。
驚くほど普通だった。
光に包まれるわけでもない。
一瞬で姿が変わるわけでもない。
則人が、一つずつ。
本当に一つずつ。
着ぐるみを身につけている。
『上手にできるかな~』
「できるってば!」
「キッド君」
「なに?」
「それ、本当に変身なの?」
「へんしんだよ!」
「ずっと着替えてるようにしか見えないんだけど」
「へんしんしてるの!」
「自分で着てるわよね?」
「へんしんなの!」
「……そう」
則人は真剣だった。
あまりに真剣なので、咲子もそれ以上は言いづらい。
『つぎは――』
「わかってるって!」
また曲へ突っ込んでいる。
「…………」
咲子は自分の大きな蜂の腕を見る。
着替え続ける則人を見る。
もう一度、自分を見る。
そして。
ふと、ものすごく冷静になった。
「…………」
私は。
怪人の姿で。
道場の裏に立って。
子どもが着ぐるみに着替えるところを。
ずっと見ている。
「…………」
咲子は遠い目をした。
「私、一体何やってるんだろう……」
「きこえてるよ!」
「あ、ごめんなさい」
◇
それから、しばらくして。
咲子は何気なく則人のほうを見て。
「…………?」
目を止めた。
則人のすぐそば。
何かがいる。
最初は見間違いかと思った。
目をこする。
もう一度見る。
やっぱりいる。
「……狐?」
咲子が小さく呟いた。
則人は、まだ着替えの途中だった。
「そこちがうって!」
『お着替え上手かな~』
「じぶんでできる!」
「キッド君」
「ちょっとまって!」
「待つけど」
咲子は、則人の横を指さした。
「そこに狐がいるわよ」
「…………」
則人の動きが止まる。
「え?」
「狐」
「どこ?」
「あなたの横」
則人が横を見る。
狐がいる。
次に咲子を見る。
狐を見る。
また咲子を見る。
「…………」
「なに?」
「みえるの!?」
則人が大声を上げた。
「見えるわよ!」
「なんで!?」
「私が聞きたいわよ!」
咲子も負けずに声を上げる。
「さっきから、そこに普通にいるじゃない!」
「ふつうはみえないよ!」
「普通は見えないものなの!?」
「うん!」
「じゃあ、なんでキッド君には見えてるの!?」
「ぼくはみえるの!」
「説明になってないわよ!」
『それではつぎの――』
「いま、はなしてるでしょ!」
則人が、また声へ怒った。
「…………」
咲子は狐を見る。
狐も、どことなく困っているように見えた。
「……この曲、待ってくれないのね」
「とまらない!」
「大変ね……」
「たいへんなんだよ!」
◇
お着替えは、まだ続いた。
「まだ?」
「もうちょっと!」
「さっきも聞いたわよ」
「ほんとにもうちょっと!」
『上手かな~?』
「じょうず!」
「曲に返事しなくてもいいんじゃない?」
「だってきいてくるから!」
「無視すれば?」
「…………」
則人が止まる。
「あ」
「今気づいたの?」
「でも、なんかむししたらまけたきがする」
「何と戦ってるのよ」
咲子は、思わず笑った。
「ふふっ」
「わらった!」
「笑ってないわよ」
「わらったもん!」
「はいはい。早く着替えなさい」
「『はいはい』っていわないでよ!」
「じゃあ、早く変身しなさい」
「いまやってる!」
ついさっきまで。
自分の力が本物なのかと悩んでいた。
怪人になった自分が怖かった。
この先、どうなるのかも分からなかった。
それなのに今は。
則人と、どこからともなく聞こえる歌に振り回されている。
咲子は、また少し笑った。
◇
そして。
ようやく。
最後の準備が終わった。
『お着替え――』
「できた!」
則人が、歌より先に言った。
声が止まる。
静寂。
「…………」
則人が大きく息を吐いた。
それから、くるりと咲子のほうを向く。
「お待たせ〜!」
「本当に待ったわよ」
咲子は間髪入れずに返した。
「ちゃんとへんしんしたよ!」
「それは、ずっと見てたから分かるわ」
「どう?」
「どうって……」
咲子は、完成した則人を上から下まで眺めた。
少し前までの則人。
今の則人。
確かに、見た目は変わっている。
だが。
「……着ぐるみに着替えたわね」
「へんしん!」
「分かったわよ。変身ね」
「ほんとにわかってる?」
「はいはい」
「また『はいはい』っていった!」
「ごめんなさい」
咲子は小さく笑った。
そして、自分の怪人の身体を見下ろす。
もう一度、目の前の則人を見る。
「でも……」
「なに?」
「本当に」
少し不安そうに尋ねた。
「これで私を元に戻せるの?」
「うん!」
則人は迷わず答える。
「ぼくがもどす!」
「…………」
咲子は、まだ半信半疑だった。
ここまで見せられたものの大半は。
長いお着替え。
謎の歌。
歌と喧嘩する子ども。
見えない袋。
そして。
普通なら見えないらしい狐。
「…………」
少なくとも。
ただのお着替えではなかったらしい。
「……分かった」
咲子は小さく頷く。
そして。
変身を終えた則人を見る。
「信じてみるわ、キッド君」
「うん!」
則人は、嬉しそうに笑った。
※本作は、作者とChatGPT(AI)による合作作品です。物語の企画・原案・世界観・キャラクター設定・物語構成・展開の方向性など、作品の根幹となる部分は作者が制作しています。それらの原案や設定、作者との相談・修正・指示をもとに、ChatGPTが文章化、表現の調整、推敲などを担当しています。作者とAIが互いに案を出し、検討と修正を重ねながら、一つの物語として完成させています。




